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    kjeATUKAN22ka41

    悟と傑に狂っている字書きの酔っ払い。
    好きな酒のアテは、するめの天ぷらとチータラです🐵

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    kjeATUKAN22ka41

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    のちにうずまき教の教祖となり、夏油の水とか夏油の壺とか売って、共謀共同正犯で逮捕される詐欺師傑と結婚した悟の高校生時代です。出会ってすぐくらいのぴゅあぴゅあのぴゅあの二人。夏に出した「アイスクリームが甘いなんて誰が決めた。」の過去編ですが、それを読まなくても一切支障はありません!!短くてすみません!!仙鬼ちゃんの展示です👻全年齢だからパスいらんね~

    アイスクリームが甘かった頃の話① 改札を通り流れ作業みたいに背を押されて、ホームへ押し流されていく。数分刻みでやってくる電車は、ぱんぱんに人を詰め込んで発車。人々をこれでもかと吸引していく魔窟みたいな車内。
     朝は一分一秒を争う。一秒刻みで行動していると言っても過言ではない。予定の電車に乗るために、みんな体をぎゅうぎゅうに縮ませながら必死に乗車する。何かに駆り立てられているようだ。まさに地獄絵図。

    『高校生になっても、今までと変わらず車で通学すればいいじゃない』

     母にはそう言われ、中学の頃と同様に通学車をあてがわれる予定だった。運転手は朝と帰り僕の送り迎えをする。学業以外にうつつを抜かさないように監視も兼ねている。監視はまぁ別にいいとしても、僕は〝友達〟と登下校を共にしてみたかった。
     中学時代、同級生たちが学校の帰り道に近くのコンビニで豚マンやコロッケを買って帰っているのを、迎えの車の中で何度も見た。他愛もない冗談やじゃれ合いなんて他人としたことがない。毎日、校門前で黒塗りのベンツが停まっていたら目立つだろ。すぐに噂になった。
     僕は放課後を学校で過ごしたこともない。クラスで話すネタもないし、必然と同級生たちからは距離を置かれた。他の家との違いを揶揄されるなんて日常茶飯事だ。まぁ売り言葉に買い言葉で、僕の口も悪いからさ。八割くらい自分が悪いんだけど、友達なんて一人もいなかった。

    『僕たちのグループに五条くんを入れてあげてもいいよ』

     一度、持論の正義感を振りかざした生徒会長にそう声をかけられて、腹が立って殴ったら生徒指導室行きを食らった。ちょっと小突いただけなのにさ。鼻血なんて出しやがって。両親からも注意を受け、以降友達をつくるどころか、周囲は前にも増して僕を遠ざけた。
     だからさ、高校生になったら、環境が変われば友達が出来るんじゃないかって考えた。口が悪いなら黙っていればいい。無理だったけど……。手を出すのはなしだ。新しい環境を整えるためにも、まずは車での送迎をやめる。電車通学をして友達と一緒に豚マンやコロッケを買い食いするんだ。それが夢だった。けど現実はどうだ?
    「いって……っ」
     車体が大きく揺れたと同時に、隣のサラリーマンに足を踏まれて彼を睨む。そんなことはしてませんてな横顔のサラリーマンは、こちらを一瞥もせず遠い車窓の外を眺めていた。

     無視すんな、謝れよ!

    「………………っ」
     そう叫びたいのをグッと堪えた。車内は冷房がガンガンに効いていたが、見も知らずの他人と肩や腕を密着せざるを得なくて死ぬほど不快だし、なんだか臭い。汗臭い!
     理想と現実は違うものだ。朝の通勤、通学ラッシュは地獄だったし、入学して二ヶ月、友達が出来る気配もなければ、まだコロッケも食べていない。口数も減らして誰も殴ってないのにどうしてだ?
     前言撤回が恥なんて言ってる場合じゃない。
     もういっそ電車通学やめるか——と思っていた。


    「え? コロッケが食べたい? こんなに暑いのに?」
     夏油は額から滝のように汗を流しながら振り返り、僕は何度も顔を縦に振った。
     試験が終わった七月の終わり、先週の終業式をもって夏休みに突入していた。肌に張り付くワイシャツは暫く着なくていいし、臭い満員電車にも乗らなくていい。僕たちは駅前のロータリー前にあるポールに寄りかかりながら、雲ひとつない青空を見上げていた。ここは日陰とはいえ屋外で、最高気温三十六度の気温に蒸し風呂にでも入っているような気分だ。でも僕はこいつとコロッケが食べたい。
    「五条くんが食べたいならいいよ、買いに行こうか」
     瞳を細めて笑った彼に安心した。夏油は僕の人生で初めて出来た友達だ。〝買い食い〟がしたいなんて言って笑われたらどうしようかと思った。
    「でもどうしてコロッケなんだい?」
     掌の中にあるガラケーの画面を見下ろす。どんなにスクロースをしていっても、受信ボックスには夏油からのメールしかない。僕、こんなにこいつとメールしてんの?
    「だってまだコンビニに豚マンは売ってないでしょ?」
    「うん……まぁそう? だね」
     学校がある間は毎朝途中の駅までは一緒だし、都合が合えば放課後待ち合わせて図書館へ行った。涼しいし勉強をするという親への言い訳が立つから。帰りが少し遅くなっても文句を言われずに済む。でも休みに入ってしまうと、夏油と会う口実がなくなってしまった。臭い電車に乗らなくても良くなったけど、こいつと会う機会も作らない限りない。
    「それにしても、いきなり〝買い食い〟がしたいなんてメール貰った時は驚いたよ」
     そう言って彼は額を伝う汗を手の甲で拭った。メールアドレスは初めて喋った日に交換していて、それ以降毎日メールのやり取りをしていた。それは夏休みになっても続いていて、誘われれば一緒に出掛けたりもした。一昨日は夏油が図書館へ行こうとメールをくれたからだ。
    「ヤなら断ってくれて良かったんだぜ?」
     口にしながら本当に断られていたら悲しかったと内心で勝手に傷付く。思えばいつも向こうから誘ってくれるばかりで、僕からメールを送ったことがないと気付いたけど、なんて送ればいいのか分かんねぇー。そもそも友達とメールをするなんて初めての経験だったし。それで思わず〝買い食いしに行こうぜ〟と文字を打っていた。夏油は即レスで承諾してくれた。
    「嫌なわけないよ。確か商店街に肉屋があって、そこでコロッケも売っていたと思う」
    「肉屋のコロッケって美味そうじゃん」
    「きっと揚げたてが食べられるよ」
     高校生活最初の夏休みは、カレンダーの七割が夏期講習で埋め尽くされている。成績は上位だし、勉強もまぁ面白かったけど、なんだかつまんないんだよな。先が読めなくてドキドキする、という展開はまずない。問題の答えは最初から決まっているし、正解か不正解かはっきりとしている。でもこいつは……夏油は違う。

    『ねぇ? この五万円で私と遊びに行かないかい?』

     息苦しい電車通学なんてやめようと思っていた。それはまさに青天の霹靂だった。数週間前の朝、話すきっかけはクソみたいな出来事だったけどな。地下鉄の温い風になぶられた前髪を、夏油は涼しい顔で耳にかけていた。
     夏油傑、彼は他校の進学校へ通っている。歳は同じ十六歳。毎朝乗っている通学車両が同じで、お互い身長が高いから目に留まることはあったけど、話したことはない。
     すし詰め状態の車内で僕が迷惑行為(痴漢とは言いたくない)に遭った際、僕よりも先に相手のおっさんの腕を掴んで、そいつを電車から降ろさせた。すげー穏やかな顔をして、そいつに五万円を要求し、身分証の写真まで撮る徹底ぶり。極めつけは脅しの言葉だ。
    『二度とこの時間のこの車両に乗らないで下さい。一度でもあなたの顔を見かけたら、警察に言うのではなくて今日の出来事をネットに書き込みます』
     このやり取り中ずっと笑顔だった。怒鳴り散らすより怖かったな。おっさんが怯えまくってる面は面白かったけど。でも当事者である僕を置いてきぼりで話が進み、その金を当然のように手渡されたらむかつくじゃん。
     両親の反対を押し切って始めた電車通学は思い描いていたものとは違っていたし、酸素の薄い車内で息を吸えば、他人の体臭を吸い込むばかりでもう病気になりそうだった。毎朝何度も足を踏まれ、一学期が終わる間際になっても友達も出来ない。そうしてとうとう、きっしょいおっさんに尻を揉まれ、見知らぬお節介な高校生に要らぬ世話を焼かれてしまった。むかつくでしょ?
    『別にお前が出しゃばってこなくても僕は自分で処理出来た』
     自分の中の苛々を隠しもせず言い捨てる。助けられたんだとしても、お礼を言うのは嫌だった。今すぐ走って電車に飛び乗って日常に戻ればいい。そんな僕の不躾な態度にも夏油は笑顔で怒りもしない。「君の気を悪くさせたならすまない、私が黙っていられなかったんだ」だなんて涼しい顔で言いやがる。意味分かんねぇー。それでお前になんかメリットでもあんの?
    『どうして?』
    『どうしてだろう?』
     変な奴だ。男が痴漢されているのなんて無視していれば良かったのに。男が被害者だなんて滑稽だし、加害者だって相当いかれてる。夏の暑さにやられたんだろ。逆にこうやって注目されて面倒をみられた方が迷惑。悪目立ちすんじゃん。
     おっさんから巻き上げた五万円なんて欲しくもないから、こいつにやって電車に乗って、この場を離れようと思っていたのに、急に腕を掴まれて引き留められる。なんなんだこいつ? 夏油の手は夏の太陽に触れたみたいに熱かった。
    『…………っ』
     あの時の彼の顔が忘れられない。向かいのホームへ滑り込む車両、発車音、温い風、ホームへ木魂するアナウンス。その全ての喧噪が遠くなる。子供がするみたいな、悪戯を思いついたって顔だった。

    『ねぇ? この五万円で私と遊びに行かないかい?』

     答えがまるで分からない。難解な数式、不可解な言語。理解出来ない。こんな難問を知らない。どう答えるのが正解なんだ? だからこそ魅力的に響いた。
    『……今から?』
     子供の頃、初めて九時を過ぎても起きていられた夜みたいに、アイスクリームが付着した蓋を、こっそり舐めた瞬間みたいな、そんなワクワク感があった。明らかに人生が変わってしまう選択肢が突然現れて、僕を誘う。
    『そう、今から二人でね』
     最初は何言ってんだって思ったのに、こいつは本気で僕を誘ったんだ。さっきまで一刻も早く戻りたいと思っていた日常が、途轍もなく無価値なものだって感じた。本当は日常なんて飽き飽きしていたし、つまんなかった。その退屈さを認めてしまえば、もう二度と普通の日常では満足出来なくなる。正解ってなんだろう?
    『お前、面白いな』
    『 “お前”じゃないよ、夏油傑だ』
     僕は夏油の手を取った。面白い奴。僕の尻が化けた五万を手に、ゲーセンに映画、ハンバーガーに海。学校をさぼったのなんて初めてだった。夏油は考えていることと表情が違う。僕が想定している言葉を使ったりしない。想像出来ない。だから面白い。

    「何がおかしいんだい?」
     耐油袋に包まれた熱々のメンチカツを齧った夏油が訝しそうに尋ねてくる。僕は男爵芋コロッケを握りながら、袋を通して滲んでくる熱を指先を動かして逃がす。
    「お前と初めて喋った日のことを思い出してた。何回思い出してもお前ってイカれてたよな」
     あははは、と笑いながらコロッケを齧る。衣の油が唇を濡らす。中身の熱さが口の中に広がって火傷しそう。ゴロゴロの男爵芋は噛み応えがあって、牛肉ミンチと一緒に噛むと甘い。ほくほくのそれを口へ頬張って飲み込むと、額から汗が伝った。熱いな。
    「そうかい? まぁあれは私が勝手にしたことだからね。あの時も言ったけど、じっとしていられなかったんだ」
    「いや、僕は〝五万で遊びに行こう〟発言を言ってんだけど? ヤバイ奴だって思ったもん」
     見るからに悪いことをしよう! という顔つきが今まで出会ってきた誰とも違うくて興味をそそられた。
    「でも五条くんは、そんなヤバイ奴に付き合ってくれたじゃないか」
     そう言いながら夏油はメンチカツを早々に半分以上食べてしまう。一口が大きい。
    「………………」
     昼過ぎの商店街はそこまで賑わっていない。誰かが運転している自転車の錆びたブレーキ音が耳に響く。肉屋のミートミートでは、本日ひき肉が三割引きらしい。
    「前から思ってたんだけどさ、その〝五条くん〟て呼び方やめね? 夏油が言うとなんか胡散臭く聞こえる」
     夏油は同じ歳なのに、十六歳とは思えない貫禄というか落ち着きがあるんだよな。始終笑顔だし、まだ怒った顔を見たことがない。いつも言うことは正論だし、変な説得力があって感心はするけど、だからこそ砕けた感じで呼んでくれないとタメであることを忘れてしまいそうなんだ。それに〝くん〟呼びだと、同級生たちと同じだから気分が悪いっていうか、他人行儀っていうか。とにかく五条って呼び捨てでいい。
    「じゃあ今から〝悟〟って呼ぶね」
    「え⁉」
     満面の笑みで掌サイズのジャンボメンチカツを食べきった夏油へ振り返る。急にすげー砕けるじゃん! その上、僕にも〝傑〟って呼んでよ、と付属注文付きだ。僕たちの友達レベルがかなり上がった。
    「悟」
     確認するように呼ばれた名前にドキリとした。呼ばれ慣れていないからだ。僕は手の中のコロッケを強く握ってしまった。
    「すぐ……す、ぐ」
     僕はとても小さい声で「傑」と呼んでみた。悟と傑、なんだか音が似ているね、と柔和に笑う傑がくすぐったい。心がなんだかザワザワして落ち着かない。こいつといると安心するんだけど同時にドキドキもしてしまう。何故だろう? 答えの分からない問題ばかり増えていく。
    「その……友達って呼び捨てで呼び合うもんなの?」
     尋ねてから間違ったって思った。だって傑は一瞬驚いた顔をしたからだ。友達がいないなんて知れてたら恥ずかしいじゃん! もうバレてそうだけど。でもすぐに傑が「そうだよ、友達なら当たり前だよ」と教えてくれたから安心する。
    「あだ名で呼んだりもするけどね」
    「あだ名⁉」
     友達レベルが高い! 僕にはまだ無理だ。
     傑は僕の知らないことを沢山知っている。あと凄くお節介焼きだ。電車での一件以来、毎朝僕のそばに立って変態野郎を警戒している。あの時のおっさんはもう散々ビビらせたし、車両はおろか電車通勤自体をやめたんじゃないか? そんな奴、他にはもういないって言ってもきいてくれない。もう過保護の域だよ。心強いけどドアとこいつの厚い胸板に挟まれるのは窮屈だ。
    「この後、どうする?」
     最後の一切れを口へ入れる。コロッケをつまんでいた指先は、紙の包みごしだったけど油っぽくて手を洗いたくなる。前みたいに遠出をするには外は暑いし、また図書館へ行くのも飽きた。
    「なぁ、傑の家行ってみたい!」
     何度か名前を呼べば照れも改善されるだろうなと思ったが実際そうだった。傑傑、すぐる、慣れた。家が近所だって言ってたし、室内なら冷房で涼しいはずだ。図書館ほど声を落とさなくてもいいし、それに友達の家に遊びに行くのって初めてだ。
    「あ……でも急には迷惑か。今、家族の人いたりする?」
     メンチカツの包みを掌でくしゃりと小さく丸めた傑は、何やら思案している様子で僕に視線を合わせてくる。急に馴れ馴れしかったかな? 嫌がるかと思ったけど、そうでもなさそう。友達の距離感て難しいな。
    「いや、大丈夫だよ。行こうか。両親は今家にいないし、全然ゆっくりしていっていいよ」
     そうにっこり微笑んで、「行こう」と先を歩き始める。商店街のアーケードを抜けて右へ左へ。緩やかな勾配を登っていけば閑静な住宅街へと進んでいく。じりじりと照り付ける太陽がコンクリートと僕たちを焦がす。セミたちがあちこちで大合唱を始めて、命を燃やしていた。
    「……………」
     傑のうなじを越えた長さの黒髪を眺める。伸ばしてんのかな? 自分のとは違ってふわふわしていない、実直そうな髪質。不意に伸ばしてしまった手が空を切った。
    「ここだよ」
     傑は〝夏油〟と書かれた表札の前で立ち止まり、僕は慌てて手を引っ込めた。コンクリート建築の二階建て。広めの駐車場の中は暗いけど、軽が一台だけ停まっている。
    「両親は仕事でいないから。冷蔵庫に何かあったかな? ごめんね、ジュースはなかったと思う。買えば良かったね」
     そう笑いながら玄関の施錠を解く。他人の家に入るなんて機会がほぼないから、珍しくて視線が散ってしまう。エントランスにはあまり物がなくて、靴も全部棚に仕舞われている。さっぱりした綺麗な印象だった。正面には廊下、奥に二階への階段が続いている。
    「階段上がって一番奥が私の部屋だから上がってていいよ。飲み物取ってくるから」
    「お、おう……」
     そう言われて正直困った。勝手に進んでいいの? 知らない場所で緊張する。自分が行きたいと言い出したのにこれだ。けど傑はリビングへ行ってしまい姿が消える。僕は深呼吸をして階段を上った。
     人の家って独特の匂いがする。自分の家とは違う。言われた通り、突き当りの部屋に入る。デスクとベッド、部屋の中央にテーブルがあるだけの簡素な部屋だった。窓を閉め切った部屋は少し空気が籠っていて蒸し暑くて息苦しい。けど傑の匂いが濃かった。
    「適当に座ってよ」
     背後から声がして驚く。振り返ったらトレーを抱えた傑が立っていた。僕をテーブルの前に座らせると「暑いね」と言いながら冷房を点けてくれて、すぐに冷風が肌を撫でた。
    「何それ?」
     持って上がってきた冷えた麦茶を飲んで瞬きをする。一緒に傑が運んできた皿の上に、スイカが三角形に切って並べてあったからだ。
    「何って……スイカだけど?」
     疑問形を疑問形で返した傑は僕に見せるようにスイカを一切れ取って齧ってみせた。確かにスイカだけど……。
    「スイカを半分に切って中心から斜めに切っていくと、どこを食べても甘いんだよ。悟はあんまりスイカ食べないの?」
     一口齧った傑の口元から果汁が伝う。指先へ垂れたそれを舐めながら「甘いよ」と教えてくれる。
    「僕、丸くくり抜いたやつしか食べたことない。甘い汁に入っててナタデココとか浮いてるやつ」
    「あぁ! フルーツポンチかな? あれ可愛いよね」
     クイズに正解した時みたいに笑った傑の横顔を見つめる。今まで自分が普通に食べていた物を〝可愛い〟と表現された。前々から少し自覚もあったんだけど、車の送迎も過保護気味かなとは思ってた。でももしかして僕の家って変わってるのか……?
    「悟? どうしたの? 食べたくなかったら無理して食べなくていいよ」
    「いや違うくて……」
     スイカなんて齧ったことない。一切れを両手で掴んで口元へ運ぶ。食べたことがないわけじゃない。味は一緒なんだ。僕はなんだか緊張しながらスイカにかじりついた。しゃりと音がして瑞々しい。
    「スイカって果物じゃなくて野菜なんだよ。利尿作用もあって熱を逃がしてくれるから、暑い今の時期に食べるといいんだ」
     甘いシロップに浸かっていないスイカは、なんだか少し苦味を感じてしまって美味しいのかよく分からなかった。青臭い。あと種が口の中に残って面倒だな。これどうやって捨てるの? 口から出すとか汚くない? んん? 飲み込んじゃったら種は腹でどうなるんだ?
    「…………うっ」

     恥ずかしくて何も聞けねぇー!

    「あ、悟、汁が……」
     傑の親指の腹が僕の唇をなぞる。口元から漏れた汁を撫でた指はかさついていて、肩がびくりと震えた。至近距離で傑の黒い目が近付いて、吐息が鼻にかかる。傑の指が唇から顎を通って下顎を掴まれた。
    「?」
     一瞬乱暴に思えたその所作に目を見張る。目を細めた傑の鼻先が自分のと擦れて、唇に柔らかいものがぶつかった。
    「……………っ⁉」

     え——……っ⁉

     何が起こったか分からない。離れていった傑が僕を見ていて、何度も僕は瞬きをした。耳まで熱い。いや、今のって……き、きす……? 自分の唇を抑えて喉が震える。こっちばかり慌てていて、傑は微動だにしていない。僕の反応を伺うような表情から一転、相好を崩した。
    「口が汚れちゃった時はこうやって舐めてあげるんだよ」
    「………………⁉」
     にっこり微笑んだ傑に他意は……なさそうだ。
     本当に?
    「本当だよ」
     心を読んだように念押しされる。彼はいつも正しいことを言うし、世間知らずの僕に色々教えてくれるから、これもきっと正しいんだと思うんだけど。うん? でも今のってキスじゃなかった? 顔に集中した熱が一向に引いてくれない。スイカって解熱作用があるんじゃねえーの?
    「あ、」
     次の瞬間、口の中で対処に困っていたスイカの硬い種をごくりと飲み込んでしまった。
    「傑どうしよう! 僕、種食っちゃった!」
     傑の肩を掴んで揺さぶる。腹の中で芽が出て口からスイカが飛び出してくるなんて思ってもいないけど、腹を壊すじゃないかと怖くなる。
    「ははは……大丈夫だよ、何も起きないから……」
     目に涙を浮かべ腹を抱えて笑う傑を睨みつける。いや、まぁ大事なくて良かったんだけどさ。また絶対世間知らずだって思われた。種は先に指先で弾いておけばいいよ、なんてワンポイントアドバイス。同じ歳なのに悔しいな。
    「こんな汚すもんなの?」
    「慣れるよ」
     一切れ食べきる頃には、口も指もべとべとになった。スイカって食べづらくないか? フルーツポンチで良くない?
    「食べられそうなら、もう一つどうぞ」
     そう言いながら傑は手馴れたように二個目のスイカに手を伸ばしている。スイカの汁で汚れた唇は気にせずスイカを咀嚼する。
    「………………」
     肩と肩がぶつかる。薄いTシャツは露骨にお互いの体温を感じさせる。傑の体は熱い。僕は彼に顔を近付けて、傑の唇をぺろりと舐めた。自分の口の中で味わったスイカの味よりも、なんだか甘く感じられて不思議だ。
    「え?」
     床の上にスイカを落とした傑が振り返る。瞠目して僕を見つめながら、みるみる顔を赤らめたからびっくりした。
    「え?」
     教えてもらった通りにしたのに違った? 急に恥ずかしくなって下唇を噛む。傑は両手で顔を覆って「あ、ありがとう」と裏返った声で言いながら天を仰いでいる。何その反応? どういうこと?
    「わ、私の唇が汚れてたから綺麗にしてくれたんだよね……うん。凄いな……教えたこと、すぐ実践してくれるんだ」
     状況説明されると余計羞恥心が募った。傑は落ちてしまったスイカを拾いながら何やらぼそぼそと呟いている。落ち着こうと深呼吸をしてから僕に向き直ると、もういつもの穏やかな表情に戻っていた。
    「でもね悟、これは私にしかしちゃダメだからね?」
    「どうしてだ?」
     まぁ今のところ三角形のスイカを傑以外と食べる予定はない。コロッケも。寒くなったら豚マンも一緒に食べてくれるだろうか?
    「〝友達〟としかしちゃいけないからだよ」
     本当に? そうなのか?
    「ふ~ん」
     些細な疑念は、噛んでしまった種のせいでどうでも良くなる。貰ったティッシュに出して丸めて捨ててたけど、途中から面倒になって、何粒か飲み込んだ。
    「甘いだろ?」
     問われて考えた。僕は齧ったスイカじゃなくて、傑の唇の味を思い出して頷く。かぶりつくスイカも慣れたら嫌じゃない。
    「良かったよ、また食べにおいで」
     傑の横顔はなんだか機嫌が良さそうで安堵する。こいつは色々教えてくれるし、僕のことを腫物みたいに扱わないから嬉しい。
     やっと効いてきた冷房が快適過ぎて帰りたくなくなる。コロッケに麦茶とスイカで腹が満たされ、眠気が襲ってきたから瞼を強く擦った。明日はなんと言って傑を誘うかな?
    「うん、また来るわ」
     十六歳の夏、初めて友達が出来た。
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    👍☺☺☺💖💖💖🎃😍🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃💕💕💕💕💕💕😍
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    アイスクリームが甘かった頃の話① 改札を通り流れ作業みたいに背を押されて、ホームへ押し流されていく。数分刻みでやってくる電車は、ぱんぱんに人を詰め込んで発車。人々をこれでもかと吸引していく魔窟みたいな車内。
     朝は一分一秒を争う。一秒刻みで行動していると言っても過言ではない。予定の電車に乗るために、みんな体をぎゅうぎゅうに縮ませながら必死に乗車する。何かに駆り立てられているようだ。まさに地獄絵図。

    『高校生になっても、今までと変わらず車で通学すればいいじゃない』

     母にはそう言われ、中学の頃と同様に通学車をあてがわれる予定だった。運転手は朝と帰り僕の送り迎えをする。学業以外にうつつを抜かさないように監視も兼ねている。監視はまぁ別にいいとしても、僕は〝友達〟と登下校を共にしてみたかった。
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