Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    k_hizashino

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 23

    k_hizashino

    ☆quiet follow

    現パロ般若+さに 最後別れます。承前完結

    かたわら「大般若さん、お話があるんですが」
    「ああ、なんだい?」
    「また……引っ越そうかと思って」
    「……そうかい」
     あのアンティークのテーブルが売れてから半年経った。相変わらず客足は途絶えず、親戚筋の方の往来も増えた。彼らはいろいろな国を飛び回っている人が大半で、そんな中一人この店を構えている大般若さんは本当に天然記念物のようだと思った。
     私はそんな大般若さんが好きで、でももうここにはいられないと思った。
    「行く当てはあるのか」
    「ひとまず実家に身を寄せようかと。母が足を怪我して以来歩きづらくてしょうがないとこぼしているのもあるので、手伝いに」
    「そうか。ご母堂の健康を祈っているよ。もちろんあんたのも」
    「ありがとうございます」
    「寂しくなるよ。あんたはよく働いてくれたから」
    「はは、そう言ってもらえて嬉しいです」
    「引っ越しはいつだい?」
    「来月に。それまではここで働かせていただきます」
    「あんたなら大歓迎だ。手伝いはいるかい?」
    「いいえ、業者さんに任せようと思うので」
    「わかった。もし力仕事が必要なら言ってくれ。俺の知り合いも呼ぶしさ」
    「……本当に親切にしていただいてありがとうございました。なんとお礼をいったらいいか」
    「そんなにかしこまらないでくれ。感謝しているのはこっちも同じなんだからさ」
     一通りの挨拶を済ませて仕事に戻る。入荷した古本に蔵書印と値段の記載された紙を挟み、棚にしまっていく。
     売れる本も売れない本もある。でもきっと、いつかどこかに行くのだろう。
     ふっと視線を感じる。そちらをむけば大般若さんが私のほうを見ている。
    「どうしたんですか」
    「……こんなことを言うと怒られるかもしれないんだが」
    「はい」
    「あんたが俺を好きにならなくてよかったよ」
     いいえ、それは違う。違うんです。確かに好きだった。でも、あなたがあなたのままでいる以上の幸福を、私といるときのあなたに見いだせなかっただけなんです。
     手を繋ぎたいと思ったこともその顔に見惚れたことも一度や二度ではありませんでした。あなたとのセックスを想像して濡れてしまったこともありました。あなたが好きです。好きなんです。でも、私ではだめなんです。
    「大般若さんは大切な人ですよ」
    「嬉しいことを言ってくれるね」
    「ちゃんと本心から言ってますからね」
    「はは、ありがとう」
     いっそのことここで言ってしまえばよかったのかもしれない。あなたのことが好きですと。でもこの関係性を崩せるほどの度胸は私にはなかった。
     あなたに踏み込みたいけれど踏み込みたくない。あなたの一番になりたい。あなたの心を私で埋め尽くしてほしい。私が求めるのはそういった身勝手なものばかりで、そしてそれは大般若さんを大般若さんたらしめるところと折り合いがつかない。
     そう、たとえ二人でいても、どこにも行き場はない。
     売れていく本のように、見いだされたテーブルのように、今子どもたちに親しまれているだろうトーテムポールのように、行きつく先はどこにもない。ここに腰をおちつけて、どこかに流れていく品々をただ神様のように慈しんで見つめて口説く大般若さんのようにはなれない。
     私にはきっとそういうことはできない。
     店内を掃除しながら窓の外を見詰める。昭和ガラスがはめ込まれたそこにはガラスの星のきらめきはあっても外の景色をみることはできない。
     季節は巡って夏がやってくる。田んぼには青い稲が植えられていく。
     私が来た時とは真逆の季節。そんなときに出ていくなんておかしいだろうか。
     車の音がする。誰かお客さんが来たみたいだ。
    「大般若さん、お客さんが来ましたよ」
    「はいよ」
     大般若さんは引き戸を開けると車で来たお客さんを出迎える。
     ポルシェのカレラとハイエースは相変わらず店の裏に停めてある。そういえば最後まであの黒い小さな車を口説く大般若さんを見ることはできなかったなと思う。
     お客さんは大きな籠を後部座席から取りだした。それは見事な細工がしてあって、例えばあのタイハクオウムをこの中にいれたら似合うだろうし、オウムにとっても心地よさそうな大きさだと思った。
    「あのテーブルを買って行ったお客さん、気に入りそうですね」
    「そうだな、連絡してみてもらえるかい」
    「わかりました」
     大般若さんは隅々まで籠を見て値段の交渉を始める。お客さんはと言えばただ同然で引き取ってもらうつもりでいたのか、値段が出たことに驚いているようだ。
    「この中に入っていた動物はどうしたんだい」
    「それが死んじゃってねぇ。僕も若くはないんでもう何かを飼えないんですよ」
    「そうか。それは残念だな。でもこの籠ならきっと引き取ってくれるお客さんがいるさ」
    「そういってもらえて安心したよ。捨てるのもしのびなくてね」
    「そうだろうな。この細工なんかは本当に見事だ。特注品かい?」
    「ああ、そうなんだ」
     大般若さんが話している傍らでテーブルを買っていった家に電話をする。籠の特徴や大きさを伝えるととっておいてもらえますかと言われた。
    「わかりました。はい。はい。店主にそう伝えます」
     私は電話を切り、大般若さんのかたわらによる。
     ああ、この景色ももうじきに終わっていく。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works