「――いやね、関口さん。先一昨年が寅年で和寅さんでしょ。で、昨年は辰年で僕ですから、惜しいですよねえ。榎木津さんが卯年ならすっきりするのに」
「…何の話だい」
「名前ですよ名前。和寅さんの寅って寅年のトラでしょう。僕は龍一ですからね。龍はタツ。辰年ってね」
「ああ、それで寅と辰の間の卯が榎さんだったらと」
「そうですそうです。事務所三人が並べば面白いなと思ったんですがね。でもあのおじさんには兎なんて要素これっぽっちもありませんからねえ。強いて言えば色が白いってところですか」
「黒い兔もいるだろう」
「何にせよ、すっきりしないっつう、なんてことのない話です。まあ、榎木津さんが寂しいなあんて言い出したら世界がひっくり返っちゃいますよ。けけけ」
「僕が何だ!」
「ひっ」
「ああ、榎さんいたのかい」
「僕の家なんだから家主がいたって当然じゃないか!それより僕が寂しいと言うとひっくり返ると言ったな。今僕は寂しいと言ったぞ。でもちっとも変わらない。お前は出任せばっかりだな、このウソツキ男!」
「た、ただの冗談ですよう。冗談」
「ん?ウサギ」
「ああ…。この事務所の助手二人が寅年と辰年と因んだ名前で、これで榎さんが間の卯年だったら面白いなという話をしていたんです」
「僕は卯年じゃないぞ!」
「知ってますよ。だから惜しいなと益田君と…」
「はーん!それで僕の悪口をこいつは言っていたわけだな。お前は本当に愚か者だな。このウソツキバカオロカ!」
「悪口はどっちですよ」
「また口答えを。全く可愛くないッ。関くんは下僕の先輩だろう。この反抗期をどうにかしなさい!」
「押しつけないでくださいよ」
「ちょっと、まるで僕が厄介者みたいな扱い方よしてください」
「厄介」
「厄介だよ」
「そんな口々に…」
「因みに、榎さんは兎飼ったことあるんですか」
「あの変人の親父は飼っていたなあ。茶色くて小さくて耳が無くて、まるでネズミのようだったぞ」
「本当に兎ですかそれ…」
「あの人はウサギと呼んでいたよ」
「ああ、そうだ。卯ってほら画数が五画でしょう。榎木津さんの礼って字も五画です。ね、とりあえず間が埋まりましたよ」
「無理矢理すぎやしないか」
「ひとつでも共通項があればなあんでも良いんですって。ただの世間話なんですから」
「やだ」
「へ」
「変態野郎とゴキブリ男の間に挟まれるなんておぞましい!おお考えただけで鳥肌が立つぞ!」
「ほとんど一緒に生活しているじゃないですか僕ら」
「何を言うかッ。お前が勝手に寝っ転がっているんじゃないか!そもそも僕はお前が寝泊まりすることを許した覚えはないッ」
「何ヶ月も経ってから言うことですかそれ」
「ああ可愛げのないッ!大体お前は―――」
「どうも関口さん」
「ああ和寅。いつの間に」
「今戻ったところでさあ。また騒いどるんですか」
「ああ。丁度良いから今の内に僕は退散しようかとね」
「全くあの二人も飽きないものですな」
「君も似たようなものじゃないか」
「いえいえ、私は油を売るのは好きですが、口喧嘩もましてや叩き合いなんて、そんな性じゃあありません。いや、あれは一方的に叩かれていますがね」
「さすがに本気じゃないようだけど、益田君も逃げればいいものを」
「あれはああいう性なんでしょう」
「しかし、益田君も榎さんに大分慣れてきたみたいだね。言い返すなんて珍しい」
「それはそれで迷惑なもんですよう。ああして散々言われた後に一言返すもんだから、先生からはまた十返ってきて、少し前なら益田君が涙目になってお開きだったものが、今じゃあただの掛け合い漫才ですよ」
「こんな酷い漫才は初めてだよ」
「客に火の粉も降ってきますしねえ」
「ああ、浴びる前に逃げるとするよ。それじゃあお邪魔したね」
「さてさて、夫婦漫才は犬も食わない。昼の用意でもしようかね」