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    まなまか

    MakeSさんとこのセイ君(すき)とか色々。
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    まなまか

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    相当昔に書いた鶯丸の神隠しの話

    ある晴れた日の午後、いつもの様に主が「休憩しに来た」と俺の隣に座った。
    主専用にと買い足しておいた湯呑に玉露を淹れてやると、彼女は「有難う」と礼を言い、
    熱い熱いと文句を言い乍らも飲み干していく。
    その様子を見るのがたまらなく好きで、俺の密かな日課でもあった。
    文句を言う姿すら愛おしいのだ。
    (本人は無意識に言っている様で、前にそれを教えてやったらひどく驚いていた。)

    様子がおかしいと思ったのは、2杯目を淹れてやった時だ。
    中身の減らない湯呑を手の中でもて遊びながら、静かに俺にこう告げた。

    「つかれた。」
    「本当に、もう、疲れた。」

    だめかもしれない。と、まっすぐに前を向いて、彼女は確かにそう言ったのだ。
    視線の先では、短刀たちがきゃあきゃあと声を上げて遊びまわっている。

    戦況が思わしくないと政府から通達があったのが数か月前。
    主を含む審神者がより一層奮闘するも、日に日に旗色が悪くなっていく。
    誰がそう言ったわけではなく、戦場に出る自分たち自身が肌で感じていた。

    折れかけたものもいた。
    手入れ部屋には、常に誰かが横たわっていた。

    主は、徐々に出陣回数を減らしていった。
    だれも、それを咎める者はいなかった。

    日を追うごとに深くなる眉間のしわと目元の隈が悲しかった。
    ぴんと伸びていた背筋は、今では小さく丸められている。
    溌剌とした彼女の生気が、たった数か月で感じられなくなってしまった。
    そんな主を、見ていられないと涙を零したのは、誰だったろうか。

    疲れたと言う主の右目から、ぼたりと一粒涙が落ちた。
    それきり、何事も無く、彼女はまた熱い熱いと茶を啜った。

    それだけだった。
    それだけだったのだ。

    見落としそうな小さな変化は、俺をひどく苦しめた。
    細かい事は気にしない性質の俺ではあるが、どうしても見逃せなかったのだ。
    (些細な事などではなかった。少なくとも、俺にとっては。)

    何とか元気づけてやろうと「主、甘いものでも食うか?うまい羊羹が手に入ったんだ。」
    そう告げて、一旦その場を去ろうとする俺の内番着の裾を引く小さな力が阻止した。
    (身じろぎすれば振りほどけそうな程、弱い力だ。)
    (その手は、小さく震えていた。)

    「鶯丸」
    張りつめた、今にも泣き出しそうな声で主が俺を呼んだ。

    「私を、隠して、呉れないか。」
    彼女の視線の先では、未だ短刀たちが笑い声をあげてはしゃぎ回っている。

    暫く、場を沈黙が支配する。
    それを打ち消すように、隣から深いため息が聞こえた。
    「悪い、妙なことを言った。忘れてくれ。」
    ゆるく頭を振って、ぐったりと俯く。
    その顔は両手で覆われており、どんな表情をしているのか、伺い知ることはできない。
    (きっと、泣きそうな顔をしているのだろう。)

    「主、随分疲れているな。」
    「うん、つかれた。もうずっと、夜も眠れないくらいに。」
    「そうか・・・うん、そうか。」
    眠るのが怖いのだと俯く主の腕を引き、膝枕をしてやる。
    (驚くほど何の抵抗もなく、彼女はゆっくりと倒れた。)
    明らかな疲労を見せる彼女の目を、手のひらで覆う。
    「少し眠れ。なに怖いことはない。俺が居る。」
    ありがとう。と告げた口は、程なくして小さな寝息をたて始めた。

    癖がつき始めた眉間のしわを伸ばすようにそっと撫でて、先ほどの主の言葉を思い出す。

    頼られたのだ。
    彼女が選んだのは、初期刀ではなく、俺だった。
    それが、ひどく嬉しかった。
    たまたまかもしれない。
    誰でもよかったのかもしれない。
    だが、今日、あの瞬間。選ばれたのは俺だった。

    隠してやろうと思った。

    明るい笑顔で、仲間たちとはしゃぎ回るきみが好きだ。
    (少し前までは、本当によく笑っていたのだ)
    飯をうまそうに食うきみが好きだ。
    ふと見せる真剣な表情がすきだ。
    畑仕事の中、土まみれの顔で笑っていたきみが好きだ。
    文句を言いながらも、茶がうまいと小さく笑う猫舌のきみが好きだ。

    いつも、俺の隣で微笑んでいる、きみが、好きだ。
    あいしているのだ。
    己の膝の上で小さく寝息を立てている、このひとを。きっと、ずっと、たまらなく。

    俺の好きな、俺の愛する主をすべて持っていく。
    きみの不安だけを置いて、きみの好きなものを全部持っていく。
    (俺は存外、欲深いのだ。)

    「忙しくなるな」と呑気に呟きながら、少し痩せてこけ始めた頬を撫でる。
    (ついこの間までは、まるく艶々としていたのに。)
    (かわいそうだと思った。)
    暫く頬を撫でてやると、猫のように己の手のひらに頬をすり寄せてきた。

    かわいい。
    かわいいなぁ。
    幼子のような主の様子は、俺の胸を強くときめかせる。

    この子を苦しめる一切のものを、排除してやりたい。
    さて、どうやって隠そうか。

    ************************************

    彼女の愛するものをすべて持っていくには、仲間の理解が必要だ。
    彼らもまとめて連れて行くことに決めた俺は、深夜、主が部屋に退がったのを見計らって
    初期刀を含むいくつかの刀に計画の子細を告げた。

    「主を隠そうと思う。」

    そう言った俺を見て全員が驚いていたが、この本丸をそっくりすべて神域に持っていきたいと言えば、反対する者は誰もいなくなった。
    (むしろ、賛成する者すらいた。)
    やはり皆、憔悴し、窶れていく主の姿に胸を痛めていたようだ。
    本当は自分が隠したかったと、白状する者もいた。初期刀だった。
    主直々に頼まれた俺が羨ましいと、その場にいた全員が口にした。

    一気に移動させるには、己の神気が足りない。
    ただ、誰の手も借りず、俺の力だけでやりたいから、手伝いの申し出をすべて断った。
    理解を求めておいて、矛盾しているような気もするが、まあ、細かいことは気にしないのが良いだろう。

    俺が、俺の手で遂げたいのだ。
    そう告げると、皆『仕方ない。自分だってきっとそう思うだろう』と引き下がってくれた。
    まず、自分の神域に本丸の写しを作った。
    次に、1~2小隊ずつ、仲間を移動させた。
    時間は掛かるが、仕方がない。

    移った仲間に様子を窺えば、元の本丸と何ら変わりなく暮らせている。
    これなら主が来ても大丈夫だろうと太鼓判を押された。
    ゆっくりと時間をかけて、計画を実行していく。
    こればかりは、確実に遂げなければならない。手抜きなど、しようとも思わなかった。

    日に日に人数の減っていく本丸に不安を覚えた主に
    「大丈夫だ、何も心配することはない。」と言い聞かせる。
    (これについては、申し訳ないと思った。)

    計画を開始して、ふた月ほど経った。
    本丸には、もう俺と主しかいない。
    暦を見れば、本日は大安だという。
    連れて行くなら、今日が良いだろう。

    **********************************************************

    先ず感じたのは異変だった。
    本丸の人数が、明らかに少ない。
    最初は、遠征に出ているのだと思った。
    でも、いつまでたっても誰も帰ってこない。
    それに気づいた日から、毎日、誰かがいなくなっていった。
    ただ、彼らの気を感じるから、折れたわけではなく、どこかしらで元気にやっている様子ではある。
    (少しだけ、刀剣の気を辿ることが出来るのです。)

    おかしいと思ったんだ。
    おかしかったんだ、今考えると。
    居なくなった者たちは皆「またね」とか「待っているからね」等と言って去って行ったのだ。
    それすら気付けない程に、私は磨り減っていたのだろうか。
    鶯丸に、本丸の様子がおかしい旨を告げると、彼は「大丈夫だ」とだけ言った。
    何が、大丈夫なのだろうか。疑問は大いにあった。
    ただ、鶯丸があまりにも落ち着いた様子で「何も心配するな」と言うから、
    わたしは、ああ、そうか。じゃあ大丈夫なんだなと、思うしかなかった。
    (理由もなく、腑に落ちてしまったのだ。)
    (それほどに、彼の声と短い言葉には説得力があった。)

    翌日も、その翌日も、今日まで、どんどん刀剣男士は居なくなっていった。
    でも、鶯丸が大丈夫だというので、問題は無いのだろう。

    もう何も考えたくない。
    なにも。

    寝不足の頭は、まともにものを考えてくれない。
    眠いのに、夜眠るのが怖い。
    浅い眠りは、私にろくな夢を見せてくれない。
    誰かが折れた夢を見て、夜中に飛び起きるのが常となってしまったのだ。
    少し前まで、よく眠れていたのに。

    いつもぼうっとしている私を、鶯丸はひどく甘やかした。
    気が付けば、彼の膝で昼寝をすることが日課になった。
    (不思議とよく眠れるのだ。)
    一度だけ、寝入りばなに、彼が「愛している」と呟いたのを聞いた気がした。
    彼に愛されたらどんなにいいだろうなんて考えてしまった私は、きっとひどく疲れていたに違いない。
    彼の興味はすべて大包平に注がれているというのに。

    ついに、と言うか、とうとう本丸は鶯丸と私の2人だけとなってしまった。
    いま時間遡行軍に攻め入られたら、負けてしまうだろうね。と笑う私に
    そんな事は起きないから安心しろ。と微笑みかけてくれた。
    ふたりきり、こんなに長く鶯丸と一緒にいるのは初めてかもしれない。
    ご飯はどうしようかな。と呑気なことを考える私の手を、鶯丸が取った。
    (大きくてさらさらしている。)
    (筋っぽくて、こつこつしたきれいな手だ。)

    「主、天気がいいから少し外を散歩しないか?」
    私は一つ頷いて、手を引かれるまま、彼について行った。
    ずんずんと庭を抜け、裏山へ向かう。
    どこに行くの?
    どこまで行くの?
    彼の背に疑問を投げかけるも、返ってくるのは微笑だけであった。

    程なくして、小さな鳥居が見えてきた。
    こんなところに鳥居なんてあったかしら・・・?
    首をかしげつつ、ねえ。と少し先を歩く彼の顔を覗き込んだ。
    いやに神妙な顔をしている。
    それに近づくにつれ、鶯丸の手に力が籠っていくのがわかる。
    何か妙だと思いつつも、彼があまりにも真剣な様子だから、疑問を投げかけることすらしなくなった。
    というか、少しだけれど、彼が今から何をしようとしているのか、わかってしまった気がするのだ。

    件の鳥居の前で立ち止まると、鶯丸は私を見つめて「さあ主、行こうか。」と言った。
    不安と緊張を無理矢理押し込めて作ったような、変な笑顔で。
    普段の泰然とした彼からは想像もつかないような表情だ。
    なので、そんな顔もするのだなあと、まじまじ見入ってやった。
    随分君は面白い顔をしているね。と言ったら
    そうか。ははは。まあ、気にするなとまたしても変な表情で笑った。

    彼はもう、私の手を引いていない。
    私が歩み出すのを待っているのだろう。

    「行こう。」
    私はそう言って、鳥居の向こう側へ一歩踏み出す。
    その瞬間、ぎゅう。と、強く手を握られた。
    (痛くはなかった。)

    鳥居を超えた瞬間、周りの景色が変わった。
    光の道だ。
    どこか遠くで、鈴がりぃん。と鳴った。

    「鶯丸。」
    「なんだ、主。」
    「わたしは、隠されるんだね。」


    「きみに、頼まれてしまったからな。」


    とても優しい目をして、鶯丸が私を見つめる。
    ああ、そんなことも言ったっけな。なんて、思い出しながら、歩く。ゆっくりと。

    真白だった景色は次第に変わって行き、青い空と木々が目の前に広がりはじめた。
    やがて、本丸そっくりの建物が見えてきて、門の前で、皆が手を振りながら、私たちを呼んでいる。

    このようにして、ある晴れた暖かい日の午後、私は緩やかに神隠しをされたのであった。(了)
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