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    謎の現パロブラネロ(ブラッドリーが作詞作曲した曲のボーカルをネロにやってほしいみたいな呟きをなぜか形にしようとした産物)

    聖歌隊の足音1 ブラッドリー・ベインが人生で一番はじめに触れた音楽は聖歌だ。年の離れた姉が敬虔な信徒で、子供のころに家の近くの古い教会の聖歌隊に入れられたのがきっかけだった。同い年くらいの奴らと同じ格好をして行儀よく並び、声をそろえて神を賛美する。その一連の行為自体は大層つまらなかったが、歌い方は覚えた。覚えるだけ覚えたら声変わりを待たずにさっさと抜けて、住んでいた通りの近くにあったライブハウスに通うようになった。そのライブハウスはかつて路上で喧嘩をする代わりに音楽を使い始めた奴らの闘技場を前身とした、今ではこの辺りで活動する名も無きミュージシャンたちの集う混沌としたたまり場でもあった。
     ベインの家はとにかく兄弟が多く、いつもろくに金がなかった。幼い頃は小遣いなんて一文たりとも貰えなかったから、正規の方法で会場には入れなくて、バイトをしていた年の近い兄にくっついてライブを見た。はじめは相当に煙たがれていたけれど、諦めずに通いつめれば顔見知りは増えていき、よくそこでライブをしていたロックバンドのメンバーの一人にギターの弾き方を教わった。バンドのアンサンブルを耳で学んだ。ライブの熱気や高揚感を客席から得て、自分も壇上へ上がることを選んだ。

     音楽がやりたいならそういう学校に行くのもいいんじゃないかと、既に仕事をしていた年の離れた兄には何度も言われたが、すべて断った。バンドなんて稼げないでしょうと、例の年の離れた姉も文句を垂れてきたが、あれはブラッドリーが自分と同じ敬虔さを持ち合わせなかったことが不満だったのだ。さらに彼女は、クラシック界につい最近現れた若き天才音楽家、ラスティカ・フェルチに夢中だった。
     フェルチといえば相当な金持ちの家である。父親は政治家だったんじゃなかろうか、当時ラスティカは、こんな路地奥で暮らしていても遠くの街頭メディアから名前を聞くような相当な有名人で、物腰の柔らかさや才能を鼻にかけない振る舞いは老若男女問わず人気があった。姉のこともあってブラッドリーははじめ、このラスティカとやらのことが相当に気に入らなかったが、演奏を聴いて評価を改めた。クラシックに詳しくもなければ好きだとも思わなかったのに、この男の音楽には惹かれるものがあった。
     いわゆる「音楽の理屈」に興味を持ったのもそのときだった。今にも逝きそうな爺がやっているレコード店に行ってレコードを聴きまくったり、かつてバンドをやっていたという奴から音楽雑誌を借りたりしながらブラッドリーは自分なりに音楽をやろうとした。ハコに聞きに来るやつも壇上に上がるやつも、みんな血の気が多くて暴れたがる奴らばかりだったが音楽が好きだった。そいつらに認められれば口伝で名前も広まっていき、ブラッドリーは地元の有名人になったのである。


     有名にはなったが、ブラッドリーは特段誰かと組んだりはしておらず、いつもライブごとにメンバーを集めてセッションする形をとっていた。発想がなかったわけではないが、此処に出入りしている奴らはみんなクセが強くて主張も激しい。ブラッドリーは独学ながら自身の音楽に自信を持っていたし、野心も向上心もあった。そのための具体的な方法も考えていた。ブラッドリーは同じハコの同志たちの熱量や音楽への愛に理解があったけれど、彼らがブラッドリーの理性的な音楽への姿勢を理解することは滅多になかった。若すぎたのもある。そのときまだブラッドリーは本来であればハイスクールも卒業しないくらいの歳だった。
     衝突が絶えないのはいつものことだから、派手に争っても誰かが間に入ったり自発的に収めたり、ハコには独自の喧嘩に対するルールが誰しもに染み付いていた。トラブルを起こせば出禁にされるし、路上で流血沙汰は言い逃れもできない。そういうモヤっとした想いも含めて誰しもが壇上で吐きだし合う、しかし理解はしていても飲み込むのに時間がかかることもある。
     ライブハウスから家に帰るまでの暗い夜道を歩きながら、このまま帰れば姉や兄とも揉めるだろうと思った日はいつも少し遠出をしていた。路地を離れて広い道路の方に出ると、海が見える。岸には少し遠いが、ガードレールを越えた先の斜面は道路からは死角で、夜は特に車の音以外の人気もない状態から水平線を眺められる絶好の場所だった。

     いつもは夜にしかいかない場所だが、明け方近くまでライブハウスに籠っていた日にはじめて、気まぐれに、唐突に、あの海まで朝日を見に行こうとブラッドリーは思い立った。まだ暗い路地を駆け抜けて、空が白みだす前にガードレールを乗り越えた、瞬間、ブラッドリーの耳が誰かの歌声を拾った。思わず足を止める。斜面の、道路の死角に、誰かが座って、歌を唄っていた。歌声から察するに男であるらしい。暗がりに薄ぼんやりと浮かび上がるシルエットはまだ背丈も伸びきっていないような歳にも見えた。
     お世辞にも上手いとは言えない歌だった。しかし、男の声はよかった。歌っていた曲はブラッドリーも知っているもので、あのライブハウスじゃ定番の激しいロックナンバーだ。聞きなれた曲のはずなのに、男の気怠い声質で歌われるとなんだか新しい曲のようにも聞こえる。男がワンフレーズ歌い終わるころには我慢できず、ブラッドリーは斜面をほとんど滑り降りるようにして移動して、男を真横から覗き込んだ。男は目を丸くしてブラッドリーを見ていた。
    「お前、もう一回歌えよ、今のところもう一回」
     男はちょっと後退りしながら困ったように目を泳がせる。ブラッドリーはすっかり観客の気分で隣に座り込むことにした。本当に、純粋に、ただもう一回男の歌が聞きたかった。それだけだったのだが、男はすぐにブラッドリーから距離を置いて、やたらと慣れた足取りで斜面を登り切ってガードレールを乗り越えていってしまった。朝日に照らされて一瞬だけはっきり見えたその姿は、目立つ青い髪と金色の目を持っていた。


    「そいつはネロだな」
     ライブハウスの管理人の男はそう言った。
    「ネロ?」
    「ネロ。ネロ・ターナー。あっちの通りに飯屋があるだろ、そこの厨房でバイトしてる」
     比較的最近できた店だった。どこぞの外国籍のやつがやっていて、ここらじゃあまり見ない飯を作っている。それが結構安くて美味いらしいのだが、ブラッドリーはまだ行ったことがなかった。
    「俺よりたぶんちいせえけど」
    「そうなんだよ。ワケ有りってことさ。此処にもたまに来てる、一回つまみ出したことがあって」
    「悪さしたのか?」
    「正規の手順を踏まずに会場に入ろうとしただけだ。ガキの頃のてめえと同じだよ」
     でもネロはブラッドリーと違って、くっついて入らせてもらえるような兄はいなかった。だから月に一度だけ、恐らくバイトの金が入ったあとにだけ、此処にやってくるらしい。
     以来、客席をよく見渡すようになった。あの目立つ青と金を探した。月に一度しかきていないのは本当らしく、なかなか見当たらなかったが、月末に突発的なライブイベントを行った日、ようやくその姿を見つけた。きらきらと輝くものに見惚れるみたいに壇上を見上げていた。客席の熱気に逆らいはしないながら、ひとりだけ凪いだ海みたいな静謐さでそこに紛れているのが面白かった。
     ブラッドリーは壇上を下りた後、すぐにネロを捕まえに行った。ネロも今回は逃げようとはしなかった。ネロはあの日ガードレールの向こうで会う前からブラッドリーのことを知っていたことは明白だった、だから、捕まったなら言い訳をする気はなかったのだろう。その証明に、開口一番ネロがブラッドリーに告げたことは、
    「あの時は逃げて悪かったよ」
     なんて、少しも取り繕った様子のない、まっとうで不遜な謝罪の言葉だったのだ。
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    聖歌隊の足音1 ブラッドリー・ベインが人生で一番はじめに触れた音楽は聖歌だ。年の離れた姉が敬虔な信徒で、子供のころに家の近くの古い教会の聖歌隊に入れられたのがきっかけだった。同い年くらいの奴らと同じ格好をして行儀よく並び、声をそろえて神を賛美する。その一連の行為自体は大層つまらなかったが、歌い方は覚えた。覚えるだけ覚えたら声変わりを待たずにさっさと抜けて、住んでいた通りの近くにあったライブハウスに通うようになった。そのライブハウスはかつて路上で喧嘩をする代わりに音楽を使い始めた奴らの闘技場を前身とした、今ではこの辺りで活動する名も無きミュージシャンたちの集う混沌としたたまり場でもあった。
     ベインの家はとにかく兄弟が多く、いつもろくに金がなかった。幼い頃は小遣いなんて一文たりとも貰えなかったから、正規の方法で会場には入れなくて、バイトをしていた年の近い兄にくっついてライブを見た。はじめは相当に煙たがれていたけれど、諦めずに通いつめれば顔見知りは増えていき、よくそこでライブをしていたロックバンドのメンバーの一人にギターの弾き方を教わった。バンドのアンサンブルを耳で学んだ。ライブの熱気や高揚感を客席から得て、自分も壇上へ上がることを選んだ。
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