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    夜間科

    @_Yamashina_

    落書きをウォリャーッ!ってします。

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    夜間科

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    「余色、惹かれて」
    猫の日に一日限定で猫になったサミ(とくもさん)。前半はいつもの犬(?)かわいがり事務部屋、後半がたいさみです。

    「にゃー」
    「猫殺しくん?……いや」
    聴き慣れた鳴き声、とは微妙に違う。もっと落ち着いた、深みのある音色だ。しかもここは事務室。何より、その鳴き声は発生源の意思に沿って、意識的に発せられたもののようだった。おそらくそこに呪いは介在しない。
    「五月雨か」
    「ええ、私です。今日は猫の日だと頭から聞いたものですから。雲さんもいますよ」
    五月雨の後ろから顔を出している片割れの姿が見える。目が合うと、先程の堂々とした鳴き声より幾分か小さな「にゃあ」が長義を和ませた。
    「わあ、愛らしい猫が二匹も」
    これは僕の弟だ、きみには渡さない。そんな意味の一瞥を長義にくれてやったあと、松井は二匹の猫を両腕いっぱいにまとめて抱きしめる。松井の体はとても温かいとはいえないが、思いの外逞しくて優しい腕だ。その中で五月雨と村雲は目を細めて笑いあう。
    「お前達、はしゃぐのはいいが自分が受け持った分の仕事くらいは終わったんだろうな」
    「出たよ長谷部」
    「どうして俺達の癒しを邪魔するのかな」
    休憩を許さない事務方のボスに、松井と長義はふたりして白い目を向けた。
    「そういうのは義務を果たしてからやってくれ。それから、手が空いている者は今日締め切りの書類を主から回収してきてくれないか」
    「その任務、私が引き受けましょう」
    「頼んだ」
    「はい。雲さんはしばらくここでお利口にしていてくださいね」
    五月雨は一礼すると、松井の腕の中からするりと抜け出し廊下へ出て行った。

    ◇◇◇

    「あれ?五月雨っち、何その耳と尻尾」
    「おや、お気付きになりましたか」
    すれ違ったのは太閤左文字。彼のもつ尻尾は、五月雨が今日だけと身につけている真っ黒な尻尾よりひと回り太く、カラフルだ。黄色でもない、緑でもない、橙でもない。不思議な色をしたそれを思い出しながら、五月雨はベルトループに取り付けただけの簡易的なそれを揺らしてみせる。
    「今日だけは、犬ではないのです。にゃー」
    表情筋の動かない真顔で繰り出される鳴き声に、なぜだか今日は血が沸く感じがしない。猫だから、だろうか。
    「ところであなたは、こんなところで何を?」
    「今日は非番だから暇してた。景趣も最近なんか春!って感じだし、綺麗だよねー」
    「猿にも風情が解るとは。驚きました」
    「うきっ……!」
    五月雨はわざとらしく手を口元にあててみせる。丸くした目に太閤は少なからず怒りを覚えるが、これは犬ではない。今日の相手は犬ではないのだ。
    「この本丸は良いですね」
    「それは儂も同意するけど……なんでよ」
    「ここの風景は、頭の気分次第で自由に変えられますが……いつでも季節に合わせた景趣が設定されているようですから。しばらく前までは豆をまいていたでしょう」
    そういえばそうだったか、と、自分が来てから本丸で見た景色を思い出してみる。確かに秋は秋の、冬には冬の、そして最近は春の訪れを象徴する梅や菜の花の景趣が設定されていた。主の拘りだろうか。五月雨はかすかで健やかな悔しさを滲ませ微笑んだ。
    「私の知らない季節も……ほんの少しとはいえあなたは知っている。羨ましいことです」
    彼が来たのは冬の日だった。春、夏、秋。彼が愛してやまない、けれどまだ知らない季節。初めて人の目に映した花畑に何を思い、どんな言葉で表現するのだろう。太閤はふと、そんなことが気になった。
    「五月雨っち……菜の花。どう思う?」
    五月雨はぱちぱち、と二度瞬きをして、それから庭の小さな花壇と太閤をかわるがわる見た。花畑から移してきたのだろうか、しばらく何も植っていなかった花壇には、鮮やかな黄色が咲いている。
    「あなたによく似合う色だ」
    そう言って笑った五月雨の瞳が、艶やかな髪が、太閤には特別美しく見えた。

    ◇◇◇

    「五月雨、ただいま戻りました。書類も無事に」
    「随分遅かったな。どこで寄り道していた?」
    「……ふふふ。秘密です。猫は気まぐれ、ですから」
    取ってつけたような鳴き声が、事務部屋の暖かい空気に溶けていった。
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