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    utai_pxm

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    バレンタインとはまったく関係がないネロとリケと元相棒と仲良しの話

    チョコレートのあった日 特別な日に張り切って準備して張り切って作る特別な料理もいいけど、なんてこともない日に偶然出会った幸運な食材をなんてこともなく贅沢に使って食べるのもいい。ネロが本日運命の出会いを果たしたのは、西の国で精製されたチョコレート。板状で大量に仕入れられた、どこかの菓子店に卸す分の余りをとても安く売ってもらった。そいつを細かく刻んで生クリームと熱したら、流し込んだ容器ごと氷でしばらく冷やして固める。
     今日のおやつですかと訓練帰りのリケが食堂から顔を出したから、手招いて一口サイズに切ったそれをスプーンで口に放り込んでやる。瞬間、ひとみはとろけて頬は緩み、彼が歓喜を感じていることをネロに教えてくれた。こちらのひとみと頬もつられてしまいそうだった、甘いものは堕落への誘惑、そう思っても仕方がないほどに、チョコレートの味は甘美だ。甘いものは世界にたくさんあるけれど、チョコレートのようなものはチョコレート以外には思いつかない。口の中で溶けてはほんのり苦味が残る、舌にのこるふしぎな感触。
     リケもすっかりチョコレートの虜だった。口にしたものの経験ってのは、一度知ってしまうと知らないふりをするのは難しい。食べたときの感情、喜び、或いは苦味。それらはすぐに消えてなくなってしまうし、時間が経てば忘れてしまうものではあっても、同じように口にすればまた目の前に甦ってくる。食べたときの感情、喜び、或いは苦味。
    「もう少し食べてもいいですか?」
    「もちろん」
     紙にいくつか乗せて包んでやった。リケは礼儀正しく、ありがとうございます、とは述べたものの、なぜかななかなか手に取ろうとはしなかった。どうした?と促してみれば、今日はミチルがいないので、と返される。
    「ミチルと一緒に食べたかったのですが」
     南の魔法使いは揃って南の国で任務の真っ最中で、帰ってくるのは明日以降になるかもしれないとの話だった。なんてことない日のなんてことないおやつだが、偶然の出会いは早々あるものじゃないから、きっとこいつは今いる顔ぶれにしか行き渡らないだろう。リケは、紙に包んだチョコレートたちを見つめて、みっつなら、ふたつなら、ひとつなら、などと、困ったように数をかぞえていた。
     食事とは、どんなに些細な時間であっても、目で、耳で、鼻で、舌で、カトラリーを持つ指先で、つまり、心で経験をしている。あらゆるものが目新しいリケの、なんてことのない日のなんてことのないおやつには、彼の純粋な喜びが存在していて、彼はそれを仲の良いミチルと共有したいのだと思った。ミチルがリケにそうするように。友達とはそういうものだと知らされるがままに。
     果たして本当にそうなのかどうかなどとは、ネロの知るところでもない。友達なんて一言でいうが、いろんな友達があるだろう。あのムルとシャイロックだって友達だ。当人たちが知って、預けあって、そう認めていくならそうだろうし、他人がそれを見てそうだと言うこともあるだろうし。
    「実はさ、これ、ちょっとだけ余らせてるんだ」
     もらった切れ端の更に切れ端を、こっそり見せて内緒話をするようにささやいた。リケのひとみがまたたく。
    「今度ミチルの分と一緒に作ってやるよ」
     特別な日の予感にかがやきを得る。リケは深く頷いて、今度こそ、チョコレートの包まれた紙をそっと手に取った。


     余らせていた切れ端は、本来ならネロの分だ。別の菓子の試作に使うつもりだった。なかなか手に入る量と値段ではなかったから、せっかくだしと思っていたけれど。
     お子ちゃまをお子ちゃまと呼べる時間は案外短い。そう呼べる間に経験することは、どんなに些細なことでもはじめて知ることが多くなってしまうだろう。一度知ったことは知らないふりをするのが難しい。だからネロは、躊躇わずにチョコレートを溶かして固めて、リケたちに渡す。そこに存在しているであろう各々の経験からくる意識の差異を、少しばかり見ないふりができるように。

     食事をしなければ生きていけない。強い魔法使いでないなら尚更だった。食い扶持にしがみついて惨めに生きるのは苦痛だ、でも弱いんだから仕方ない。自分のことだけ考えてりゃあいいのによ、という腹立たしい声に、唇を強く噛み締めて口を閉ざして、無言の抗議をしたときのことを思い出した。数日間、与えられた食事に意地でも口を開かなかった。はじめのうちは頑なさを笑っていた男が、最後の日には眉を顰めながらネロの閉ざされた口をこじ開けて、噛んだ干し肉を捻じ込んできた。ネロもそれには抗わなかった。久方ぶりの食事に体が無意識に喜んだのがわかったけれど、うまく嚥下ができなくてちょっと吐いた。
     あの干し肉の味はさっさと忘れたけれど、干し肉を見るとよくそのことを思い出してしまう。最後まで意地を張り続けなかったのは、無表情で無感動に乱暴な摂取をさせてきた男が、内心まるで迷子の子供みたいに困り果てていることを感じ取ってしまったからだった。どのみち惨めだったのなら、つまり強かろうが弱かろうが同じことだったのかもしれなかったけれど、ネロは終ぞ声にすることはなかった。
     経験はそうやって、何もないはずのところに何かを見出そうとし続けるのをやめない。干し肉どころか、盗みもしないのにチョコレートを食えるような日々のなかで、境目もなく飢えの記憶が引きずり出されていくのは、あれが特別な日の特別な記憶じゃなくて、なんてこともない日のなんてこともない不運だったからなのだろう。

    「うわっ、甘え」
     思わずみたいに漏れたような声に、意識がキッチンに戻された。振り返れば、容器から直接摘み上げたから体温で溶けて指にこびりついたチョコレートを舐め拭き取っている男が視界に入る。呆れた目で見てしまった。なんてことのない日のなんてことのない話だった。


     皿から一口サイズのチョコレートをひとつ、デザートスプーンですくいあげて口のなかへと放り込む。ミチルのひとみがひらめいて、リケに屈託のない笑みを見せた。おいしいですリケ!そうでしょうミチル。いいもの食べてるねふたりとも!ムルを筆頭にいつの間にか集まった西の魔法使いたちによって食堂が午後のお茶会の雰囲気になりだすと、やがて他の中央と南の魔法使いたちもやってきて、それぞれ出先で手に入れたらしい土産を次々にテーブルの上に広げはじめる。ミチルは照れくさそうに肩をすくめて、リケは穏やかに彼らを眺めていた。なんだかこのまま晩飯まで豪華に揃いそうな気がして、ネロはほんのちょっとだけ、気合を入れるように肩を回した。
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    utai_pxm

    MAIKING謎の現パロブラネロ(ブラッドリーが作詞作曲した曲のボーカルをネロにやってほしいみたいな呟きをなぜか形にしようとした産物)
    聖歌隊の足音1 ブラッドリー・ベインが人生で一番はじめに触れた音楽は聖歌だ。年の離れた姉が敬虔な信徒で、子供のころに家の近くの古い教会の聖歌隊に入れられたのがきっかけだった。同い年くらいの奴らと同じ格好をして行儀よく並び、声をそろえて神を賛美する。その一連の行為自体は大層つまらなかったが、歌い方は覚えた。覚えるだけ覚えたら声変わりを待たずにさっさと抜けて、住んでいた通りの近くにあったライブハウスに通うようになった。そのライブハウスはかつて路上で喧嘩をする代わりに音楽を使い始めた奴らの闘技場を前身とした、今ではこの辺りで活動する名も無きミュージシャンたちの集う混沌としたたまり場でもあった。
     ベインの家はとにかく兄弟が多く、いつもろくに金がなかった。幼い頃は小遣いなんて一文たりとも貰えなかったから、正規の方法で会場には入れなくて、バイトをしていた年の近い兄にくっついてライブを見た。はじめは相当に煙たがれていたけれど、諦めずに通いつめれば顔見知りは増えていき、よくそこでライブをしていたロックバンドのメンバーの一人にギターの弾き方を教わった。バンドのアンサンブルを耳で学んだ。ライブの熱気や高揚感を客席から得て、自分も壇上へ上がることを選んだ。
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