導入 連絡があったのは、実に十年以上ぶりであった。一方的にテレビや新聞などのメディアで活躍を見ることがあっても、直接会って話すということはなく。既に遠い存在となった一個下の後輩は、彼にしては珍しく、切羽詰まった様子で連絡を入れてきた。
娘の面倒を見てほしいっす。
はあ、と気の抜けた返事をしてしまった。電話越しであったから、彼の表情などは全く分からない。というより、聞いたことのない声色だったから、想像もつかなかったというのが正しい。
別にいいけれど、それはともかくとして顔を見せに来てほしいと、そう話をまとめて電話を切る。四月の心地よい日、店を開く前のことだった。
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街中に、ひっそりと佇むこのカフェ……といっても、フードを店内提供というよりケーキのテイクアウトをほとんど収入源としている店は、私が前店主から引き継いだものだ。前店主のおじいさんと店員の私で経営していたこの店は、おじいさんが急に亡くなってしまったことにより、私のものになった。身寄りもなかったおじいさんだから家族からとやかく言われもせず、というか亡くなったら私に譲る気であったらしい。
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