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    引きこもりあーくす える

    お腐れ注意、落書きしかしない
    @clss_ship8

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    POIPOI 541

    ケーキバースのようなアベンシオのさわりだけ落書き。
    独自解釈満載なので、大丈夫な人へ。

     食人罪、という耳慣れない罪状を知り得る者は果たしてどれだけ存在するのか。運ばれてくる患者の症状を見れば、その罪状が脳裏をよぎるのは然り。
     ひとつ。全身に点在する咬み傷。人間の歯は肉を切り裂くことに長けている訳ではないため、引き千切る、という表現が正しいだろう。
     ふたつ。性的暴行の跡。食人に走る人物の共通点として、人を喰らう行為そのものに抱くエクスタシー故か、これも症状に顕著である。幼い少女が被害者だった場合は悲惨なものだ。子宮破裂による摘出も、珍しい話ではない。ただ、男性が被害者の場合も少なくはないため、これだけでは犯人の性別特定に至らない。
     みっつ。執拗なまでに粘膜を刺激されたような痕跡。口腔、膣、直腸、眼球、触れることが可能である粘膜に対する異常なまでの執着が伺える。舐める、触れる等により赤く擦れているものが大半だ。
     この不可解な患者は年に数回しか例を見ないものの、それでもゼロになることはない。多くの場合犯人は患者の体に多くの痕跡を残しているもので、犯人特定までにさほど時間を費やさないのだが、捕縛した者らは決まってこう口にする。
     味覚を失ったやつの気持ちなんか、お前たちにわかるものか。理性を失うほどの美食を堪能することのできる喜びに、抗う術を持つものなどいない、と。
     先人の文献を漁り、気付く。昨今話題に上がることが増えたケーキとフォークにたとえられる奇病の存在である。正式な呼び名は「味覚異常喪失特定個人感知症」と「特定個人対象症」である。
     簡素な説明を添えれば、前者は味覚の変質である。一般的な食事では味を認識できないが「特定個人対象症」を発症した者の肉体を喰らう際、一般的な食事を口にした時と同等の味というものを認識できる。血や肉の味などではなく、味覚を失う前に好きだった甘味を再現したような味になる、らしい。経験がないのでこの辺りは完全に文献の知識そのままである。
     後者は先ほど述べた通り「味覚異常喪失特定個人認知症」の患者が唯一味というものを得ることが出来る相手である。先天性であることが多いが、彼らにその自覚は皆無であり、血液検査のような数値でも判別不可。被害に合って初めて、己が病を保持していると認識することができるという。

     レイシオは深く深く、肺の底からため息を零し、人を殴り殺せるだろう分厚い本をゆっくりと閉じる。何度調べても不可解なこと、この上もない。治療方法も未だ確立されていないこの病を世間は面白がって囃し立てるが、医療現場にしてみたらたまったものではない。
     食われる側をケーキ、食す側をフォーク、と誰かが形容した。あっという間に浸透したその病は、一種の都市伝説扱いである。当たり前だ。人が人を喰らうなど、事実として広まってしまえば、人々の混乱は避けて通れない。安いパニックホラーの光景が現実のものとなってしまう。
     これまでに何度も患者と接触し、秘密裏に治療薬を研究し続けてはいても、思うような成果は上がらない。食欲を抑えるだけの薬を作ることしかできなかった。それでも、欲を抑えるだけの薬ですら、レイシオがいなければ世に出回ることはなかっただろう。難病、奇病、どんな呼び方をされようとも、レイシオにとってみれば病は病である。必ず解決策があるはずだと、研究室に籠る日々が続く。
     そんな日々の中だった。カンパニーより、技術提供依頼について打診があった。研究費用を提供する代わりに、時折その知識を貸してほしい、と。あまりに漠然とした内容ではあったが、レイシオとしても一考の余地があると踏んで、内容を詰め、承諾。
     その初仕事として、ビジネスパートナーとなったのが、アベンチュリンという砂金石の名を掲げる男だった。

     ✳︎✳︎✳︎

     食べても食べても味がしない。それに気づいたのは、多分、まだ自分がカカワーシャと呼ばれていた頃の話だ。最初は、ただ、体調がすぐれないからだと思っていた。これまでにも風邪をひくと食べ物の味を感じにくくなることがあったから。そのうち治ると、気にも留めていなかった。
     けれど、毎日、毎日、味がしない。味を感じにくい、ではなく、本当に無である。食感を感じることはあっても、美味しい、と思うことが出来なくなった。これが子供にとって耐え難い絶望であることは言うまでもないだろう。
     他者への露見を恐れた子供は、美味しいと思えなくとも演技をし続けた。美味しい、美味しいと言い続けた。しかし家族の目は誤魔化せるはずもなく、皆泣いて泣いて憐れんで、どうしてこの子が、と頻りに口にした。それすらも、試練だというのだろうか。
     現在、カンパニーでそれなりの地位を受け取り、当然のように行われる会食も平然とこなせるほど、嘘が上手くなった。持ち前の幸運を武器に、これまで味覚のない異常者であるとことが周囲に知られたことはない。昨今、ケーキとフォークに例えられる世間話の花は、アベンチュリンにとって他人事ではなかった。
     特にフォークと呼ばれている、人を喰らう化け物。その症状には心当たりがある。普通の食事では味を感じない。全くと言っていいほど。それは幼少期にある日突然味覚を喪失するのだということも、相違ない。そしてケーキと呼ばれる人物に会うと、その人物の肉や体液はこの上もなく極上の食事となるらしい。まだ、そんな相手には出会えたこともないが。
     呑気に、楽しげに、そんな症状はこの世に存在しないと言い放ち、ヘラヘラと笑っている。他人事だからこそ面白いのだろう。彼らは何も悪くない。当事者でなければこんな面白い話、ネタにしない方がおかしいだろう。
     不快に思うかと問われれば、それなり、と答える。しかしアベンチュリンはそんな「異常者」ではない、面白い話だと適当に相槌をするだけで会話が盛り上がるなら、使わない手はないだろう。
     カンパニー内部で、上層部役員がケーキとフォークの治療法を探しているという話を小耳に挟んだ時には、すでに直の上司が自分へ話を下ろした後だった。アベンチュリンとしても、もし、自分の病がいわゆる喰らう側とされるフォークの症状であるなら、治療薬などというものが開発されるのなら、それは喉から手が出るほどほしい代物である。
     普通になりたい。そんなささやかな願いを胸に、ビジネスパートナーの元へ足を運ぶ。件の話を承諾した若き天才とご一緒できるなんてね、と軽い気持ちだった。いつも通り、与えられた仕事をこなすだけ。それ以上はない。
     待ち合わせ場所にて、奇妙な石膏頭の男と合流した。妙に背が高くて、体格も恵まれている。何とも素気ない反応ばかりの、面白みのかけらもない男。これが、例の学者先生らしい。
     そして、この時ようやく理解した。アベンチュリンは、知ってはいけないものを知ってしまった。必死に噂話を思いだす。何だっけ、どんな症状で言われていたっけ。いざ思い出そうと思っても中々出てこない。けれど、これは、良くない。
     あぁ、多分、彼が、そうなんだ。
    「やあ、初めまして。僕はアベンチュリン」
     何食わぬ顔で挨拶をする。いつものように右手を差し出す。震えていないか、気になる。さりげなく隠した左手はきっと震えていた。だって、こんなふうに、美味しそうで、胸騒ぎが止まないなんて、そうに違いないんだ。

     彼がきっと、僕にとっての「味覚」なんだ。


    レイシオという男は、噂通りの変人だった。前情報では、常に石膏を被って素顔を隠し、学者とは思えぬほど体を鍛え、その屈強な腕からは筆記用のチョークが弾丸のように発射される。単位を落とそうものなら罵詈雑言、テスト内容は常に極難、笑わず、眠らず、毎日毎日研究を続けている、と。
     話半分に聞いていたが、少なくとも素顔を晒さないという一点において、アベンチュリンは即座に理解した。目の前の男は、天才ゆえの変わり者か、と。しかしだからこそ、これまでの光輝く功績の数々を上げることが出来たのだろうとも思う。
     対話相手の事前情報は可能な限り仕入れるのがアベンチュリンの策である。つまり、ベリタス・レイシオのこともある程度は探りを入れた。結果として、探るまでもなくさまざまな話が飛び込んできたのだが。
     出会った時の衝撃と言ったら、形容し難い。なんせ、美術館やなんかに展示されているような石膏像の頭部から、厳つい男の体が生えていたのだから。見た目の印象にまず一度目の衝撃。
     続けて、なんて美味しそうなんだ、と思ったのが二度目の衝撃。味覚を失って以来、何かを美味しそうだなんて思うことは一度だってなかった。味がしないこともわかりきっていたからこそ、美味しそう、なんて前向きな仮定の感情は抱けなかった。それが常だったから、本当に久しぶりすぎて、その感覚が初めて抱くもののように感じた。
     この、少し様子の可笑しい男のことを、比喩でなく、美味しそうだと思った。確かに、人間相手に美味しそうだ、なんて使うこともある。食事というよりは、ベッドの上で絡み合う系の話になってくるが、此度の感覚はそちらではない。完全に、喰らう方の、美味しそう、だった。なんとかして、味見できないものかと頻りに考えてしまうこの思考は異常だろうか。
     そして、その機会は思ったよりも早い段階で訪れる。

     カンパニーが資金提供しているだけあり、研究も大規模に行われることとなったらしい。場所を移し、設備も充実させたとかなんとか。当然秘密裏に、というのが前提ではあるが。
     レイシオは今日も検体の解剖に勤しんでいる。すでに亡くなっているとはいえ、人間を切り刻むって、こんなに平然とできるものなのか。傍目で見ているアベンチュリンは思う。時刻はすでに夜も深い。まだやるつもりなのだろうか。
     ガラス張りの研究室、その内部。レイシオと、その部下らしき研究員数名が、何やら専門用語を口々に言い合い、部位ごとに印をつけている。メスが滑らかに皮膚を裂いて、肉が、血が、ドロリと流れて。
     ふと、レイシオと目があった。律儀にも手を止めて、ガラス部屋の中から出てきてくれた。
    「……見張りか?」
    「ううん、見学。進捗を聞きにきたのもそうだけど。忙しい?」
    「いや、少し休憩を挟もうと思っていた」
    「じゃあ、これ、差し入れ。食べる気しないかな」
     はい、とアベンチュリンが差し出したのは、とある惑星で大人気のスイーツ専門店が売りに出している焼き菓子だった。並ばないと買えないやつだ、と研究室の面々は目を輝かせている。レイシオも、顔に出さないもののその内の一人だった。
     瞳がキラキラして見える(気がする)。以外にも甘いものが好きらしい。
    「君、紅茶はまだあったかな?」
    「あ、はい。すぐに用意します」
     他の研究員も部屋から出てきた。解剖直後だというのに、お腹が空いた、などといい、人数分の紅茶と焼き菓子を会議用デスクに並べていく。皿もコップも使い捨てのものを使用するとは、洗い物の手間すら省いてのことか。なんとも効率的である。
    「よかったらアベンチュリンさんも」
     気を効かせてくれたらしく、目の前に紅茶と、持参した焼き菓子が置かれる。特に食べたいとも飲みたいとも思わないが、せっかくの好意を無駄にしてはならない。
    「ありがとう、僕の分まで」
     和やかな雰囲気の中でお茶会と呼ぶには質素な会が始まった。時間も時間である、と、この会が終わり次第本日の研究に関してはお開きになるらしい。話しながらも研究員としての性なのか、皆さまざまな仮説と薬品の名前を言い合い、こうして、ああして、と治療法についての会話が止まない。それに混ざることなく、レイシオは黙々と菓子を口へ運び、紅茶を飲み続けている。
     そして研究員が皆帰路に着いた頃、ふと、レイシオは再び研究室に入る仕草を見せる。
    「まだやるのかい?」
    「少し、思い出したことが」
     熱心なことだ。彼が残るならばもう少し、とアベンチュリンはまだ食べている、飲んでいる風を装い、その様子を見守ることにした。相変わらず、口にしたものの味はしない。
     この症状が治ったら、何が食べたいだろう。この焼き菓子も改めて食べてみたい。皆が口を揃えて美味しいと言う有名なレストランにも行ってみたい。流行りのドリンクなんかも口にしてみたい。それから、それから。考え出したら止まらない。夢物語を描くのは自由だ。
     人工的な灯りに照らされて、レイシオは死者と向き合っている。対話でもするかのように、静かに、静かにその体に触れ、サンプルを細かく分けている。アベンチュリンは医学に精通していないが、その細やかな作業風景には感心した。
    「っ、……」
     あ、切った。
     アベンチュリンの目の前で、レイシオは指先に怪我をした。サンプルを切り分けた直後、安堵した様子でメスを避けようとした時、うっかり刃物に触れてしまった。険しい表情でレイシオがガラス部屋から出てくる。
    「大丈夫?」
    「あり得ないミスだ」
    「集中力切れてたんじゃない? 今日はもう終わりにしよう、片付け手伝うよ」
    「あぁ……」
     以外にも素直な返答だった。ぷくりと血が滲んだ指先、痛そうだなと思った矢先のこと。あぁだめだ、やっぱり、美味しそう。
     ごくり、喉が鳴る。唾液が口内に溢れて、それを何度も飲み込んだ。少しでいい、少しでいいから、それを。
    「ね、ねぇ、教授……」
     ありったけの理性を持ち寄り、どうにか言葉を紡ぐ。
    「この研究、生きた検体がいたらいいなって、思ったことはない? しかもそれがきちんと言うことを聞いて、文句も吐かない、優秀な検体だったら、研究も捗るんじゃないかな?」
    「急になんの話だ? カンパニーは、そんな都合の良い検体に心当たりがあるとでも?」
    「……まぁ、ね」
     レイシオは怪訝な表情でアベンチュリンを見据える。この男の言うことは嘘か誠か、偽りを述べることに長けた男の提案であれば、鵜呑みにするのは愚かである。
    「僕、君のことがとても魅力的でさ、本当に美味しそうだなって、思うんだけど」
     男の瞳は笑っていない。薄い笑みを口元に浮かべ、殺意にも似た強い眼差しを向けてくる。レイシオは妙な汗が背を伝うのを感じた。目の前のこの男は、軽薄な笑みを見せ、へらへらとふざけた態度ばかりを見せびらかしていたこの男は、本当に、あのアベンチュリンという男であるのか。
    「例えば僕が、君の研究する味覚を無くした化け物だとして、この体に価値はあると思う?」
     一歩、また一歩と距離が縮まる。アベンチュリンは歩みを止めない。けれどレイシオはその場から動けないまま、目の前の男を見据えることしか出来なかった。相手は武器なんぞ所持してはいない。逃げられるはずなのに、体が動かない。これは、一体。
    「そして君が、僕の求める唯一の味覚だとして、これ以上ない研究対象になるとは思わないか? 食う方と、食われる方、どちらも揃っているなんて」
     男が、ゆっくりと口角を持ち上げる。深い笑みを見せたところで、彼の眼差しは揺るがない。空調の整った部屋にありながら恐ろしいまでの寒気がレイシオを襲った。自分は今この場で目の前の男に殺されるのではないか、そんな予感が鮮明な光景となって脳裏に描かれる。殺される自分、と言うものを強く意識させられる。
    「あぁ、ごめん、本当に食べちゃったりはしないよ」
     ぱっ、と急にアベンチュリンが身を引いた。
    「怖がらせてごめん、ただ……その……」
     口調も、雰囲気も、いつも通り。
     レイシオは既に顔面蒼白、呼吸も浅いままに、その場へ座り込んだ。アベンチュリンにも自覚がなかった。きっと先ほどまでの自分は、心底恐ろしい、例えるなら死神にでも見えていたに違いない。そんなつもりなど、勿論無かった。ただ、ほんの少し、分けてもらいたかっただけで。
    「……何を、望む」
    「あの……や、ごめん……ちょっとでいいんだけど……」
     それ、とアベンチュリンは控えめにレイシオの手を指差した。正確には、怪我をして、血が滲んでいる指先を。
    「ちょっとだけ、舐めちゃ……だめ?」
     恐怖が和らいだレイシオは、先ほどまでの提案を改めて思案していた。この男はいわゆる、味覚異常喪失特定個人認知症で、自分は特定個人対象症、という話だ。後者に自覚はないから、つまり、前者であるアベンチュリンの言うことが事実であるなら、自分はまさに彼にとって魅惑の食事であるのだろう。
    「本当に、ちょっとでいいから……」
     ぐすん、と今にも泣きそうな声で言うではないか。アベンチュリンは先ほどまでの捕食者としての雰囲気を包み隠し、少しだけでいいから、と子供が親に菓子をねだるような声色で告げる。
    「噛んだりしないし……舐めるだけ……」
     哀れ、と思わないわけではない。一切の味覚を無くし、食事という行いを全てレーションや点滴に変えるものがいるとすら聞く病である。それが、他者の血液や肉に対して、この上もない極上の味を得ることができるとくれば、求めるのは自然の流れなのかもしれない。
    「……少しだけだ」
    「え……」
    「噛むなよ。指がなくては研究にも支障が出る」
    「う、うん、それは大丈夫」
     ゆっくりと差し出された指先。まだ乾くことのない血が滲んで、ぷくりと膜を張って、本当に、本当に美味しそうだった。
     その場に座り込んだままのレイシオに合わせて、アベンチュリンも膝を折る。恭しくその手を取り、鼻先を寄せた。匂いすら、どこか甘く、幸せな心地にさせてくれる。赤くて丸いそれに、そっと舌を添える。じわりと、舌の上に何かがある。じわり、じわり、それはどんどん染み込んで、柔らかくて、滑らかで、とろりと蕩けては消える。これが「甘さ」だっただろうか。遠い昔、頂き物のキャンディがこんな感じの味だったかもしれない。もしくは、甘くしてもらったホットミルク。
    「……あ、」
     アベンチュリンも無自覚だった。気がついた時には特徴的な虹彩を持つ瞳は濡れて、ぱたぱたと雨を降らせる。舐めるだけ、という約束だったけれど、もう少しだけ、欲しくなった。指先をそっと咥えて、傷口に吸い付く。溢れ出る血液を再度舌の上で転がし、存分に味わった。唾液と混ざり、薄くなっても、なお飲み込んでしまうのが惜しいと思った。
    「ご、ごめんね教授……もうちょっと……」
    「……好きに、したらいい」
     美味しい。美味しい。
     こんな風に、また何かを美味しいと感じる日が来るなんて思わなかった。吸って、舐めて、散々味わって、ようやく口を離した時には、レイシオの指先はふやけてしまっていた。
    「君の、言うことが……事実だとして」
     レイシオが口を開く。まだ捕食者を恐れてか、その表情はあまりにも引き攣ったままである。
    「君は、何を求める」
    「……時々、で、いいから、血とか、欲しい」
     ぐす、と情けなく鼻を啜りながらアベンチュリンはそれだけ搾り出した。まだ理性を保っていられる。これなら、きっと、側に置いてもらえる。
    「……見返りが、君の体である、と?」
    「うん。好きに使って。痛みには慣れてる」
     こんな歪な病、早く治療薬が開発されるならそれに越したことはない。きっと、この優秀な男はそれを成し遂げてくれるはず。それに、いざという時、本当に理性を抑え込めなくなったとして、彼なら自分をきちんと止めてくれるはず。
     これは賭けだ。自分が真の化け物になるか、その前に治療薬が開発されるか。大丈夫、きっと今回も勝てるはず。だって、僕は運がいいから。
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