幸せの定義 長いようで短い、あっという間の一日。外でたっぷり遊んだおかげか、ほたるは今にも夢の世界に入っていってしまいそうな表情でソファに座っている。それでも毎日の習慣である絵本の読み聞かせは外せないのか、「お願い」とみちるにねだり、絵本を読んでもらっていた。
みちるの穏やかで柔らかい声が、余計にほたるの眠気を誘うのだろう。絵本の中盤から、ほたるはこくりこくりと船を漕ぎ出した。
「ほたる、やめる?」
途中でみちるが声を掛けるも、ほたるは首を振り、目をこすりながらも続きをねだる。
「……星になったおとうさんに見守られ、女の子は幸せに暮らしました。おしまい」
途中で何度か中断しながらも、みちるは絵本を読み切った。ほたるの頭に手をぽんと乗せ、寝室へ行くよう促す。
「さあ、寝ましょうか」
「ねえ、みちるママ?」
ほたるはみちるの腕をきゅっと握った。そして、みちるを見上げる。
「女の子は幸せになれたけど、星になったおとうさんは、幸せだと思う?」
ほたるは潤んだ瞳をみちるに向けて、そう尋ねた。みちるはその純粋な瞳の色にハッとする。
みちるは、自分の腕を掴むほたるの手に自らの手を重ねた。
「ほたるは、どう思う?」
逆に尋ねられたほたるは、少し俯いてから、みちるを見上げた。
「女の子に会えなくなっちゃって、ひとりで、寂しいんじゃないかな……」
目をきらきらとさせ、切なげな表情で、ほたるはそう言った。
みちるはそうね、と頷き、微笑んで見せる。
「確かに、ずっと女の子と一緒にいたかったから、離れ離れになって寂しいかもしれないわね……でも、おとうさんは女の子が幸せなのが一番嬉しくて、幸せなことなのよ」
「そうだぞ、ほたる」
後ろから声がしたので二人が振り返ると、はるかが後ろに立ち、右手をほたるの頭の上に、左手でみちるの肩を抱くようにして、ぽんぽんとそれぞれを叩いた。
「離れ離れになることが、必ずしも不幸というわけじゃないんだ」
そっかぁ、とほたるは少し考えるように上を見上げてから、頷いた。精神的にも肉体的にもまだ幼いながらも、彼女なりに納得したのだろう。その顔には笑顔が戻っていた。
「さあ、寝ようか」
はるかがソファの後ろから腕を伸ばし、ほたるを抱えあげて寝室に連れて行った。
「あの子の”本当のおかあさん”も、見ていてくれているのでしょうか」
リビング・ダイニングに残されたせつなとみちるは、互いに目を見合わせて、頷いた。その視線の奥に、互いに秘める決意を垣間見ながら。
「ええ、きっと」
みちるはせつなに向けて微笑む。そして、先ほどまでほたるに読み聞かせていた絵本を再び手に取り、開いてみた。
――あの子がいつか、自分の力で幸せを見つけて、笑えるように。
絵本の最終ページで笑う女の子の絵にほたるの笑顔を重ねながら、みちるは改めてその絵本を閉じた。