.どのくらい眠っていたのかわからなかったけど、ふと、目が覚めた。目が覚めるなんておかしい。そう思ってもう一度眠りにつこうにも、どうにも身体がムズムズする。こんなのおかしい。もう一度思って、仕方なく覚醒の準備をする。あくびと、伸び。関節の至るところがギシギシする……なんてことはなく目が覚めてよかった。何年かな、何十年かな、何百年かたってるのかもしれない。次に目が覚めるときがくるまで眠りにつくーーそんな呪いを自分自身にかけたのは、いったいいつのことなのだろう。
身体を起こして、部屋を見回す。異常なし。眠ったときの部屋のまま。ホコリひとつないのはそういう魔法がかかっているから。やわらかな布団から出て、床に足をついた時、そのひやりとした感覚が懐かしくて少し身震いした。
屋敷を歩き回りながら確認すると、どうやらわたしは百年ほど眠っていたらしかった。少しずつよみがえる記憶を整理しながら屋敷の様子を見て回っていたら、ふと目についた大きな姿見に見慣れないものが映っていた。
「あ、なるほど……」
どうして目覚めたんだろうと思っていたのよね。内腿に刻まれた紋章は"賢者の魔法使い"に選ばれたということを示している。退屈と絶望で眠りを選択したわたしを目覚めさせるには十分な理由だ。
きっと、世界最高齢の魔女のひとり。伝説の北の魔女であるわたしを迎えるなんて、なんと運の良い賢者だろう。
「……すてきなひとだといいなあ」
退屈は魔女を殺すから。とびきりに楽しくしてもらわないと。
久方ぶりの高揚感。胸の高鳴りを感じる。
寒さに凍てついた北の国の少し西寄りにあるわたしの領地は険しい山で、年中吹雪いているような土地なのに麓には小さな村があった。眠りについている間、気候はきっと厳しかっただろうからもうなくなってしまっただろうか。わたしの目覚めと機嫌の良さで、目が覚めたときに窓の外から聞こえていた吹雪の音はすっかりやんでいる。太陽なんかでて、ぽかぽかの陽気で花なんか咲いてしまいそうな心地。突然春の山になったら村人が驚いてしまうかも――あ、みんなもうしんじゃってるのかな。じゃあ大丈夫か。
どんな『わたし』で行こうかな。中央に向かえば良いんだよね。今の賢者の魔法使いはどんな人たちだろう。知り合いはいるだろうか。わたしの可愛い弟子たちは生きているかどうかも気になる。
賢者様が女か男かもわからないし、賢者の魔法使いの性別比もわからない。無難にそれっぽく、と考えて、そんなわたしらしくない配慮はやめた。いつものわたしでいこう。西の魔女みたいにマイペースで、南の魔女みたいにおっとりした――そんなイメージで装いを整える。
「……じゃあ、行こうか」
中央にあるという魔法舎をイメージする。小さく呪文を唱える。久しぶりだから制御できなかったりして。魔法舎を破壊しちゃったら一回り大きく作り変えよう。ひとりぶんに十分な大きさのゲートが一瞬で開いて、わたしはそこに足を踏み入れた。
*
「賢者の魔法使いの数がおかしい――って、そんなことある?」
「現に今起こっているのだからあるのじゃろ」
「あるのじゃろうな」
「うーん」
魔法舎に到着したわたしを迎えてくれたのは21人の魔法使いと1人の女賢者さま。賢者さま、女の子だった! そのことに喜んでいると、なんとまあ生きていたらしい愛弟子が声をかけてきた。スノウ、ホワイト、……スノウとホワイト!? っていうのがまず驚いたことのひとつ。生きてたんだ……いや生きてないな? ホワイトそれどうしたの、なんて思い出話をしようとしたけど、それよりも、と遮られて、魔法使いの人数が合わないのだと教えられた。
「われらはふたりで一人、だから良いとして……」
「アリスちゃんはなんでじゃろうなあ」
「眠ってたから、選ばれたけどカウントされなかったとか……そういうのは? 目が覚めたの今朝なんだよわたし」
「「……」」
百年眠りつづけた寝起きの魔力がアレだと思うと本当に怖い。なんて失礼なことをいう双子のことをスルーして、話ながら魔法舎を修復する。屋根に突っ込んじゃったんだよね。まあそういうこともあるでしょ。