かたわら オウムの飼い主は無事に見つかった。隣の県から飛んできたらしい。何度も頭を下げて謝ったり感謝したりする飼い主さんに「大丈夫大丈夫」と言葉をかけ、「なんなら店を見ていくかい」とさりげなく接客をし、かと思ったら飼い主さんはアンティークの机に一目ぼれをして奥にしまっていた椅子とともに購入していった。
「こんなことってあるんですね」
「ああ、だからこういうものは面白いのさ」
テーブルと椅子を店の外に出し、ブルーシートの上で丁寧に梱包材を巻いていく。
「一目惚れというのは侮れないんだ」
梱包材を巻きながら大般若さんがそういう。その目はテーブルの木目を見ているのか、あるいは別の何かをみているのか判別はつかない。
「そうなんですか?」
「あんたもしたことぐらいあるだろう?」
「ええ、それは、まあ」
なんならここに来たのも一目惚れのようなものだ。それで一年も居座っているわけだから確かに侮れないかもしれない。
生活は変わった。今は車の免許を取っている。時々県外に車で出かけたりする。日帰り温泉だのテーマパークだの。一人で行動することも増えた。
昔の友人たちとはちょくちょく連絡を取るようになった。皆それぞれの形で心配をしていてくれたみたいで、近況を離すとそれぞれいろいろな反応が返ってきて面白かった。笑っていると怒られた。笑っているとほっとされた。「まあうまくやりなよ」と声をかけてもらって、「そっちもね」と返したりした。
大理石の天板は半透明の梱包材の中に包まれていく。
「ああ、あんた良かったなあ、行くところが見つかって」
大般若さんが口を開く。私に言っているわけではないとわかっていても耳がそちらをむいてしまう。
「あんたの天板の上をあのオウムが歩くかもしれないな。でもあんたの硬さならきっと痛くはないだろう。爪は硬いかもしれないが、脚は存外柔らかいものだ。尻尾の羽に触れるかもしれないな。きっと気持ちがいいぞ」
天板に梱包材を巻き終えて二人でテーブルをひっくり返し、脚の裏に梱包材を巻き始める。
「若いご夫婦だったし、きっとあんたを大事にしてくれるだろう。あんたのその深い飴色の艶でとびきり喜ばせてやるといい。あの家に子どもがいるかはしらないが、あんたの丸みは子どもの手のひらの柔さも包みこんでくれるだろうな。さあ、できたぞ」
テーブルの脚の裏にも梱包材を巻き終えてもう一度ひっくり返す。今度は椅子だ。
「ああ、あんたのアールヌーヴォー調の柄は優しく人の背を受け止めるんだろうなあ。もし張り替えることになったら俺のところにおいで。知り合いに家具職人がいるんだ。俺の義兄弟でね。腕は確かだぞ。家具職人だってのに菓子を作っている時間のほうが長いのが難だがな」
へえ、と思った。義兄弟ということは大般若さんには姉妹がいるんだろうか。その姉妹のうちの誰かの旦那さんか何かなのだろうか。きっと親戚筋の人々と同じように背が高くて格好いいんだろうなと思う。
いやまてよ、もしや連れ子とかそういう可能性も、いやそれは昼ドラの見すぎかな。ちょっと興味がわいてくるけれど、こういう時の大般若さんには話しかける勇気はない。
それほど真摯にその「物」を見つめ、言葉を紡いでいるのだ。べにいろの瞳はきらきらと少年のように輝いて、持っているのは梱包材ではなく内掛けのように見えてくる。
銀色の髪が冬の陽ざしの中にきらめいて、大般若さんが内側から発光しているような錯覚を抱く。ああ、眩しいな、きっと私が彼に恋をして、付き合うことになってもこの表情を引き出すことはできないんだろうなと心がズンと重くなる。
いいだろうか。もう。
(何を?)
人って変わるものだよねと友達と話したのはいつのことだったろうか。それでも変わらない人もいる。変わらない魂はある。大般若さんはきっとそういう魂を持っていて、恋なんていう脆弱なものでは太刀打ちできない。
だって大般若さんが物に持っているのは、もっと大きくて、密度が高くて、広くて、温かくて、もっと違う、そういうものなんだもの。
(彼の恋人だった人たちはそれに気づいて去って行った)
(私も、それに気づいた以上恋はできない)
恋をしなくてもいいじゃないかとも思う。大般若さんは優しいし、心穏やかだし、普通に友達として、職場の上司部下として、そういう付き合いをする分には問題がない。
一年彼を見てきて、付き合い方も覚えた。今更恋なんてする必要はない。それはわかっている。
それでも思ってしまうのだ。彼が物に向ける言葉を、ほんの一言でも私に向けてはくれないかと。
彼が物をジッと見つめるきらきらとしたべにいろの瞳を、私を愛するために使ってはくれないかと。
でもそれはかなわないこと。
(ああ、次の恋すら見つけることができないのね)
配送業者にテーブルと椅子を引き取ってもらう。テーブルのあった場所はがらんとしている。たとえそこにスペースがあっても、いつかまた別のもので埋まってしまう。