秘密も 嘘も 歓びも一歩、足を踏み入れてすぐ、やけに暗い店だと思った。
人の気配はするけれど、店内を見回しても薄闇しかない。照明の位置が低くて、足元しか照らしていないからだと気づいた頃に、ウエイターと思しき男性から声をかけられた。
「いらっしゃいませ。お客様、当店は初めてでいらっしゃいますか?」
「あ、はい。あの、ここ営業してるんですよね?」
「もちろんでございます。ただし、携帯電話、スマートフォンをお持ちのお客様には、店内では電源をお切りいただくようお願いしております」
これは、えらく格式の高い店に来てしまったのかもしれない。
先に荷物をホテルに置いてきてて、よかった。そう思いつつ、慌ててスラックスのポケットからスマートフォンを取り出し、電源を切る。それを見届けてから、男性はそっと踵を返した。
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