約束の果て フィガロの診療所は今も湖のそばにあった。
人口の増えた街が交通の要所沿いに移ったこともあり、患者の受け入れはしばらく前からやめていた。今はむしろ魔力を失いつつあるフィガロ自身のための療養の場になっている。人が訪ねてくるのは大好きだったから、手紙を受け取ったり相談事を聞いたりは続けている。ルチルもミチルも毎日のように遊びに来ていた。
春の真昼。草むらは海のように、湖面は星のようにきらめいている。その上を強い風が渡っているのだなと気づくころには、窓から花の香りがカーテンを巻き上げながら入り込み、ベッドから立ち上がれないフィガロの全身をやさしくなでた。南の精霊も変わらずフィガロのそばにいた。
近ごろフィガロは体を休めている時間が長くなった。そんなときはこうして草原が光る面を変えながら輝きの波を届けてくるのを飽きもせず眺めていた。だからその脚にもすぐに気づいた。晴れた空気を迎えるために開け放たれた窓から割り込むにはいささか不釣り合いな黒い脚。夜みたいにきらめくよう手入れされた革靴を履く男なんて南の国にはいない。男の服に染みこんだ煙の臭いのせいで春めいた部屋の空気が乱された。異質な訪問者が白黒の髪の下から傷だらけの顔をのぞかせた。男はブラッドリー・ベインだった。
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