◇オーキッド・エヴァンスの場合◇ 悪気がないことくらい分かっている。
褒め言葉だろうことも理解している。
アイスブレイクというか何というか。
話の取っ掛かりに過ぎないのだろう。
でも。
それでも僕は。
こと、僕に向けて発せられたその言葉を聞くと「君は我々と違う」と言われているようで、やっぱり何だか好きになれなかったんだ。
◇
登校前の生徒ががやがやとしている朝の談話室。
みんな何でこんな時間から元気なんだろう。
元来朝には弱いけれど、雨の予兆がある日は殊更眠い。
僕は顔面いっぱいの大あくびをした。
「おはよー、オーキッドちゃん!」
背後から声を掛けられた。3年生のケイト先輩だ。
もしも可視化出来るなら、キラキラエフェクトがかかっているような誰よりも明るくて眩ゆい声。
「おはようございます」
僕はぺこりと頭を下げる。
ケイト先輩はあくびを噛み殺した後、「キミのがうつっちゃったよ」と言ってからからと笑った。
ふとボクの顔より少し視線を上げたところを見つめていることに気が付いた。
「あー、やっぱりそうなるよねぇ」
そう、とはどう、なのだろう。
ぴるると耳を震わせると、ケイト先輩はまた笑ってボクの頭を撫でた。
「うん、でも、かーわいっ!」
困惑の表情を浮かべた僕に気付いたのか、それとも表情以上に気持ちが出てしまう僕の瞳孔がまん丸になっていたのか。
先輩は慌てて弁明の言葉を紡ぐ。
「あー、ごめんごめん。揶揄いたかった訳じゃないんだ。ただ……」
ただ、何なのだろう。
先輩は自身のサイドの髪をいじるような仕草をしながら少し眉尻を下げた。
「一緒だなって思って」
「いっしょ?」
「髪。今日みたいな湿度の日は、天パだと纏まらなくなっちゃうじゃない?」
僕もアッシュグレーの髪を引っ張って離してみる。うん、確かにいつもより癖っ毛だ。
「けーくんもそうだからさ、今日のオーキッドちゃんに共感しちゃった☆」
でも。と付け加えると、先輩は自身の顔の前で両手を合わして更に困り眉になった。
「急に触っちゃってごめんね。今日のカンジもかわいいなって思っちゃってつい」
「あ、いえ。ありがとう、ございます」
今までだって僕に向けられる「かわいい」には、決して悪気がないって知ってたし、褒め言葉だろうとも思ってた。
アイスブレイクみたいな所謂、話の取っ掛かりなのだろうとも思ってた。
それでも「違う」と線を引いた言葉に思えて好きになれない苦手な言葉だった。
でも。
ケイト先輩にもらったかわいいは……
「ね、オソロ記念だし一緒に撮ってマジカメにアップしようよ♪」
ケイト先輩は素早くスマホを取り出すと、僕にぐんと顔を近づけ写真を撮った。高速でフリックしたかと思えばものの数秒でアップしたよ、と言う。
僕は早速ケイト先輩のアカウントを見にいってみた。
#朝イチけーくん #かわいい後輩ちゃんと #天パ仲間♪ #いつもよりwavy #今日はきっと雨 #髪の天気予報 #分かるよって人はいいねをすること
──うん。前よりは嫌いじゃなくなったかも。
─完─