さんどいっちばけ〜しょんさんどいっちばけ〜しょん
「カブさん、こっち」
「いいや、こっちだよカブさん」
ふたりのキバナくんが、妖艶な笑みでぼくを誘う。その身には何も纏っていない。長身で鍛えられた無駄のない身体はそれだけで美しく、ぼくを惑わす。
「ぼくは……」
彼らに手を伸ばそうとして────。
◆
「なんという夢を……」
自宅の寝室に、うっすらと朝日の明かりが差し込む。遠くで鳥ポケモンが朝を告げる鳴き声が聞こえてくるが、ぼくにはそれを悠長に聞く余裕はなかった。
「キバナくんを相手になんて……」
ナックルジムのトップジムリーダーであるキバナくん。親子ほどに歳の離れた彼に、ぼくは懸想していた。
彼のことはジムチャレンジの子どもの頃から知っていたが、ジムリーダーとして接するようになって彼の成長に驚き、そして気づけば彼への気持ちがそういうものへと変わっていく事に時間は掛からなかった。
しかしながら、ぼくも彼にこの気持ちを伝えるつもりはない。悲観的なそれではなく、伝える必要がないという意味でだ。ぼくの中で満足し、彼のよき友人としてそばに居られればそれ以上は望まない。
が、ぼくのその気持ちに反して、性欲は顕著に強くなった。今までお尻に何かを入れたいなど思うことなどなかったのに、彼に抱かれたいと想像するようになってからは一気だった。
買ったディルドを、彼のモノと思いながらぐちゅぐちゅと貫く快感はたまらなくて。
彼への気持ちを秘することは、後ろめたさも伴うようになった。
「はぁ……久々に彼に会えるからと思ってたから、あんな夢を見てしまったんだろうな」
ベッド横に準備しているキャリーバッグを見て、ため息を吐く。
キバナくんを含め、ダンデくんやネズくんなど何人かのジムリーダーや博士がパシオに赴いている。ぼくはまだお呼ばれされていないから参加資格は持っていないのだけれど、「旅行者として行ってきなさいな」というメロンの言葉に絆されて休暇を1ヶ月ほど取った次第だ。
「ジムの子たちにも気を遣ってもらって。申し訳ないけどありがたいなぁ」
起きがけの顔を両手で叩き、気持ちを切り替えようとシャワーを浴びるために立ち上がる。
「ぼくはあくまで観光者だから、キバナくんたちとずっとはいられないだろうし、ひとりでのんびり過ごさせてもらおう」
ポケモンは連れていけないが、あわよくばポケモンバトルを観させてもらおうと淡い期待を胸に、ぼくは寝巻きを脱ぎとった。
◆
青い海、白い砂浜、にぎやかな施設、数多のポケモントレーナーたち。
そんな夢溢れるパシオ。
そして目の前には────キバナくんがふたり、いた。
「えっ、ちょっとまってここは夢の中?」
「いいえカブさん。現実です」
「現実のパシオです」
ステレオでキバナくんズに話しかけられ、ぼくは混乱した。
片方のキバナくんはいつものトレーナー服で、もう片方のキバナくんはいつもの格好を漂白したように真っ白な格好だった。
ガラルメンバーには事前に来ることは伝えていたが、まさかパシオについた途端、無理矢理に引っ張られてどこかのホテルに連れ込まれ、ダブルキバナくんを見せられるとは思っていなかった。
「どういうことか、説明してもらえるよね?」
ぼくは振り返り、後ろに問うた。
「おう、もちろんだ!」
パシオにいるガラルメンバーが一同に集まり、その真ん中にいた元気よく手を上げたのはダンデだ。
「キバナがポケモンバトルをしているときだったんだが、一対一だったところがブレイク団との乱戦になって……」
彼の話す内容を要約すると、ポケモンバトルが混戦となり、その時にさいみんじゅつやメロメロなど、いろいろなわざがぶつかり合って複合したものがキバナくんに当たってしまい、
「なんでかふたりになちゃったと……」
改めてキバナくんたちを見るが、ふたり揃ってぼくに笑いかけるから中々に心臓に悪い。
「学術研究としてもすごく興味はあるんだけどね。ブレイク団たちは逃げちゃったし、キバナさんが相手してた方もいなくなっちゃったから、どのポケモンだったのかとか、どうしてこうなったかの解明とかその場にいなかったから全然出来なくて……」
ため息を吐きながらソニアくんが苦悶の表情を見せる。その時周りには誰もおらず、キバナ
くんもわざを受けた衝撃からか、細かいことが思い出せないそうだ。
パシオの運営側もサポートはしてくれるそうだが、それでも先行きは暗そうだ。
ともあれ、キバナくんに不測の事態が起きたことは理解したが、それでなぜぼくが引っ張られてきたのだろう。
「ぼく、別にそんな専門的知識とかないから、何も役に立てないよ?」
首を傾げてダンデに問えば、
「ああ、違います。カブさんにしてほしいことは、キバナと一緒にいて欲しいんだ」
「キバナくんと?」
「そ、オレさまと」
すっとぼくの腰に手が添えられ、体を寄せてきたのは白いキバナくんだ。いきなりの密着にヒェっとなっていたら、すぐさまもう片方のキバナくんに肩を引き寄せられた。
「違う、オレといるんだ!」
「ああ? そっちのオレさまは表に出る必要があるだろ」
「それはお前でもいいだろうがっ」
ぼくを真ん中にして両キバナくんの間に挟まれ、頭の上でキバナくん同士が罵り合う。
なんだこれ? どういう状況?
サンドイッチ状態でこんらんになったぼくを助けるように、ネズくんが両手を叩いて彼らの言い合いを差し止めた。
「ハイハイ、デカい人間がふたりいたら声も二倍でうるせえんですよ。もっとクールに話してもらえます?」
「ぐっ」
「うっ」
流石に大人気なかったと思ったのか、キバナくんたちの手が緩む。少しホッとしながらぼくも緊張を解いた。
「ありがとう、ネズくん。しかし、ぼくが相手になるってのは」
「それはダンデがまた説明してくれます」
ピッと指を差されたダンデくんがちょっと目を大きくするが、「任された!」とニカっと笑うと説明を再開した。
「パシオではオーナーの意向で色々と催しがされることがよくあってな。それで俺やキバナもよく呼ばれるんだが、どちらか片方をバトルに出したとして、もう片方をほっぽってて大丈夫かって懸念が出てくるんだ」
「確かに。こんな特殊な状態だもんね。もしホテルとかで片方が部屋で体調を悪くしたときに、誰かがそばにいなければすぐに対応できない可能性があるものね」
「そう。でもパシオに呼ばれているメンバーは他の催しにも出る必要があったりするし、ソニアやホップもキバナの状態を調べるために外に出る必要があるから常にそばにいることもできない。そこで、ちょうど都合よくカブさんが来たって感じだ」
なるほど。パシオにお呼ばれしていない観光者のぼくなら、そういう縛りもない。同じガラルメンバーとしての気心も知れているし、うってつけというわけだ。
「じゃあ、治る目処が立つまで片方のキバナくんといればいいのかな」
「ああ。体調には問題ないらしいから、観光しながらでいいぜ」
力強く頷くダンデくんに了承を返すが、キバナくんたちを見上げると、どうしたもんかと眉を下げてしまう。
「ええと。結局どっちのキバナくんといればいいのかな……」
「オレ」
「いいや、オレさまだ」
なんでキバナくんたちはこんなに争うのだろう。パシオ観光をそんなにしたかったのだろうか。まあ、誘致されたらゆっくり見て回ることも難しかったのかもしれない。それにこの状態では気持ちを落ち着ける時間も欲しいのかもしれない。
彼らの心情を考えているとまたキバナくんたちが睨み合いそうになったので、慌てて待ったをかけた。
そんなキバナくんたちのやりとりに、どこか不機嫌そうだったルリナくんが軽く息を吐き、
「カブさんに迷惑かけてんじゃないわよ。とりあえず、一日交代にしたら? それなら平等でしょ」
「ああ、それならいいね」
いい提案だとぼくも手を打つ。彼らもそれで少しは気晴らしができるだろう。
「まあ、それなら……」
「仕方ねえか」
両キバナくんたちも納得してくれたようで、掴みかかるような事態は避けられてホッとした。
「おじさん相手で申し訳ないけど、よろしくね」
そう言って見上げれば、両方のキバナくんが嬉しそうに笑った。
「カブさんなら大歓迎!」
「そうそう、むしろ来るのを待ってたくらいなんだから」
空気が一瞬だけ和み、次の瞬間「今日はどっちがカブさんといられるか」論争を繰り広げ、それを収めるのに数十分を有した。
華やかなるパシオ。初日にして、穏やかに過ごすという予定は無に帰すことを察した。
◆
「カブさん、行きたいところとかある?」
「そうだね。火山があるんだろう? そこに行って見たい」
「了解。エスコートさせてもらうよ」
そう言ってカブさんの手を取れば、恥ずかしいのか頬をほんのり染めて困ったように笑う。
「おじさんにそういう気遣いは無用だよ、白キバナくん」
「いいの。オレさまが手を繋ぎたかったから」
キュ、と握る手を強めれば、カブさんはますます困ったように笑ったが、手を離すそぶりは見せなかった。カブさんの手は温かい。ゴツゴツしてて、小さな火傷や傷もあるが、カブさんらしい手に触れられてオレさまは嬉しかった。
「じゃ、行こう」
手を繋いだままオレさまが先に歩き出すと、カブさんも一緒に歩き出した。
現状、オレさまもあっちのオレさまも、自身が本物だという認識だ。なので、お互いにもう一人の自分がいるという状態のため、「自身こそキバナだ」というのが譲れない。けれども呼び方に困るよと言うカブさんからの提案として、普(ふ)キバナくんと白キバナくんと呼び分けられることになった。
初日のカブさんといる権利を(くじ引きで)見事ゲットした白オレさまは、普オレさまがこっちを睨みながらダンデたちに連れられていくのを、揚々と笑み返しながら手を振って見送った。
「もう一人のオレさまともスマホデータは共有してるから、エリアマップとかも大丈夫。あっちがいないところを回れば問題はないから」
「ありがとう。きみの方が大変なのに、任せちゃって」
「いやいや、むしろ巻き込んだのはこっちだし、このくらいさせてよ」
なんでもないように手を振れば、カブさんも少しは気が楽になったようで。いろいろなお店があるね、と周りの風景を楽しみながら歩く様子にこちらも嬉しくなる。
火山付近でも観光客やポケモンバトルをする人たちがちらほらと見えた。
「へえ、こんなところでもバトルしてるんだね」
「そうだな。割とあちこちでやってるかな」
野生のポケモンはいない代わりに必ずトレーナーがいるバトルとなる。ガラルにはいないいろいろなポケモン同士のバトルは、やはり見応えがあるものだ。
「すごいね。あっちはニドリーノかな」
「反対側のは、アローラのベトベターか?」
パシオに観光で来たのに足を止め、もう観戦モードになったカブさんに笑ってしまう。
(まあ、そういうところが……)
バトルを見るふりをして、カブさんの横顔を見る。バトルで見せるような真剣な眼差しが自分を見ていないことに少しの寂しさを感じながらも、隣に立って同じものを見ていることに小さな喜びに浸りながら、こっそりカブさんを写真に収めた。
カブさんの観光プランは特に定まっておらず、その時気になったものを見るという、随分とざっくりしたものだった。パシオは広いとは言っても人工島である。数日あればめぼしいところは回り切ってしまうので、このくらいのんびりペースが丁度いいだろう。
バトルの勝敗まで見届け、山道をまた歩いていく。植物や木々などはない、土が剥き出しな殺風景な景色だったが、カブさんにはそれがいいらしい。
「ホウエンにも火山があったから、ちょっと懐かしいよ。向こうでは火山灰が積もるくらいで、麓に暮らしてる人たちは屋根や庭の掃除が大変そうだった」
「うへえ。まあ、グラードンがいるくらいだもんな」
その後もいくつかのバトル観戦をしていたせいか、火山だけを見て下りるだけでもう夜の時間だった。山の上で食べる用にと軽食を持って食べてはいたが、互いの腹の虫が鳴る音に笑い合う。そのままオレさまおすすめの店に入っての晩ごはんに突入した。
もう一人のオレさまから様子を聞くメールが来ていたが、無視した。
「あ、普キバナくんからだ」
チッ、カブさんに行ったか。
カブさんがあいつに返事をしようとするのを見て、ちょっとした悪戯心が働いた。
「ちょっとカブさん、スマホ貸して」
「え? いいけど、何するの?」
言いながらスマホをオレさまに渡してくれるカブさんに笑いながら、カブさんの左手に自身の左手を重ねる。指も絡ませ、いわゆる恋人繋ぎというやつだ。その手を写真に撮り、
「送信、と」
「えっ! 今の送っちゃったのっ?」
「大丈夫大丈夫。オレさまなら冗談だって分かってくれるから」
にぎにぎと、握っていた手で戯れると「しょうがないね」とカブさんが笑って手を差し出したままにしてくれる。それが嬉しくて、オレさまはしばらくその手を離せずにいた。
「今日はありがとう、カブさん。楽しかった」
「ぼくこそありがとう。体調は大丈夫? なんともない?」
大丈夫と笑い返せば、カブさんも笑う。ホテルの部屋はもうひとりのオレさまと相部屋だ。本当はカブさんの部屋まで見送りたかったが、そこはカブさんが譲らなかった。
「きみがちゃんと部屋まで戻ったか見届けないと」
まあ、オレさまの今の境遇を思えばそうなってしまうのは分かるが、カブさんを見送れないのはちょっとガラル紳士としては悔しい。しかも明日はカブさんに会えないのだ。
ので、
「じゃあ、カブさん。お別れのハグしよ」
「は、ハグかい?」
カブさんはホウエン出身ということもあり、こういうスキンシップには少々の抵抗がいまだにあるようだ。だがしかし、
「明日はオレさまはカブさんと一緒にいられないし……ダメ?」
両手を広げ、少ししょんぼりとしたトーンで言う。優しいカブさんはそれで絆されてくれたらしく、「……分かった」とおずおずとオレさまに抱きついてくれた。
(やった……言ってみるもんだな!)
うっかり抱き潰さないように気をつけて、カブさんの背中に両腕を回す。小柄ながらも体幹のしっかりした身体は安心感がある。温かな体温に、そのまま部屋に仕舞ってしまいたい衝動に駆られるが、なんとかそれには耐える。
代わりにと、手に持っていたスマホを掲げ、
「……カブさん、マジで今日はありがとうな」
また明後日にと耳元で囁けば、カブさんが小さく頷く声が胸に響いた。
◆
オレは怒っていた。いや、ものすごく怒っている。現在進行形で。
「抜け駆けでカブさんといちゃつきやがって……!」
アカウントが共有されているため、フォルダも自動で共有される。
共! 有! されてんんんんんんんんだよおおおおおおおおおおお!!
「しかも何!? ハグ!? ハグしてやがる! 腹立つ! ムカつく! 嫌い! オレはオレが嫌い!!」
これを白いオレにも言った。あいつはいけしゃあしゃあと「こんなチャンス逃すワケなくねえ?」とニヒルに笑ってきやがった。マジでオレに腹たつ。
(オレだってカブさんといちゃつきてえわ!)
白いオレはもう出掛けてしまって、オレはカブさん待ちだ。オレから迎えに行きたかったが、オレの体調を慮って迎えにきてくれるそうだ。
(やっぱカブさんは優しい……)
それなのにカブさんの優しさに乗っかって白いオレは随分と厚かましく行ったようだ。
んだよ手なんか繋ぎやがって。
(オレだって……!!)
自分の手のひらを見て、ため息しか漏れない。
と、扉に軽いノック音が響く。カブさんが来たようだ。カブさんにみっともない姿は見せられないと身だしなみを整え、彼を出迎えた。
ラフな格好のカブさんはガラルで見る時よりも気が緩んでいるようで、心無し雰囲気も柔らかいように感じる。
「おはよう、カブさん」
「やあ、おはよう普キバナくん。体調はなんともない?」
「ありがとうカブさん。なんともないよ。それじゃあ行こうか」
早速と歩き出そうとして、ふと、カブさんがこちらを見上げてくる。疑問の目を向ければ、カブさんはおや? と首を傾けた。
「こっちのキバナくんは手を繋がなくていいのかな?」
「……! っ、いや、オレは……ていうか、もう一人のオレがすみません。大分わがまましてたみたいで」
「構わないよ。きみの役に立てる方がぼくとしては嬉しいし、それに……」
「それに?」
「きみと、こうしてふたりで過ごせるのは、ちょっと楽しくて」
「────」
「あ、ごめんね! ぼくだけ楽しんでしまってるみたいで」
「カブさん」
「なんだい?」
「……オレ、手が繋ぎたい」
「────うん」
控えめに、でもしっかりとカブさんの手を握る。カブさんの手はゴツゴツしてて、傷だらけで。でも温かくて。まるでこの人そのものだと思った。
行こうか、とどちらからともなく呟き、オレたちはホテルを出た。
昨日は火山へ行ったので、今度は街並みを見てみたいということでそちらに出掛けた。
もう一人のオレは別なところに行っているから、鉢合うことはないだろう。
「人工島とは聞いていたけど、やはり街並みも綺麗だね」
「ええ、そういうの目的で観光に来るひともいるみたい」
そうなんだねえ、と店頭で並べられているポケモンのぬいぐるみをニコニコと眺めるカブさんに、こっちも嬉しくて自然と口端が上へと向く。
近くに美味しいカフェがあると話しているところに、「カブさん、キバナさん!」と手を振って走ってくるホップがやってきた。こいつは本当、どこでも元気だ。
「よおホップ。進捗どーよ?」
「ははっ、それ、よくソニアが研究所で言われてるぞ。んー、まだまだ分からない状態なんだぞ。こっちでキバナさんに喧嘩ふっかけたやつがいないか探しに来たら二人が見えたから、声掛けたんだ」
「そっか。すまねえな、マジで」
「キバナさんのせいじゃないぞ!」
「ホップくんのフットワークの軽さはすごいよ! ぼくも見習いたいな」
これ以上軽くなってどうするんだと笑っていると、ホップの視線が下へと向くのに気づく。その視線の先がオレとカブさんの手に続いているのに気づき、柄にもなく動揺した。
「あ、これはカブさんがオレの体調に気を遣って手を引いてるだけなんだ」
「ん? そうなのか。もう一人のキバナさんがスマホで写真を見せてきたからよくやってることなのかと思ってたぞ」
あの野郎。
忘れていた白のオレへの怒りがまた湧きそうになるが、一旦それを治めるくらいにはオレは大人だ。
オレの心情など知らないホップは屈託ない笑みを浮かべ、
「でもよかったぞ! キバナさんもカブさんも楽しんでるみたいで。やっぱ今の状態はストレスとか悪そうだし。ふたりは仲良しさんなんだな!」
「お、おう。まあな」
真正面から言われると嬉しいを通り越して恥ずかしいになるのは何故なのか。いやあ、と困ったような笑みを浮かべるカブさんも同じ気持ちっぽくてくすぐったい。
「キバナくんは、優しいから」
「いや、カブさんのが優しいでしょ」
いやいやそっちがいやいやいやそちらの方がと漫才みたいなやりとりをしていたら、ホップからも「つまり、ふたりとも優しいってことなんじゃないのか?」と言われ、オレは天を仰いだ。
だめだ、ピュアピュアがいるととても居た堪れない。仲良しと言われて確かに嬉しいが、オレとしてはカブさんに邪な想いを抱いているから、なおのこと気持ちの座りが悪い。
この話から逸らそうと思うのと同時に、ホップのスマホが助け舟のように音を鳴らした。どうやらソニアからだったらしく、こちらに別れを告げると、来た時と同じように元気に走り去っていった。
「ホップくんはいい子だよね」
「ああ、ダンデとは全く違うわ」
ダンデと言えばクリスマスの時に、などの話にフェーズしていく。上がった体温は手汗を増やしてしまったが、オレもカブさんも手を離すことなくそのまま歩き続けた。
街でもバトルはある。それをまた眺めながらカフェに入ったり、美味しい食事をカブさんと共にする。普通のデートのように過ごせる一日が尊く、幸せだった。
「ありがとう、普キバナくん。楽しかったよ。パフェもあんな可愛いのに美味しいなんて! すごい欲張りセットだった」
「フフッ、次は別なとこを案内するよ」
ホテルに帰り、オレの部屋の前で別れの挨拶を交わす。もう一人のオレが別れ際のハグを求めていたが、確かにこれは……別れ難い。
「カブさん、オレもハグしたい」
「あ、う、うん」
オレが両手を広げると、カブさんがゆっくりとオレの胸に収まる。ぎゅうと抱き締め、このままひとつになれたらいいのにと馬鹿なことを考える。
(今ひとつになるべきは、オレの方だもんな……)
もうひとりの、オレ。
あいつのニヤリ笑った顔が思い出される。
このままカブさんと別れたら、あいつと同じことをしただけで終わってしまう。何か、あいつがまだしていないことでカブさんに印象付けたい。
「……カブさん、こっち見て」
「ん? 何……」
顔をあげたカブさんの額に、ちゅっ、とリップ音を鳴らしてキスを落とした。
マメパトが豆を食らったような顔をしたカブさんが、次の瞬間にオクタンのように真っ赤になった。
「な、な、なに?! なん、なっ」
額を押さえ、言葉がうまく話せなくなっているカブさんにこっちもちょっと照れてしまう。
「お別れの、きす」
よくある挨拶だよねと笑い、
「また明後日」
手を振ってオレは自身の部屋へと入った。ドアを閉じ、カブさんの気配を感じる。しばらくその場に立ち尽くしていたらしいカブさんは、しばらくすると急足で去っていく音が聞こえた。
その足音が聞こえなくなると、オレは自分が使っているベッドにダイブする。
スプリングが揺れるのを感じ、小さくため息を吐く。
「あー……もっとイチャイチャしてえ……」
オレの呟きは、なにもない壁だけが聞いていた。
◆
「あっ、うあ……き、キバナ、くんっ……」
ぐちゅ、ぐちゅ、と自身のナカで動く濁った水音が部屋に響く。同時に、自分の荒い息と漏れ出る声。
(キバナくんに……きす、された……)
おでこではあるが。けれど、胸中にずっと秘めたものを抱えている自身にとってはそれは猛毒であり媚薬だった。
昂ってしまった身体を慰めるため、急いで部屋に戻り、ベッドの上で横になって後ろに指を通す。けれど、
「んっ……」
旅行だからと、そういう道具は一切持ってこなかったのが仇になった。
指では届かないところへのもどかしさに、前も一緒に弄って無理やりに精を吐き出す。
「は、あ……」
両手を自分の液体で汚し、虚無感に天井をぼうと見上げる。
「キバナくんが大変な時だと言うのに……」
彼のそばにいられることに役得感を覚え、あまつさえこんな、
「ごめん、キバナくん……」
明日からはもうこんなことはしないようにしよう。彼をオカズになど、今は止めるべきだ。
「うん。明日からはまたいつも通りに」
今までだって、そうしてきた。こちらでもそれを徹底するだけだ。
「大丈夫」
ぼくならやれる。
◆
「カブさん、オレたちとセックスしてください」
「あれ、ぼくまた夢見てる?」
いいえ、現実ですとふたりのキバナくんが横に首を振る。
これまでの人生、驚愕と絶望の衝撃を同時に受けることなどあっただろうか。いや、ない。
「理由、とかあるのかな……?」
恐る恐る問うてみる。
今日は白キバナくんと出かけるために彼らの部屋に来たのだが、博士たちに呼ばれたのでと、彼らの部屋で待たせてもらっていた。しばらくしてふたり揃って帰ってきて、いきなりのあの言葉だった。普キバナくんが頭を掻きながら説明を始める。
「オレが食らったわざが、ひとつじゃなくて複数に重なって受けたことが要因らしいんだけど……」
「精神に影響与える系のわざばっかだったらしくて。ふたりに別れたのもちょっと、まあ……ちょうど悩んでいたことがあったせいかなって」
「んで、さらにそのことでオレたちの気持ちがひとつになってないことが関係してるんじゃねえかって話らしい」
「ひとつになってない? だって、きみたちはどちらもキバナくんなんだろう?」
「んーまあ……」
「そうなんだけど、そのせいで弊害が……」
「?」
どういう意味かと目で問えば、キバナくんたちは互いを指差し、
「オレさま、負けず嫌いじゃん?」
「だからオレ自身にも負けたくない」
よって、互いに譲らないために今の状態が続いているらしい。なるほどなあと納得はしたけれども、
「それがなんで、せ、セックスになるの?」
一番の疑問はそれだ。なんでよりによってそれなのか。ぼくの問いに、キバナくんたちも
心なしか恥ずかしそうに俯き、
「博士たちが言うには、同じものを一緒に共有すればいいんじゃないかって言われて。んで、オレたちで相談した結果、それが一番強烈に意識を共有しやすいかなって……」
「でも、他に方法がないかな? ほら、ポケモンバトルとか……」
「ごめん、カブさん」
普キバナくんが、強い声音でぼくの言葉を遮る。それに続いて、白キバナくんが真剣な瞳でこちらを見据え、
「感覚的に分かるんだ。多分、生半可なやつじゃダメだろうなって。そしてこれは────カブさんにしか頼めないことなんだ」
「で、でも、でも……」
確かに、このパシオでなにも知らない他人に、いきなりキバナくんふたりに抱かれるのを頼める者なんていないだろう。
本心では彼らに抱かれたい。でも、
「ぼく、穴、ひとつしかないよ……」
瞬間、キバナくんたちがふたりでクロスカウンターした。
「えっ! えっ! なに!? なにが起こったの!? 大丈夫ふたりとも!」
「だ、大丈夫です……」
「オレさまたちの、正気を保つために必要なことだったので……」
「クロスカウンターが?」
鼻血が出るほどのパンチでふらふらになりながらも、キバナくんたちがこちらに向き直る。
「すみません、その、挿れるのはしないんで……」
「えっ」
「流石に、そこまでカブさんに負担させられないというか……」
「そ、そうか……」
気まずい沈黙が落ちる。
しかし、彼らをこのままにしておけないのも事実だ。キバナくんたちも考えに考えぬいての方法なのだろう。キバナくん本人ではないぼくでは、分からないものだ。
「……分かった。協力しよう」
「っ! カブさん!」
「本当に!?」
「でも、ぼく、そういうのあまり慣れてないから……」
情けなくも苦笑しながら彼らを見上げ、
「優しくしてね?」
瞬間、キバナくんたちは今度は互いに平手打ちをした。
◆
キバナくんたちを先にシャワーに行かせ、ぼくは後からシャワーを浴びた。一夜限りのそれになるとはいえ、身体が自然と期待に熱くなる。
バスローブだけを纏い、風呂から出る。それなり広い彼らの部屋には、ソファやテーブルも置いてある。その反対側にベッドがふたつあり、同じくバスローブに身を包んだふたりのキバナくんが窓際側のベッドの前でぼくを待っていた。
「カブさん」
「カブさん」
キバナくんたちに呼ばれる。
ああ、まるで本当に夢のよう。
どくどくと鳴る心臓の音が相手にバレないかとヒヤヒヤする。胸に手を当てながら、ぼくは歩みを進める。ふたりが手を伸ばすから、ぼくはそれぞれの手を取り、引かれる。
ぼくを真ん中にしてベッドに乗ると、3人分の重さにスプリングが大きく鳴った。その音が、これから行う行為によって何度も鳴るのだと思うと、ますますぼくの心臓は早鐘を打った。
(う、わ……)
トーナメントの時でだって、こんな緊張はしなかった。胸から心臓が出てきやしないかと心配になり、手を心臓に当てる。
その手に、目の前にいるキバナくんが自身の手を添えてきて、ぼくはハッとして彼を見上げる。
「え、と、きみは……」
どっち、と聞く前に、ゆるりとキバナくんが笑う。
「オレは、普キバナだよ」
そして、とぼくの後ろにいたキバナくんがぼくを抱き、
「オレさまが白キバナ」
ちゅっと頬にキスをされ、ぼくの熱が今度はほっぺたに集中した。
「カブさん、オレも」
ちゅ、と今度は反対側の頬に普キバナくんがキスをする。
「あ、あう」
ぼくが構うことなく、ふたりのキバナくんたちがぼくの顔中にキスの雨を降らしていく。
片方が耳に音が聞こえるように口を付ければ、もう片方は首へと口を当てていく。
「ふ、ぅ」
ちゅ、ちゅ、ちゅ、とまるで彼らに印を付けられていくよう。けれど、
(口、にはしないんだね……)
本番はしない。だから、キスも口にはしないということなのだろう。
彼らの律儀さに感心しながらも少しの寂しさも感じないわけでもなかった。でも、仕方ない。
(これは……いわゆる治療行為みたいなもので……好きとかそういうものじゃないんだから……)
「カブさん」
両方の耳に、キバナくんの声が響く。勘違いしてはいけないと戒めないといけないくらい、それはそれは甘美なものだった。
キバナくんたちの手でぼくのバスローブは早々に脱がされ、彼らも同じ姿になっていた。
地肌に当たる彼らの肌も熱いくらいに体温が高い。ああ、彼らもぼくで興奮してくれているのかと嬉しくなった。
「あっ」
後ろ手で、白キバナくんがぼくの片方の乳首を摘む。それを見て倣ってか、もう片方の乳首を普キバナくんが口で吸うてきた。
「だ、ダメ、そんなっ」
生温かい舌先が、ぼくの乳頭を舐め転がす。吸われ、軽く歯を当てられながら、先端をまた舌先がちゅくちゅくと吸う。
「あっ、ん」
後ろからの手は指の腹で軽く潰し、または引っ張ってはくりくりと弄られて、前からは甘噛みをされて、今まで自身で与えたことのない刺激にぼくの声が無意識に上がる。さらにはキバナくんたちの手がぼくの体をゆるゆると撫で、それが甘い刺激となってぼくの思考をトロトロと溶かしていく。
「カブさん、感じてくれてるんだ……」
え、と呆けた声を漏らすぼくに、事実を示すように普キバナくんがぼくの立ち上がったそれのてっぺんに触れた。
「あ、いや、これは」
彼の大きな手に触れられていること、そしてものの見事に性欲を勃ち上げている自身が恥ずかしくて顔を覆いたくなる。けれどその手は前と後ろからの手に阻まれた。
「いいんだよ、カブさん。オレたち嬉しいから」
「そうそう、カブさんも気持ちよくなってくれて嬉しいんだ」
ほら、と普キバナくんが、キバナくん自身の大くなったモノを見せつける。ぼくの二倍近くはあろう黒々とした肉棒が、ぼくを見るように先端をこちらへと向けていた。
「オレさまも」
ごつり、と背中に硬いものが当てられる。それが何なのかなど、考える必要もない。
「もっと、一緒に気持ちよくなろ」
ぼくは膝立ちの体勢にされ、同じく膝立ちしたキバナくんたちに前後に挟まれた。
前の普キバナくんは少し腰を落として、ぼくと彼自身を当ててそれを片手で包む。そして、白キバナくんはぼくのお尻の割れ目に自身を挟み、そのまま両手でぼくのお尻を支えた。
「あ」
ぼくの言葉よりも早く、彼らの動きが同時に行われた。
前では、キバナくんのとぼくのが擦り合い、先走りで出てきた互いの液体が互いを濡らし合う。裏筋をなぞるように、そしてそれぞれのカリが当たるようにキバナくんを当てられ、擦られるごとに感覚が鋭さを増していく。
後ろでは、ぼくのお尻の間を彼の大きな肉棒が中を抉らんばかりに躍動する。熱い塊がゴリゴリと押し当てられ、まるで本当に貫かれているような錯覚さえ覚えた。穴のふちに彼のものが掠るたびに腹の奥が疼き、ひくつくのを止められない。
「カブさん」
「カブさん」
熱い吐息と声がぼくの両方の耳にかかる。首も顔も彼の舌が這う。上も下も溶けて食べられてしまうと思うほど、ぼくは熱に浮かされた。
「うっ、ぁあっ」