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    10r_hanada

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    10r_hanada

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    ブログを消去したので🐒
    本編の中間くらい?(7〜8月頃)の一幕。多分今後も慈斎の一人称はほぼ書かないと思うので。

    #キミホシ
    yellow-spottedPitViper

    Peek mirror Magic◇◆◇

     深海を思わせる緑青がかった黒髪が、これまた大海原のうねりのように豊かに波打っている。
     毛先を弄ぶ白魚のような指の動きは実に艶めかしく、時々そこから離れ、焦らすかの如くアイスティーのストローに移る。
     豊満な胸元を露わにし、もはや見せつけているのではないか、と思わせるまでに短いスカートから突き出した生白い両脚を組み直す。

     かつてよく利用していたビジネスホテル傍のファミレスで、俺は今、いかにも男好きしそうな美女と向かい合っている。

     こんな女に劣情を懐かないのは、男としてよほど何かが欠落しているか、さもなくばそもそも「女に興味が無い」か、どちらかなのではないのか……おそらく、大多数の人間はそう思うに違いない。

     もっとも。
     この女の「実体」をよく知らなければ、の話だけども。
     蠱惑的な仕草も、自分の魅力を最大限に引き出す服装やメイクも、すべて「計算され尽くしたもの」だというカラクリを承知していれば、それはそれで興醒め、ではある。

     まぁそれでも、ここまで徹底していれば飢えた魚みたいに簡単に釣り上げられる男もあまたいるのは当然で。
     彼女の「手練手管」は、それはもう多いに見習うべきところ。

    「ハイ、ご苦労様。これ、今回の分」
     派手な外見にしてはそこだけやけに地味に見える、フレンチカラーの爪が茶封筒を押し渡す。これも多分、「計算」のうちなのだろう。手入れは必須だがけばけばしいネイルアートは男受けしない、ということを良く知っている。
     さすが、と口の中で呟いて封筒を手に取り、中を覗く。
    「毎度どうも。色は……なさそうですね」
    「純粋な利益に基づく報酬よ?経費を考えても十分ペイできる金額だと思うけど」
     そう、この女が「自らが必要とする費用以外はビタ一文出さない」、いわゆる吝嗇家だということを知っているのも顔見知りならでは。ちょっと付き合ったくらいでは、そんな素振りは決して見せないのだ。
     そこが、幻滅させる要因でもあるんですけど。なんて口が裂けても言えない。

     妖である自分に生活費なんてものはほとんど必要ない。しかし、下界にいる以上は金はいくらあっても余計、ということもない。
     世の中の移り変わるスピードはどんどん加速しているのだし、知っておきたい事も、知っておくべき事も山のように存在している、ビジネスでもプライベートでも。

     そういうわけで、「上からの手当」だけではとても足りず、俺は彼女……真砂の元で時折アルバイトをしている。
     彼女は妖から転生した身ではあるが、生まれ変わる以前の記憶もしっかり持っている。その頃は「濡女」で、あちこちの河川や海を渡り歩く内に、様々な見聞を拾い集めては、必要とする者に提供していた。
     持って生まれた美貌を武器に寝物語で男の口を軽くしていたのも当初からで、妖同士のいざこざがあるときも、人の世が大きく改変し、妖の生息に影響を及ぼす事態のときも、なにかと重宝された存在だった。

     当時の経験と手際を、こうして「人間として」生きていても尚フル活用しているのだから本当に恐れ入る。
     今となっては、「その業界」では相当名の知れた「美人女社長」だ。扱うモノがモノだけに、露出は極力避けてはいるようだけど。

    ◇◆◇

    「ところで」
     脂ぎった中年男ならむしゃぶりつかずにはいられなくなるような、肉厚の唇が開く。
     お忙しい社長様が、仕事の取引を終えた後も雑談に興じるのは結構珍しい。時は金なり、スケジュールに於いても彼女はかなりの「ケチ」なのだ。

     グラスに滴る結露を指先で優雅に拭い、真砂はこう切り出した。
    「最近、ずいぶん慈玄と仲良いみたいじゃない」
     底意地の悪い光が、赤みがかった瞳に宿る。
    ── こりゃ、姐さんちょっとストレスが溜まってるね。そう確信する。
     金儲けに奔走するのは苦でなくても、仕事は仕事、鬱憤はそれなりに重なるのだろう。
     そんな時は、弱みのありそうな知り合いをこうしておちょくってくる。これも、この女の悪い癖。

    「そんなに良いの?『あの子』」
     やれやれ、と深く息を吐く。
    「情報」を扱うプロとして、周囲の状況など真砂はすべて掌握している。分かった上で、こういう話題を繰り出してくるのだからタチが悪い。
    「慈玄のことは、今でもむかつきますよ?」
    「でしょうねぇ。元同族だもの、それは察しが付くわ。蛇はねちねちと執念深いものよね」
     よくもまぁ、と返しそうになって口をつぐむ。
     濡女は蛇身を有していても、蛇族とはほとんど関わりは無い。事実彼女は、基本的には何事も根に持たないさっぱりとした性格だった。
     少なくとも、「執念と嫉妬」で遙か昔身を滅ぼしかけた俺とは違う。
    「でもそのあなたが、慈玄とこに寝泊まりするようにまでなるなんて、ね?」
     さも面白そうに、紅く縁取られた口角がくい、と上がる。

     だからどうだ、というのではない。この女にとっては、ただの娯楽。
     複雑な「誰か」の内情を探ることで、快感を得るだけ。
     諦め半分で、少々付き合って差し上げることにした。

    「ムカつくのは、いまだに慈玄が中峰の覚え目出度きとこかしら?それとも、三角関係の妬み?」
    「……さてねぇ。ご想像にお任せしますよ」
     負けじと軽い笑みではぐらかす。

     と、いうより。
     俺自身、そこをはっきりと自覚しているわけではない、というのが正直なところ。
     中峰からすれば、「拾いものの三天狗」の中で俺は最下級に置かれている。
     山に常駐させず、あちこち飛び回って差し支えない「諜報」などという役割を与えられていることでもそれはわかる。
     確かに性には合っている。けれど、「重要視されていない」からこそであるのもまた然り。
     そのことは、間違いなく腹立たしい。俺にだって矜持くらいある。

     とはいえ。

     くりくりとした大きな眼が特徴の、女顔の少年を取り合って……いわばライバルとして慈玄といがみ合ってる、のかと言われれば首を捻ってしまう。
     確かに蛇族は大方ねちっこいが、俺個人としては「恋愛感情による嫉妬」など自分と一番遠いところにある思考だろう、と自認している。
     恋情も愛情も、その場限りで長続きするものではない、そう思ってきた。実際それらしきものに接する度、この「考察」に確信を得ていた。
     なればこそ「利用価値」もあった。
     女社長様の手腕には敵わないかもしれないが、恋心、という一種の信頼を得て舌の動きを滑らかにするのは、情報を扱う者の常套手段だ。今更「本当の情愛」なんてものが存在するなんて、夢物語もいいところだと。

     なのに、「和」のこととなると即座に返答が出来ない。自分自身、それを不思議にすら思う。

     いつだったか。慈玄が山に戻り、その身を完全に贄としなければならないなら、俺は共に下界で生きよう、と和に告げたことがある。
     自分でも、なぜそんなことを大真面目に口走ったのか未だに理解していない。していないが、その場凌ぎの出任せが得意技の俺から出たあの言葉に、懇願の様相が含まれていたのには、なにより俺本人が驚いた。

     俺は、心底和を欲しているのだろうか。慈玄ではなく、俺を選んで欲しいと?

     まさか、ね。
     己の中で否定してみるものの、どういうわけかざわり、と胸の奥が波立つ。
     じゃなければ、他の奴等同様、和の「巫女の力」に興味があるだけだろう。それならば納得がいく。
     あれを上手い事引き出し自分が飲んでしまえれば、それこそ中峰とて慈玄達と同じ「逸材」として俺を認めるかもしれない……。

     くすくす、という含み笑いが耳に届いて、目を上げる。
     妖艶な女社長の実に愉しいと言わんばかりの笑顔は、いつも浮かべるものよりやや幼さを滲ませていた。
    「まったく。あんたがそんな顔するようになるなんて、ねぇ?」
    「……はい?」
    「一度鏡をようっく覗いてみなさいな。ほんとに……慈玄といいあんたといい、こんなにイイ女が身近にいるっていうのに。これだから衆道慣れしてる奴等は嫌になっちゃう」

     言っている意味が分からないんですけど。
     そう返すと真砂は、とうとう大口を開けて笑い始めた。美女の大笑は周囲の目を引いたが、それもお構いなしで。
    「あぁ……そうね、あんたは同業者ですもんねぇ。情報屋が、いちばん持ち得ない情報……それはね、自分の事よ」
     この女らしからぬ、真摯な響きを言葉尻に纏わせ、真砂は踊るように席を立った。
    「あー面白かった。楽しい話をありがと、お礼にここの払いはあたしが持つわ」

    ◇◆◇

    「これでも、身だしなみには気を使ってる方なんで、鏡は毎日見てるんですけどねぇ」
     絵に描いたように気障ったらしい赤いコンパーチブルカーは、ブランド物のサングラスをかけた真砂がハンドルを握ると、更に厭味なほど様になる。
     駐車場で既にエンジンをふかしている彼女に投げかけたその台詞は、自分でも妙に負け惜しみじみて聞こえた。
    「そう?じゃあ眼鏡かコンタクトレンズでも買うことね。まぁ、そんなものしてもあんた自身には見えないかもしれないけど」

     真砂は最後まで愉快そうに笑いを湛えて、じゃね、とひらひら手をひらめかせて車を発進させた。排気ガスの軌跡を見送りながら、俺は僅かに虚脱する。
     交わした会話は、そう多くなかったはず。なのに、何が彼女をそんなに悦ばせたのか。

     ま、デリケートなところを延々とほじくり返されなかっただけでもよしとしますか。
     そう思い、ふぅ、と肩の力を抜く。

     とはいえ、喉に魚の小骨でも引っ掛かったようで、少々落ち着かない。
     今日は慈玄の寺には寄らず、日が落ちたら山に戻るか、それともいつものホテルに部屋を取るか……

    「あ、慈斎!」
     小動物の身軽さで、赤茶色の頭部がこちらに近づく。
     やれやれ。本日何度目かの溜息。
     偶然にしても、残酷なまでに出来過ぎ。まったく運命のいたずらとは、よく言ったもの。

    「じゃぁ……さっきの赤い車、やっぱり真砂さん、だったんだ」
     和は、どうやら彼女ともすれ違ったらしい。もっとも、あんな目立つオープンカーなら少しくらい遠目でもすぐに分かるだろうけれど。
    「まぁ、ね。ちょっと会ってたから」
     そう言うと、和は内心複雑そうに視線を泳がす。

     真砂のことが苦手なのだ。
     対人において、怖れを知らないとさえ思わせ、むしろ誰彼構わず友好的すぎて見ている方をヒヤヒヤさせる和にしては、稀な反応を示す。

     肉感をセールスポイントにするような女に、あまり免疫が無いのだろう。
     慈玄にも俺にも真砂はあんな態度でまといつくから、「男であること」の引け目もそれなりに感じている和には、ある意味脅威なのかもしれない。

    「仕事の関係でね。バイト代入ったから、何か美味しいものでも食べよっか」
     一瞬前の逡巡はどこへやら、和は一度大きな双眸をさらに見開き、それを弾けさせるような笑みに変え、大きく頷いた。
     つい、苦笑が漏れる。

    「ほんと、和はころっとよく笑うよねぇ」
    「べ、別に食べ物につられたわけじゃないけどさ」
     並んで歩を進めてはいても、和の足取りの軽さは感じられる。
     そうは言ったものの、素直にこれだけ喜んでもらえるのは悪くない。

    「あ、でも俺!俺も、慈斎の笑顔、好きだよ!」
    「そ?ありがと」
     相手を警戒させないために、怒りの表情は見せない。相手に弱点を突かれないために、涙を見せることもない。
     だから、貼り付けることに慣れきった笑顔だけど。そんな自虐が、頭を掠めた。
    「あー……うん、そう、じゃなくって」
     小走りに、僅かに先を行くと、和はそこで立ち止まって俺に向き直る。
    「……?」
     どういうわけか照れている、ように見えた。
     日は傾き、すでにオレンジ色に染まってはいたが、それを受けて尚白い頬に赤味が差しているのが見て取れる。
    「そうじゃなくてさ。前も好きだったけど……今の慈斎の笑顔は、もっと好きだから」
     もじもじしながらそれだけ言うと、和はくるりと背を向け、再び小走りで先を行く。
     反対に俺は、面食らって足を止めた。

     ……ふぅん……?
     俺にはなんか変わった、なんて自覚はさっぱり無いけどね。
     すでに立ち去った真砂に、今更ながらそう言い返した。

     いくら俺一人鏡を凝視しても、きっと分からないだろう。
     でも和と顔を並べて覗き込んだら……もしかしたら。

     やれやれ。
     今度は、自分に対しての嘆息。とはいえ、ちょっと心地良い気持ちで。
     距離の開いてしまった和の背中を、見失わぬように足を速めた。

    (完)
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