.「振り返れ」と、心の中で念じてみる。彼は振り返るだろうか。
ただその背中をじっと見つめて、こちらを振り返ることを祈っていた。パーティが始まってからかれこれ2時間の間、ずっと。つまりは振り返ってなんかくれなかったということなのだけど、僕はそのことにひどく安堵していた。本当に振り返られては困る。遠くからこっそり見つめるこの距離感が、今のところ僕にとっては一番に落ち着けるものだったから。
「また見ているのかい」
「寮長。はは、バレちゃいましたか」
「君がケイトを見つめる視線に気づかないヤツなんかいるものか」
「ええ、張本人が、」
ああ、と寮長は短く息を吐いて、やれやれと肩をすくめてみせた。
「ケイトだって、本当に気づいていないかどうか……」
「……気づいてこれだけ振り返らないんだったら、それってやっぱり脈なしってことでしょうか」
「……僕はそういう話はしないんだ。ほかをあたってくれ」
一瞬、気まずげに歪んだ表情の裏側は「余計なことを言ってしまった」とか「傷つけたか」とか、そんなところだろう。とある事件があって以来、寮長は他人への気遣いというものを覚えたらしいから。ああ、その事件のとき、ケイトも少しだけ首を突っ込んだのだったかな。……どうでもいい話だ。
ケイト。僕のかわいいケイト。明るくて聡明で他人をよく見ている、気遣い屋のケイト。僕が君の存在をどれだけ愛しいと思っているか、その眩しさにどれだけ救われているか知らないだろう?
君は僕の太陽みたいなひとだ。気持ちよく目覚める明るい朝のようなひとだ。――その裏側に、どれだけの薄暗さが潜んでいても。本当はあんな輪からすぐにでも飛び出したいと願っているとしても。
他人に見せたい”ケイト・ダイヤモンド”を演じ続ける彼の姿勢はあまりにも好ましかった。だから好きになった。あれがただの素の性格ならこんなに惹かれたりはしないさ。
けれど彼は、僕がその表面の姿を好んでいるのだと思っている。
まったく馬鹿な話だろう? だから彼は僕と目を合わせないんだ。上っ面だけのつまらないやつだと思われるのがこわいから、自分を好いている僕のことを避けている。本当の自分はこんな明るい人間ではないのだと、僕に知られることを恐れてる。
誰だって気づく僕の視線に、たった一人彼だけが気づかない。振り返らない。そのこと自体が、どうやったって僕のこの視線とその意味に気づいていることを物語っているのにね。でもそんなところもかわいいだろ。
――だから、今日も。声をかけずに、その背中をじっと見つめるんだ。愛しい名前を呼んで、振り返らざるを得ない状況をいつ作ってやろうかと。やっと諦めて振り返る彼がどんな顔をするのかを、何度も何度も想像している。