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    夜間科

    @_Yamashina_

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    サミ缶

    サミ缶とはすなわち、広告の品であった。
    日常的に立ち寄るスーパーで、毎日違うものにラベリングされたその四文字は安さの象徴だ。あるときは肉が、またあるときはアイスクリームが常に資金不足の学生や主婦の注目を浴びる。サミ缶も例に漏れず、黄色と赤の主張の激しい価格表示で売られていた。
    ところで、サミ缶とは果たしてなんなのか?
    フルーツの缶とツナやコーンやトマトの缶のちょうど境目にそれは陳列されていた。大きさは隣に並ぶ桃の缶詰と同じくらいだ。サミとは何か。果物の類なのか、それとも野菜や魚を加工した食品なのか。もしかしてサバの親戚だろうか。イメージ写真の類はなく、製造側の売ってやるぞという気概が一切感じられない。甘さひかえめとか朝食にぴったりとか、キャッチフレーズもない。「これはサミ缶である」以外の情報を徹底的に排した殺風景極まるデザインだ。

    手に取ってみる。それなりに重たく、中身はしっかり詰まっているような印象を受ける。原材料はサミ(遺伝子組み換えでない)とシロップだ。成分表示によるとそれなりにたんぱく質が豊富である。しかしシロップに漬けられていることから察するに、魚や野菜よりは果物寄りの食品であると信じたい。サバの親戚ではなさそうだが相変わらずサミの正体は掴めずにいる。
    やたらと派手な税抜き表示の値札を他の商品と比べてみる。桃やみかん、パイナップルなどよく見かける缶詰よりはやや割高だ。とはいえ所詮は缶詰、たいした値段じゃないし、不味かったら捨てればいい。そんな軽い気持ちで、カップ麺や惣菜の入った買い物カゴにサミ缶を放り込んだ。

    引っ越した時にはぴかぴかだったローテーブルも、数年の時が経ち随分使い込まれた雰囲気を醸し出すようになってしまった。持ち主の不精が災いしてところどころに汚れや傷がついている。カップ麺が出来上がるのを待つ間に、買ってきたサミ缶の開封にかかる。きょうび缶切りで開けなければならないのも逆に貴重だ。久しぶりに使った缶切りはやはり難しかったが、なんとか蓋を開けることに成功した。
    甘いフルーツが出てくることを祈って、ガラスの器を置いて缶を傾ける。眺めているだけで甘ったるそうなシロップが器に流れていく。みかんよりは桃缶の内容物に近い、とろみのある透明な液体だ。が、肝心の具が、「サミ」が出てこない。手にはまだ重さを感じるから、空っぽの缶をつかまされたわけではないのだろうけれど。
    どうしたことかと缶の中を覗き込むと、底に小人がいた。緑の服を着た、紫色の髪の小人だ。
    目が合った。
    驚いて缶を落っことす。缶はローテーブルを転がり、シロップを垂らしながら床に落ちてゴロゴロと手の届く範囲から遠ざかっていく。やがて無造作に置かれていた障害物にぶつかって止まった。
    立ち上がっておそるおそる缶を掴む。やっぱり中には小人がいる。瞬きしても目を擦っても頬をつねっても、小人がいる。彼は今の今まで眠っていて、突然の大地震に叩き起こされてしまったようだった。どうやらぶつけたらしい後頭部を押さえている。一体何事かと驚いた表情であたりをきょろきょろ見回しているが、上以外は壁なんだから何も見えないだろうに。だいたい驚いてるのはこっちの方だ。スーパーで小人が売られているだなんて。
    さて彼を救出するにあたって、箸かはたまたフォークか。考えた末、スプーンが1番安全という結論に至った。デザート用の小さなスプーンを奥に突っ込むと、「サミ」はなにやら身構えている。缶の奥から怒った犬のような唸り声が聞こえてくる。それは中の住人のサイズに見合わぬ迫力のあるもので、間違って指でも差し出したら食いちぎられてしまうんじゃないかといささか不安になった。
    無理やり掻き出されるのは本意ではなかったらしい。転げ落ちないよう再びゆっくりと缶を傾けると、ようやく「サミ」は顔を出した。ちゃぷん。「サミ」が出てきた。ちょうど手元にあったスマートフォンと同じくらいの大きさだ。黒の長い襟巻を巻いている。葡萄のような色をした瞳が見つめてくる。髪の色は瞳よりもやや淡い、パステルな色彩だ。頭のてっぺんから足先まで見ると、おかしなところがいくつかある。まず右耳の横にはもうひとつ紫のつけ耳。それから同じ色の尻尾がシロップに沈んでいる。こちらは本物なのだろうか。そして何より、腰にぶら下げているのは形状からして日本刀だ。この小人は武士だったのだ。小さいとはいえ振り回されたら指くらいはすぱっと切られてしまいそうだ。
    透明なシロップがかすかに赤く染まる。よく見ると「サミ」の手から血が流れているようだ。切り口で切ってしまったのだろうか。サイズの合う絆創膏があるはずもないので、小さくちぎったティッシュを与えた。「サミ」はそれを大人しく受け取り、小さな指に押し当てた。
    口が動いて何か言葉を紡いだが、なんと言ったかは聞こえなかった。楽しみにしていたラーメンは伸びきって、買ったデザートには小人が入っていた。そんな購入者のささやかな悲哀を知ってか知らずか、銀色のスプーンに腰掛けた「サミ」は口元に手を当ててくすくすと笑っていた。
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