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    vivi15353202

    @vivi15353202

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    vivi15353202

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    煉宇ドロライにて更新中の高校球児パロの煉宇
    お題「手紙」の後編です。

    #梅咲き時に神が笑う3
    godLaughsWhenPlumBlooms3

    手紙(後編) 煉獄の母に促され、大きな門をくぐる。大きな庭にある木々は美しく剪定され、手入れが隅々まで行き届いているのが一目瞭然だ。
    「すげぇ、鯉とかいそう」
    「中庭の池にいます! あとで見ますか?」
     こいつ、本当に純粋培養のお坊ちゃんじゃねぇか。冗談半分で言ったのに、当然のように返され、思わず苦笑いが漏れる。じゃり、じゃり、と小気味のよい音を立てながら光沢のある黒と白の砂利を踏みしめ歩いていると、がらりと目の前の戸が開け放たれた。
    「あにうえ! おかえりなさい!」
    「ぉわ!?」
     突然金色のもこもこしたものが飛び出してきたかと思うと、足元に飛び付いてきて、すっとんきょうな声が出た。
    「ははは! 千寿郎、兄はここだ! そっちは宇髄先輩だぞ?」
     楽しそうに笑う煉獄の声に、ビクッと身体を跳ねさせた足元のもこもこが、恐る恐るといった具合で顔を上げる。
     先が二つに割れた特徴的な太い眉に太陽を閉じ込めたような金環の瞳。眉が気弱そうに下に下がっているところは兄とは違うとはいえ、煉獄と瓜二つだ。
    「ぶはっ、お前ら兄弟似すぎだろ!」
     込み上げる笑いが抑えきれず、腹を抱えて笑うと、足元にくっついた子犬のような子どもはまたビクッと体を跳ねさせ、瞳に怯えた色を浮かべた。
    「おいで、千寿郎。兄の大切な先輩なんだ。挨拶できるか?」
     ひょいと抱き上げられた子どもと目線が近づく。おろおろと煉獄と宇髄へ交互に視線を走らせていた千寿郎に、煉獄は優しく微笑みながら頷いてみせた。
    「れっ、れんごくせんじゅろうくんです。四歳です!」
     戸惑いながらも四と示した手を大きく付き出して元気いっぱいの挨拶をされ、微笑ましさからまた笑みが漏れた。
    「ははっ、お利口さんだな」
     少し屈んで目線を合わせ、よしよしと頭を撫でる。擽ったそうに目を細めた千寿郎の瞳から怯えが消えた。
    「初めまして、宇髄天元君です。十七歳です。数日間お世話になります」
     自己紹介を返すと、恥ずかしそうな、でも珍しい客人が気になって仕方ないような、好奇心を隠さない瞳がパチパチと瞬く。
    「ごめんなさいね、宇髄君。いつまでも玄関では寒いでしょう、中へどうぞ」
    「ありがとうございます、お邪魔します」
     瑠火に促され、ぺこりと頭を下げてから玄関の敷居を跨いだ。
    「ただいま帰りました!」
     グラウンドでの声出しかと思うほどの声量に、驚きのあまり瞬きを繰り返す。煉獄の声が家中にこだますると、千寿郎も負けじと「かえりました!」と声を張り上げ、瑠火がふふっと柔和に微笑んだ。きっと煉獄家ではお約束のやり取りなのだろう。
     会ってまだ数分だが、本当に絵に描いたような温かい家族だ。自分の家族と比べるまでもないほどの差なのに、何故か居心地が悪いと感じることもない。不思議な感覚だ。
    「荷物を杏寿郎の部屋に置いていただいたら、居間に来てください」
    「はい! 先輩、こっちです。……先輩?」
     ぼんやり思考を巡らせていると、煉獄が不思議そうに覗き込んでくる。
    「お、おぅ。今行く」
     こっちと指差した階段に、煉獄はすでに足をかけていて、宇髄は慌てて煉獄を追いかけた。
     通された煉獄の部屋は、THE日本家屋といった外観とは異なり、フローリングの床にベッドという一般的な洋室の部屋だった。全体的に物が少なくこざっぱりとしていて、勉強机とベッドの他には大きな本棚があるだけだ。
     荷物を端に置き、本棚を眺める。シニアリーグ時代の大会でMVPを受賞した賞状や優勝トロフィー、リトルリーグで放った初ホームランボールなどがところ狭しと飾られていた。
     他にも捕手として球史に残る活躍をして、現役を退いてからも頭脳を用いた野球でチームを幾度も優勝に導いた名伯楽の著書が何冊もあったが、だいぶ読み込まれているようで、ところどころよれていたり付箋が貼られていた。この本を食い入るように読み込んでいた在りし日の野球少年の煉獄を思い浮かべると微笑ましさに口角が上がる。
     そのすぐ下に目線を移すと、先ほどまでの野球一色が一転し、戦国時代の有名な武将の伝記や歴史小説がたくさん収納されていた。
    「へぇ、お前歴史好きなの?」
    「はいっ! 漢たちの熱い戦いってワクワクしませんか?」
     野球以外にもこんなに瞳を輝かせるのか。今まで見たことのない一面を目の当たりにして、無意識に右腕を摩る。
    「んー、俺は歴史はそんなに興味ねぇかなぁ……」
     何と返したら良いか分からず率直に答えると、煉獄が心なしかしょんぼりと肩を落として「一人で盛り上がってすみません! そろそろ一階に降りましょう」と話題を変えた。
     リビングに降りると、部屋の真ん中の大きなソファに座る人物が目に飛び込んできて、宇髄は噴き出すのを堪えるために咄嗟に唇をぎゅっと噛み締めた。
    「っ、宇髄天元です。数日間お世話になります!」
     ぺこりと頭を下げる間に、噛み殺した笑いをそっと発散する。何であんなに似てるんだ。煉獄家のDNAは一体どうなっているんだろう。
    「杏寿郎の父の槇寿郎です。こちらこそいつも杏寿郎が世話になって。なかなか自分の家のように寛げないかもしれないが、ゆっくりしていってほしい」
    「ありがとうございます!」
     ゆっくりと顔を上げると、太陽のようなくりくりの瞳が六つこちらをじぃっと見つめていた。
    「あっはっは、もう、皆さん似すぎっす! ははっ、すごい……もう、」
     結局抑えられず、腹を抱えて笑ってしまった。笑いすぎて頬の肉も痛いし涙まで出てくる。
    「よく言われます!」
     宇髄がひぃひぃと身を屈めて笑っていると、得意気に煉獄が言い、瑠火が「ふふ、毎日見ていると慣れますよ」と笑った。



     その後庭で千寿郎と遊んでやり、夕飯は瑠火お手製のご馳走に舌鼓を打った。
    「杏寿郎、そろそろ宇髄君をお風呂に案内してあげなさい」
    「はい! 母上」
    「ありがとうございます」
     瑠火から風呂を勧められ、煉獄と共に炬燵から出る。だが二人並んで廊下を出る直前、槇寿郎から声をかけられた。
    「待て、使い方が分からないかもしれないから杏寿郎も一緒に入ってしまえ」
     槇寿郎の言葉にぱちぱちと瞬きを二度して煉獄を見ると、煉獄も同じようにアーモンドアイを瞬かせながらこちらを見上げていた。
     運動部にいれば裸の付き合いなんてよくあることで、煉獄と合宿で同じ風呂に入ったこともあるし、断る理由は特にない。煉獄も同じように戸惑いや気まずさは感じていなさそうで、先輩である宇髄に判断を委ねているようだった。
    「ありがとうございます。じゃあ、煉獄よろしく」
    「はいっ!」
     宇髄がそう言うと、煉獄は元気よく返事をした。

    「ここが風呂です!」
     がらりと開け放たれた浴室から、ふわりと檜の香りが漂う。日本人の平均身長よりだいぶ上背のある宇髄と煉獄が共に入ってもゆったりと浸かれるほどの大きな檜風呂だ。
    「すげぇな……」
     洗い場も蛇口が二つあり、個人宅の風呂とは思えない広さだ。これならば一緒に入ってしまえと言われたのも頷ける。
    「祖父が風呂好きだったみたいです。母は檜の手入れが大変だと嘆いてますけど」
    「あー、湿度の高い風呂場だもんな。手を抜いたらあっという間にカビだらけだろうからな」
     大変と嘆いていても、木肌にカビや腐食が一切ない。瑠火の日々の努力を感じずにはいられない。風呂好きの宇髄の血が騒ぎ、使い方を教わりながら手早く髪と体を洗うと、念願の檜風呂へと足先を浸けた。
    「あぁー、きもちい」
     ゆっくりと身体を湯に沈めると、爽やかな檜の香りが鼻から抜けた。ぽかぽかと適温の湯に身を任せると、身体がじんわりと解れていくようだ。
    「風呂好きの先輩のお眼鏡にかなってよかったです」
    「え? 俺風呂好きって言ったっけ?」
     湯を掬う手を止めて煉獄へ顔を向ける。
    「前にキャプテンと引退したら何したいかって話で、温泉にゆっくり浸かりたいって言ってたんで。風呂好きなのかと」
    「そんなん、よく覚えてんな」
     あの夏の大会の打ち上げの時だろうか。言った本人でも覚えてないことをよく覚えているもんだと感心する。
    「宇髄先輩の女房役なんで」
     湯の温かさで頬を桃色に染めた煉獄が、ふふ、と伏し目がちに静かに笑う。チームを鼓舞するいつもの快活な笑みとは違う柔らかな表情に、不覚にもドキッと心臓が跳ねた。
    「なんかずりぃな、お前のことも教えろよっ!」
     ドキドキと逸る鼓動を隠すように目の前の煉獄に向かって水鉄砲を飛ばす。
    「わっ! やりましたね!?」
     おでこに直撃し水を浴びた煉獄が負けじと応戦し、宇髄の眉間に水が飛び散る。
    「おいっ、止めろ! 先輩命令!」
    「それ、ずるいですよ!」
     しばし水鉄砲の応酬が繰り広げられ、浴室からは賑やかな笑い声が漏れ響いた。 





    ***





     翌日、日課である朝のロードワークを終え滴る汗を風呂で流した宇髄は、ソファの端に座りそわそわと身体を揺すっていた。
    「先輩、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
    「そうよ、取って食ったりはしませんから」
     見るからに緊張して挙動不審になる宇髄を見て、困ったように笑いながら煉獄と瑠火が声をかける。だが、その二人ののほほんとした雰囲気は、宇髄の緊張を煽るだけだった。
    ──そりゃ、瑠火さんにとっては弟だし、煉獄にとっては叔父さんで、二人とも親戚だからな!? 球界のスターの谷田選手がもうすぐ来るんだぞ!? 緊張しないほうがおかしいだろ!
     ニットの上から胸を押さえ、ふー、ふー、と意識して息を長く吐き出す。早鐘を打つ心臓が口から飛び出てきそうだ。どんな試合のマウンドよりも緊張している自分に苦笑いが漏れる。
     
     ピーンポーン、ピーンポーン。

    「わぁっ!」
     無機質な機械音がリビングに響き、弾かれたようにソファから飛び上がった。昔から耳がよい宇髄には、パタパタと廊下を走って玄関に向かう瑠火の足音も玄関の戸が引かれる音も、廊下を踏み締める二人分の足音も、手に取るように聴こえてくる。ドッドッドッドッと鼓膜を突き破りそうな自身の心音がうるさくて、ただ立っているだけなのに息が上がる。
     ガチャッとリビングのドアが開く音に背筋を伸ばすと共に、千寿郎の声が響いた。
    「にーに!」
    「おー、千寿郎。でかくなったな」
     にーにと呼ばれた谷田が足にぎゅうぎゅうと抱き付く千寿郎をひょいと抱き上げ軽々と肩車をすると、千寿郎がキャッキャッと手を叩いて喜ぶ。
    「ずいぶん重くなったなぁ!」
     千寿郎の重みを確かめるように肩車で歩き回る谷田を、宇髄は信じられないものを見るようにぽかんと見つめる。
     彼は球界でもクールなイケメンとして定評があった。華麗な守備でショートゴロを捌いても、鋭いスイングからチームを勝ちに導く一打を放っても、大はしゃぎすることなく淡々とプレーするような選手だと思っていた。
    「ふふ、意外でした? クールなんて言われていますが、本当は子どもっぽくてやんちゃな一面もあるんですよ」
     瑠火がクスクスと笑いながら言うと、谷田が「姉さんはいつまでも俺を子ども扱いするからな」と少し朱が差した頬をむぅ、と膨らませる。
     彼は優しく千寿郎を床に下ろすと、次にまっすぐに宇髄へと視線を合わせた。背丈だけならば宇髄の方が上回っているが、鍛えられた僧帽筋や盛り上がった大胸筋、上腕二頭筋、三頭筋がニットの上からでもよく分かる。身体の厚み、鍛え方が違うと一目瞭然で、ごくんと唾を飲み込んだ。
    「はっ、初めまして! 宇髄天元です! 杏寿郎君と同じ高校でバッテリーを組んでいますっ!」
     緊張と興奮から声が裏返ってしまったが、何とか挨拶することが出来た。谷田は切れ長の涼しげな目元を緩め、「ははっ、そんな緊張すんなよ」と気さくに笑って宇髄に向かって手を差し出した。
    「谷田です。よろしく」
     バットを振り込んで潰れたマメが固くなった分厚い手のひらに、宝物に触れるように恐る恐る手を重ねる。そのままぐっと軽く握られると、感動で心が震え、耳の縁まで熱くなる。きっと顔も真っ赤だろう。
    「ちょっと、叔父さん! 俺の先輩を誑しこまないで!」
     すっかり存在を忘れていた煉獄が、二人の間に顔をひょいと出して視界を遮ろうとする。だが、180センチメートルを優に越える宇髄と180センチメートルの谷田の間で、170センチメートル前半の煉獄がぴょこぴょこと飛び跳ねても視界の妨げにはならない。
    「ははっ、杏寿郎は相変わらずだな」
     重ねた手が離れ、今度は煉獄のふわふわの髪の毛を撫でる。
    「俺ももう16です!」
     子供扱いに憤慨しつつも、煉獄は嬉しそうに目を細めた。煉獄のこんなに子どもっぽい姿は初めて見た。変に大人びているということもないが、同学年の後輩たちの中では突出して落ち着きを払っている煉獄が年相応にはしゃぐ姿が珍しく、ついまじまじと見つめてしまった。
    「先輩も子供扱いしてますよね!?」
     視線に気づいたのか頬を染めた煉獄がふんふんと鼻息荒く怒ってくる。大型犬みたいで可愛い。気づけばもふもふと髪の毛を撫でてしまい、煉獄は「もうっ!」とさらに頬を膨らませた。




     谷田を囲んで昼食をとり、午後は公園に行って皆で千寿郎と全力で遊んだ。夕食時はプロでのエピソードやおすすめのトレーニング方法などの話を興味深く聞いていたら、あっという間に時間が過ぎた。
    「はぁ……楽しかったな。谷田選手、マジでかっけぇわ……」
     憧れのプロ選手と野球の話が出来た余韻に浸りながら、ボフッとベッドに倒れ込む。今日は宇髄が一人で先に風呂に入り、煉獄は今入浴中だ。部屋の主がいない手持ち無沙汰から野球雑誌を拝借したが、まだ興奮冷めやらず雑誌の内容など到底頭に入ってこなかった。
     その時、コンコンコンとドアが叩かれ、宇髄はドアへと視線を向けた。
    ──煉獄にしては早いから、瑠火さんかな。
    「ちょっといい?」
    「っ! はい、どうぞ!」
     だが予想とは反しドアの向こうから聞こえた声は谷田で、宇髄はベッドから弾かれたように身を起こし、慌ててドアを開けた。
    「悪い、休んでたとこ」
    「いいえ!」
    「せっかくだから少し話でもしようか」
     谷田は慣れた足取りで煉獄の部屋を歩き、ドカッと椅子に座る。部屋の隅でその姿を目で追っていると、「宇髄君も座って楽にしてよ」とベッドに座るよう促された。
    「君の噂は聞いたことあるよ、ガタイも良くて球も速いしコントロールも良い、ダイヤの原石みたいなピッチャーが地元の高校にいるって」
    「ありがとうございます……!」
     夏にエースピッチャーとして夏の県大会を投げ、準優勝したからだろう。現役プロ選手の口からダイヤの原石などと言われて高揚感に包まれる。
    「杏寿郎とのバッテリーはどうだ? あいつ年下なのにズバズバ言うだろ?」
    「はい、基本は先輩の俺を立ててくれますけど。譲れないと思ったら一歩も引かない強さがありますよね。そんなところに何度も助けられてます」
     夏の大会の打ち上げの時も、エースとして新チームを勝利に導こうと空回りして無茶な投球練習を重ねた時も、秋季大会で独りよがりなピッチングで春の全国大会への道を途絶えさせた時も。
     煉獄は宇髄を尊重して寄り添いつつも、ダメなものはダメだと毅然とした態度で宇髄を支えてくれてきた。
    「そっか。杏寿郎は学生野球に盲目じゃないから、浮いてんじゃないかと心配してたんだ」
    「盲目……ですか?」
     突然の言葉に戸惑い、谷田の様子を伺う。
    「そう。俺はゴールのために今何をすべきか逆算して行動すべきだと思ってるんだ。例えば、プロで活躍するのがゴールだとしたら、俺はアマチュアの間は例えレギュラーから外れたとしても選手生命に関わるような無茶をすべきではないと思ってる。高校で花開かなくても大学、社会人ってチャンスはあって、怪我して野球が出来なくなるようなリスクは避けるべきだ」
     そう言われて、すとんと腑に落ちた。煉獄が故障しかねない無茶をすることに敏感で、今後の野球人生のために全国大会の決勝でも無理はさせないと言い切ったのも、全てこの背中を見て育ったからか。
    「高校生って刹那的なところあるだろ? 例えばもう二度と足が治らなくても良いから無理してでも夏の大会には出たいとか。仮に本人が高校三年で野球をきっぱり辞めるつもりでも、普通に走ったり歩いたり出来なくなるなんて、長い目で見たら本人のためにならないのに」
    「そうですね……」
    「不確定な未来より目先のことに目がいく子がいるのも仕方ない面はある。だけど杏寿郎はそういうところが俺の影響で他の子より現実的だから。周りから孤立することもあるかもしれないけど、仲良くしてやってほしい」
    「はいっ! もちろんです!」
     宇髄が迷いなく答えると、谷田は嬉しそうに目を細め「ありがとう」と笑った。
    「全国大会のマウンド、俺も高校の頃一度だけ登ったことあるけど、本当に最ッ高だから。夏に向けて頑張れよ」
    「はいっ! 煉獄と二人で最高のバッテリーに成長して、必ず夏は全国に行きます!」
     そう言って胸を張る。そうだ、秋の借りを返して、必ずチームを悲願の全国大会へ導くんだ。煉獄と二人で。
     椅子から腰を上げた谷田が宇髄に歩み寄り、肩にぽん、と手を置く。
    「じゃあ、俺はそろそろ行くから」
    「ありがとうございました!」
     部屋を出る谷田の背中を見送っていると、ドアの前でぴたりと止まった谷田が「誑かしてねぇから」と苦笑いを浮かべた。
    「?」
     なんだろうかと覗くと、ドアの前にいつの間にか立っていた煉獄がきゅっと眉根を寄せて谷田を見上げていた。
    「分かってるけど……」
    「ははっ! 頑張れよー杏寿郎」
     むぅ、と唸った煉獄の頭をポンポンと撫でて谷田は部屋を出ていっても、煉獄は部屋の入り口に立ったまま難しそうな顔で足元を見つめていた。
    「えーっと……どうした?」
     何となく気まずくて頬を搔く。
    「……いえ! 大丈夫です!」
     一拍間を置いてから顔を上げた煉獄は、もういつものような快活な笑みを浮かべていた。それがなんだか気に入らなくて、ツンと尖った鼻を摘まんでやる。
    「うりゃ」
    「わぁ!」
     突然摘ままれた鼻を押さえて、狐に摘ままれたような顔をする煉獄がおかしくて、思わず笑みが漏れる。
    「もう、宇髄先輩!」
    「悪ぃ悪ぃ」
     ヘラヘラとした謝罪をする。煉獄ははぁ、と嘆息しながら部屋へと入ってきた。
     
     その晩は谷田に教わったストレッチを入念に行い、ベッドと布団にそれぞれ潜り込んだ。瞼を閉じると今日一日の出来事が思い出されて、ふわふわと夢心地な気分になる。
    ──谷田選手に成長した姿を見せられるよう、年明けの練習からまた頑張らねぇとな。
     ゆっくりと深く呼吸を繰り返しているうちに、宇髄はいつの間にか眠りに落ちていた。



     それから数日経ち、新年明けて二日目の朝。宇髄は一人ロードワークに出ていた。
     すでに一度目のロードワークは終えているのに再びロードワークに出たのは、今日は槇寿郎が師範を勤める道場の出稽古に煉獄も参加していて暇だったからだ。
    「先輩、一人にしてすみません! 年始の出稽古だけは野球を始めてからも毎年必ず参加していて……」
    「いーって。俺なら大丈夫だから、行ってこい」
     申し訳なさそうに眉を下げる煉獄のしょんぼりした顔を思い出し、口許が緩む。グラウンドでは見ることがなかった表情豊かで人懐っこい大型犬みたいな一面をこの数日で何度も見た。バッテリーを組んでいるということを抜きにしても、可愛い後輩だと思う。
    「それにしても、あいつ剣道もやってるんだな」
     野球の練習だけで日々くたくただろうに、家に帰ったら剣道の稽古も欠かさないというのだから脱帽だ。本当は剣の道を極め、道場を継いでほしいと願っていた父親と、野球を始める際に交わした約束らしい。
    『きっと父は本当は俺に野球をやってほしくないんだと思うんです。俺は長く続く道場の跡取りの長男ですし……』
     そう言って寂しそうに笑った煉獄の顔にきゅうっと胸が締め付けられた。帰ってきたらうんと甘やかしてやろう。そうしたら、また「子ども扱いしてる!」と怒るだろうか。
     そんなことを考えながら走り、ゴールである煉獄家の門前が見えた時だった。門の前に、誰かが立っているのが見えた。来客だろうか?
    「お前が宇髄天元か」
     だが、門の前に立つ少年は、まっすぐに下から宇髄を睨み付けてきた。初めて会ったはずのに、何故か物凄く敵意を向けられている。
    「えーっと? 誰かな?」
     まだ幼さが残る丸い輪郭と170センチメートル前後の身長を見るに、中学生くらいだろう。鋭く光る黄金の瞳を縁取る、たっぷりと長い睫毛。睫毛と同色のビビッドなピンクの髪。煉獄にも負けないド派手な容姿の少年に心底嫌そうに睨まれ、一瞬たじろいだ宇髄だったが、すぐに気を取り直して微笑みかける。
    「お前に杏寿郎は渡さない! 前から杏寿郎の憧れだったからっていい気になるなよ! 俺はお前なんかには負けない!」
     相手と目線を合わせるために身を屈めたのが癪に障ったのか。さらに眉間の皺を深く刻み眉毛をつり上げた少年は、言いたいことを一方的に言い放つとくるりと踵を返して走り去ってしまった。
    「え……、本当に何なの?」
     ぽつんと取り残された宇髄が思わず溢した呟きは、誰に拾われることもなく冬の冷たい空気に溶けていった。



    「すみません! それはシニアの後輩の猗窩座だと思います」
     出稽古から帰ってきた煉獄に先ほどの出来事を話すと、煉獄は慌てて頭を下げた。
    「一つ下のやつでシニア時代にバッテリーを組んでたんですけど、俺を追いかけて来春から入学してくるらしくて……。宇髄先輩がエースだから宣戦布告のつもりなんでしょう。本当にすみません、子どもで……」
    「ふぅん?」
     正直二つも年下のガキからの宣戦布告などどうでも良かった。それよりも気になるのは。
    「煉獄、お前ずっと俺に憧れてたの?」
     煉獄とは高校に入って出会ったはずだ。前からと言われるのは違和感がある。宇髄が直球で尋ねると、煉獄は困ったように視線を宙に彷徨わせた。
    「煉獄?」
     なかなか口を割らないなら仕方ない。先輩命令だと暗に告げてやると、観念したように煉獄は口を開いた。
    「同じシニアだった前のキャプテンのこと、同じポジションだったこともあって兄のように慕ってたんです。それで高校の試合を見に行ったことがあって。そこでブルペンで投球練習をする宇髄先輩を初めて見たんです」
     伏し目がちに話す煉獄の首筋がじわじわと羞恥に染まっていくのが見える。
    「すらりとした長身から腕を思い切りよく振り下ろして投げ込む姿も、その球の軌道も、息をのむほど美しくて。伊黒が呼びに来るまで目が離せませんでした。投手としても才能に溢れているのに、さらにバッターとしても力強いスイングからするどい当たりを連発して、塁に出ればすかさず盗塁する野球センスと足の速さがあって。グラウンドの上で放たれるその圧倒的な存在感に試合展開そっちのけで釘付けになりました。宇髄先輩を見てると、胸がドキドキして。絶対に先輩を追ってこの高校に行こうって、決めたんです」
     首筋だけでなく頬も耳の縁までも真っ赤に染め上げ瞳を潤ませながらも、煉獄はまっすぐに宇髄を見上げてくる。
    ──こんな情熱的な告白があるかよ。お前、今自分がどんな顔してるか分かってんのか?
     煉獄が女子だったら。もしくは自分が女だったら。勘違いしてもおかしくない。いや、性別なんて関係なく、こんなにまっすぐに想いをぶつけられたら誰だって勘違いするだろう。
    「宇髄先輩?」
     パクパクと口を動かしているのに言葉を発せずにいると、煉獄が不思議そうに首をかしげながら覗き込んできた。
    「ンンッ、何でもない! 分かった、分かったから!」
     これ以上煉獄に口を開かせたらどんな爆弾が飛び出すか分かったもんじゃない。慌てて煉獄を遮ぐ。顔が火を噴いたように熱くてパタパタと手で扇ぐが焼け石に水だ。
    「先輩? エアコン下げてきますね!」
     突如汗をかきだした宇髄を見て、何を勘違いしたのか煉獄は的外れな宣言をすると、慌てて壁際のリモコンの元へ走っていく。
    ──こいつ、無自覚の天然たらしじゃねぇか……。
     責務を全うしたような達成感溢れる笑顔で戻ってきた煉獄に、宇髄は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
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