彗星になったカイブツ第0話
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深い森の中を俺は無我夢中で駆けていた。全身に切り刻まれた傷の痛みと火傷、口から出てきそうな胃酸と血、休みたいと悲鳴を上げる身体。それらに思考が向かないように走り抜けた。呼吸をするたびに焼け焦げる匂いが俺の鼻を刺激し、気持ち悪くなる。連中は本気で俺を殺す気で来たのだろう。でなければ山一つ丸ごと焼く気はない。しかし、今はそんな些細なことを気にしている場合ではない。逃げ続けろ、生きるために。
どれだけの時間が経ったのだろう、俺は警戒しながら近くにあった大木に崩れるように寄りかかった。空が明るくなりかけている、日の出が近いのだろう。体が思い出したように激しい痛みが襲い、俺はうめき声をあげてうずくまる。少し血を流しすぎたか、、、喉の渇きとめまいで意識が遠くなりかけるが首を振って持ち直す。
・・・ふとこれまでの自分の人生を思い出す。物心ついたころから両親を呼べるものはいなく、ずっと一人。チビの頃は他の奴らに殺されないように隠れ、怯えながら過ごす。空腹は常につきまとい、生きるためにどんなものも食べなければならない地獄のような日々だった。
月日が経ち、成長し立場が逆転すると俺は鬱憤を晴らすように暴れた。今まで散々コケにした奴らに思い知らせるように拳を、足を、そして牙を振るった。そいつらに振るうことに飽きた時、今度は人間に向けた。殺しこそはしなかったが、通りかかる人間共に、時には集落に行って力を見せつけ、恐れ、逃げ惑い、奪われる姿を見て愉悦に浸っていた。今思えば俺は想像したくないほどの残忍な笑みをしていたのだろう。「怪物」「化物」と俺に向かって
叫んでいたが、間違いなくそれにふさわしい姿だった。しばらくして人間の中で有名になったのだろう、俺を討伐しようとする奴らが出るようになった。強い奴もいたが結果は言わずもがな、返り討ちにしてきた。そうやって怪物らしく月日が経っていった。
ある日、俺はいつも通り何かを運んでいたのであろう人間を襲った。そいつは怪我をしつつ、荷物を置いて一目散に逃げだした。それを持ち帰り中を漁ったが、入っていたのは大量の本と、星に尻尾がついたような模様がある紐付きのメダルだけだった。
「・・・なんだよ、食い物じゃねぇのか。」
すぐに捨てようとしたが、手を止めた。興味本位だったのか、気まぐれだったのか分からない。俺はメダルを懐に隠し、本を・・・見てしまった。それから俺はおかしくなった。人を襲うことをやめた・・・傷つくのも傷つけるのが・・・怖くなった。
その時茂みから音が聞こえた。間違いなく人間の足音だ、だがおそらく一人だ。俺は威嚇するようにうなり声を上げる。予想は当たった、一つ違うのは他の人間と違い、殺意と呼べるものがほとんど無かった。逆にそれが、全身の毛を逆立たせた。この男はやばいと俺の体が危険を発している。
俺は血を吐きながら後ろの大木を支えに立ち上がる。全力で逃げる選択肢もあった。だがこいつは分かる、逃がしてはくれないと。何故だろう、俺は・・・笑っていた。これから自分が死ぬから?それとも本気で戦えるから?理由は分からなかった。
「グオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」
目の前の人間を見据え、あらん限りの咆哮を上げ俺は人間に襲い掛かった。殺さず、動けない程度にすれば諦めてくれるはずだ。そう思いながら右腕を振り抜く。しかし躱され、すぐ後ろに瞬間移動をしたかと思った時、右脇腹に激痛が走った。人間の持っていた剣で切られ、血が噴き出す。その痛みに膝をついてしまったが、すぐに人間が翻し、こちらに突っ込んでくる。あの切れ味、防御すれば腕がなくなる。俺はとっさに躱し続けようとしたが、嵐のような攻撃に俺の体は切られ続け、血が飛び散る。隙を見て反撃に出るが、奴の速さが勝って空振りに終わり、また切られる。このままでは首を切られるのも時間の問題だ。とっさに俺は声を上げ地面に拳を振るい、石や砂を大量に巻き上げて奴の視界を遮り、距離を取ることにした。
遠くには今にも日が昇りそうになるほど、空は明るくなっている。もう立っているのもやっとだ、力を少しでも抜けば倒れてしまう。息をするだけでも痛みを感じる。目の前が流れる血で見えづらくなるが拭うわけにいかない、隙を見せれば・・・切られる。互いがまったく動かない。そこまでの時間は流れなかっただろう、だが俺にとっては永遠に感じられた。
人間が動いた。最も速い足でこちらに向かってくる。俺はすぐに動かず、腕が届く範囲まで引き付けられるように構える。だがその直前で急に進路を変える。そっちに向くとまた動き、視界から外れようとする。攪乱し、背中からとどめを刺す気だろう。俺は奴を絶対に見失わないよう、常に真正面に来るように体を動かす。奴は攻撃する素振りは見せない。こちらから仕掛けるのを待っているのか?嫌な予感がする。俺も奴と同じく攻撃はせず、目で追
うだけにした。
その時、人間が崖がある方角を背に動きを止め、同時に何かを唱えていた。すぐに振り向いたその瞬間、奴の剣が登ってきた朝日の光に照らされ、強烈な光を放った。防ぐことができず、俺の目の前が白で塗りつぶされ、動きを止めてしまった。
(まさか、かく乱していたのはこの時のため・・・!?)
目をこすり視界を取り戻し、奴を探そうとしたその瞬間、人間がすでに俺の懐に潜り込んでいることに気づいた。そして右手で握っていた剣を俺の胸に勢いよく刺した。
「・・・あ・・・・。」
剣は俺の胸を深く刺し、心臓を貫通し背中から飛び出していた。俺はその場で膝をついて座り込んだ。胸に手を添える。血がドクドクと溢れ出て、少しずつ力が抜けていくのを感じる。
(死ぬのか・・・俺は・・・)
今までやってきたことを考えれば当然かもしれない。だがこの胸を感じているものは後悔と悲しみだった。
もし自分が一人じゃなかったら?
もし自分が傷つけるだけの力がなかったら?
もし自分に親と呼べるものがいたら?
もし自分が・・・怪物じゃなかったら?
痛みを忘れ、頭の中でその思いが駆け巡り、そして俺の頬に一筋の涙が流れていた。
(・・・ああそうか、俺は・・・。)
顔を上げると目の前の人間が別の剣を抜き、空高く掲げていた。とどめを刺すつもりらしい。俺は諦め、目を瞑ろうとした。だがその瞬間、心の中でまだ生きたいと叫ぶ声が聞こえた。小さい頃の俺の声そのものだった。それに気づいた瞬間、俺の体は男に向かって飛び出していき、そして引き裂いた。男は咄嗟に防御したが、右肩から胸にかけて血が出ていた。しばらく動けないかもしれない。そして俺は、飛び出した反動で崖から落ちていった。
・・・目を開けると俺は地面に倒れていた。崖から落ちたのだから当たり前だが周りには血が広がっていた。紛れもない俺自身のものだ。起き上がろうとするが体が動かない、指一本すら。
「最後にあがいたのに、結局俺は・・・。」
そこから先の言葉は出なかった。もう力が出ない、視界がぼやける。
ふと胸の違和感に気づく。それは刺された剣ではない、何か小さな・・・。
(あぁ、そういえば・・・)
俺は最後の力を振り絞り、それを左手に出す。あの時入れたメダルだった。本によればこのメダルに向かって祈ると彗星のカミサマが願いが叶えてくれるかもしれないらしい。馬鹿馬鹿しい、最初はそう思った。でも今の俺は、祈らずにいられなかった。メダルがもう見えていなくても。
(なあ、カミサマ・・・。こんなカイブツの、言うことを聞いてくれるなら、聞いてほし
い・・・。)
(もし・・・、次に・・・、生まれ変わるなら・・・、カイブツじゃなくて・・・。)
その直後、俺の亡骸に小さな光が空から降ってくる。俺は見えていなかったため、それが分からなかった。
そのまま俺の意識は途絶えた。