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    夜間科

    @_Yamashina_

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    夜間科

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    「正しい独寝と間違った共寝」
    くも→さみ。主さみを含みます。

    たまに、ひとりで眠る日がある。
    ここに来た最初の日からずっと、ふたつの布団を並べて敷いて眠ってきた。自分が明日着る服や身につける装身具をまとめたその横には、紫色の耳と尻尾が置いてあるのがもはや当たり前の光景になっていた。ただ今日は、布団はひとつで、寒くても温めあえる人はいない。眠るのが怖くても撫でてくれる優しい手はない。孤独のなかで見上げた天井はやたら高い気がして恐ろしかった。

    「今夜は頭と約束がありますので」ーーなんと返すのが正解だったのだろう。村雲はあれこれ考えを巡らせるが、どれも不正解であるように感じる。結局のところ、恋刀でもなんでもない、少し繋がりの深そうな姿で生まれてしまっただけの他人に口出しする権利などないのだ。毎回同じ着地点に行き着いてしまう。

    「わかった、いってらっしゃい」。定型文を焼き増ししたその声はどうしても無機質だ。自分の声を聞くたびに、自分が嫌いになる。あれほど寂しい「おやすみなさい」があってなるものか。いつ何時も、寝る前の一言はささやかな幸せに彩られた七文字であるべきだと村雲は信じていたのに。しかしそれを裏切ったのは五月雨ではないことも、村雲はよく承知していた。

    刀が増え大所帯になると共に増築を繰り返して歪に膨らんだこの本丸の中でも、新入りのふた振りの部屋は端のほうだ。主の部屋からは離れている。今は姿の見えない片割れは、何をしているのだろう。目を閉じてもうまく眠れずぼんやりと考え事をしながら過ごしていると、時間の感覚が薄れてしまいがちだ。もう眠ってしまっただろうか。それとも主と繋がっている最中かーーどうしてか胸が悪くなる。この不快に介在する寂しさ以外の感情を、漠然とではあるが村雲は認知し始めていた。

    村雲が本丸にやってきた時から、五月雨には友達がいた。郷のものだけではない。いろいろな刀から少しずつ愛情を分けられて育ったであろう彼が、自分に特別大きな愛情を注いでいる。その歪な構図が村雲にとっては我慢ならなかった。
    皆に愛され主人からも重用される者を、誰にも好かれなどしない役立たずが奪ってしまったら。その先を想像すること自体は容易だったが、胃がきりきりと痛んだ。癒してくれるひとは今、隣にいない。
    とはいえ、雨の日も晴れの日も溢れるくらいに注がれる水を止めてしまったら、きっと自分は枯れてしまう。そのことも村雲は分かっていた。だからいかなる答えも、不正解になってしまうのだ。簡単に予見できる罪悪と、それでも、という強情な独占欲がぶつかり合って、村雲を苛む。
    「……っ、痛…………もう、やだ……」
    どうせ誰にも聞かれていないなら、多少投げやりになっても許されるはずだった。暗闇が涙でぼやける。愚痴をこぼしても、泣いても、独りだ。大切なものを傍に置かずに過ごす夜くらいは、自由にさせてほしかった。



    「……雲さん、起きてください。もう朝餉の時間ですよ」
    聞き慣れた、けれど聞きたくてたまらなかった声だ。おはよう。わずかながら憂鬱な響きを残す四文字へのレスポンスは、あまりにも普段通りすぎた。まだ閉じていたい目を擦って、いつもと変わりない朝を迎えた。



    「雲さん……今夜は、」
    ーーああ、また離れていく。傍に彼がいない夜の、なんと虚しいことか。その先は、聞きたくない。聞いてしまえばきっと、自分はまた作り笑いで心を冷やしてしまう。何もかも不正解ならせめて楽になりたいと、村雲は離れゆく手に縋った。激情というよりは、疲弊の結果だった。
    「やだ……主のとこなんか行かないでよぉ、俺と一緒に寝て……お腹痛くなっちゃう、から……」
    「…………」
    「…………っ」
    抱き寄せられて感じる体温は、ひとりで潜った布団なんかよりずっと優しくて温かい気がした。この手がいつもそばにあったなら、もう他には何もいらない。
    ごめんなさい、小さな声が聞こえた。涙が出た。謝らせるために駄々をこねたわけじゃないのに。狡いのはいつだって自分の方だ、村雲は理解していた。お腹が痛いと言えば五月雨が話を聞いてくれるのも織り込み済だった。こんなことはいけない。そう思いながらも、両の腕は抱えた温もりをもう手放せないのだ。片割れに触れているだけでこんなに楽になれるのなら、一瞬たりとも離せない。たとえそれが役立たずの自分による越権行為であったとしても。




    「…………ん、」
    いつの間にか眠っていたようだ。
    腕の中でまだ寝息をたてているあたたかいもの。本来ここにいるべきではなかったもの。二つ並べられた布団は、本当ならここにあってはいけないのだ。昨晩村雲は、独りで寝るはずだった。
    孤独に耐えかねて五月雨を奪っておきながら、今度は迷惑をかけたに違いないと腹が痛んだ。何をしても苦しい。苦しいくらいにあたたかい。自分は五月雨に何かを与えられるばかりで、手を煩わせたことこそあれ、彼の心に空いた穴を自分が埋められる機会は一生来ない。一方的な依存ーー寄生にしかなり得ない関係。初めから分かっていたことに、今更胸が締め付けられる。
    「んぅ……」
    何も知らない五月雨が目を覚ます。まだ眠たいのか、紫色の瞳は潤んでいる。
    「くもさん……おはようございます」
    「おはよう、あめさん」
    幸せすぎてつらくなった。陽射しは眩しいくらいに目に入ってきて、微睡むふたりを急かしている。きっと今日は、雲ひとつない晴天だ。
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