枯女はピザ屋〜江戸前サディスティック〜枯女はピザ屋〜江戸前サディスティック〜
もう傷口は塞がったのに…
いまだにおでこを触るとあの時の熱が蘇る…
「マイ!今日こそポアロに行って、イケメン店員見に行こうよ!!」
泊に話しかけられて、マイはハッとして顔をあげた
「え、ええっと…」
「もう!マイったら!また枯れた寿司屋の事を考えてたの?もしかしてマイって枯れ専だったの?」
葉月に声をかけられて、マイは脇田の笑った顔を思い出す。すると顔の温度が上がっていった
「ち、ちが…!!」
「そんなに気になるなら、毛利小五郎に素行調査お願いしたら?」
「葉月って本当に毛利小五郎好きよね〜。マイと同じ枯れ専?」
「毛利小五郎は枯れてないわよ!枯れるってカラッカラに乾いて加齢臭すらしない人の事を言うのよ!出っ歯と違って毛利小五郎は枯れてないわ!!脂ギトギトよ!!」
「わ、脇田さんだって…!」
まだ枯れてなんてないわ…!
そう叫びそうになって口を噤む…
違う。違うわ。そんなんじゃない…
「ご、ごめん!私バイトあるから…!」
マイはそう言うとカバンを持って逃げるように教室を後にした
あれ以来、友達の2人からいろは寿司に行こうと毎日の様に誘われた…
違う。違うの。そんなんじゃない…
マイは大きなため息を吐いた
「マイちゃん!米花小学校にピザの配達頼むよ」
「は、はい!!」
マイはスクーターのキーを掴むと、注文の椎茸のピザを後ろに積み、米花小学校に向かった。来客用の駐車場にスクーターを止めてピザを下ろしていると、別のスクーターがやってきた
見覚えのある背格好だった。ヘルメットをかぶっているが、マイには見えた。あの、キラリと光る2本の着け歯が…
「やや!おめえさんは…」
「わ、わきたさ…」
突然の再会に驚き、椎茸ピザの入った箱を落としそうになった
「てやんでい!!」
脇田は瞬時にマイのそばに駆け寄ると、落としそうになったピザの箱を支えた
「危なかったな、べらぼうめ」
「す、すみません」
みっともないところを見せてしまった。幻滅されないか。そんな事を考えてたらマイは恥ずかしくて、泣きたくなった。
「さあ、行くでげす」
マイは顔を下げたまま、脇田の後に続いて職員室に向かった。職員室に行くと、同窓会をやっている教室に向かう様に告げられ、場所も教えてもらえた。
な、なにか喋らなくちゃ…
だがこのぐらいの年齢層の殿方が、どんな話題を好むかなんて分からず、歯痒くて唇を噛む。
だが脇田はそんなマイに優しく微笑みかけた
「えっと…、マイさん、と言ったかな?」
「?!は、はい…」
「マイさんは帝丹高校でしたねえ。もしかしてここの卒業生で?」
「え、ええ!そう、そうなんです!!」
脇田はマイが返しやすい話を振っては、会話を広げていってくれた。さすが歳の功。余裕もあるし、クラスのバカな男子とは違う…
会話が弾むと、マイの心も弾んだ。だがそんな幸せなひとときはあっという間だった。宅配を終え、駐車場に戻ると、脇田はすぐに店に帰っていってしまった…
もっと…お話し、したかったな…
ハッとして首を振る。
違う。違う。そんなんじゃない!!
「あ、あんな枯れた出っ歯…!齧歯類!!わ、私は別に…!」
マイはヘルメットを被ろうとした
その時…
「枯れた出っ歯…。それがいいんじゃない」
「?!」
突如声をかけられて、驚いたマイは声の主を見た。寿司屋がよく着る調理白衣を襟抜きして気崩した女性がそこに立っていた
「あ、あなたは…?」
「私は団子。ワッキーと同じ、世界を股にかけるフリーランスの寿司屋よ。今はワッキーと一緒にいろは寿司で働いてるわ」
ワッキー…?
それが脇田の愛称だと理解すると、団子と名乗る女性との関係を疑って、嫉妬で狂いそうになるのを必死に抑えた
「わ、脇田さんの、なんなんですか…?」
「…あなた、ワッキーに寿司をご馳走してもらったことある?」
質問の意図がわからなかったが、寿司ならご馳走してもらった事はある。運命の出会いを果たし、出っ歯がおでこに刺さったあの日、お詫びにと特上寿司を奢ってもらった
それを伝えると、団子は誇らしげに笑う
「特上寿司って事は、大将が握ったもので、ワッキーが握ったものじゃないわね」
「そ、それは…」
「私はあるわよ。ワッキーが握った寿司。とっても美味しかったわ…」
「?!」
体に衝撃が走り抜けた。脇田とこの女性の親密にしている様子を、仲良く寿司を握ってる姿を想像しそうになり、急いで目を瞑り首を振る。
いや!いや…!!
「握ってもらったわ…。そう、かっぱ巻きから軍艦巻き…、そして…」
団子は不敵に笑い、マイは嫌な予感しかしなかった
「そう…。カルフォルニアロールまで…」
「カ、カルフォルニアロール?!」
衝撃だった。あまりのことで脳が処理できず、手に持っていたヘルメットを地面に落としてしまった。
江戸前寿司なのにカルフォルニアロール。つまりそれだけこの女性と脇田が親密なのが浮き彫りになった
「そうよ…。巻きすで巻き巻きしてもらったんだから…」
「ま、巻き巻き…?!」
口に出すだけいやらしい…
マイは地面に崩れ落ちた。
違う違う!そんなんじゃない!
…ううん…。本当は私、脇田さんのこと…
自覚した時には、この残酷な仕打ち…
マイは目からこぼれ落ちる涙を拭うことなく、いや、拭う気力さえなかった。涙は地面に落ちて吸い込まれていく…
ふふん、と勝ち誇った様に鼻で笑う団子の声が聞こえた。
もうダメ…
マイは死を覚悟した
「なにしてるでやんす」
胸を焦がす声が聞こえて、顔を上げた。そこには店に帰ったはずの脇田がいた
「わ、脇田さ…」
「ワッキー、どうして…」
「店を出る時につけてきていたあんたが、帰りはついて来ないんで、おかしいと思ってね…」
そう言うと、脇田はマイのそばにしゃがんでおでこに巻いてた捻り鉢巻を解いて差し出した
「さあ、涙をお拭き…」
「あ、ありがとうございます…」
マイは手ぬぐいを受け取ると、涙を拭いた。洗剤の匂いが鼻をくすぐった…。
本当だ。枯れてるから臭いがしない…。それがドキドキして、心臓の鼓動を聞かれないように手ぬぐいごと手で胸を押さえた
「団子、あっしがカルホルニアロールを作ったのは、ポアロで余った食材を貰って、賄いで作ったからでい…。江戸前寿司一筋の大将に握らせるわけにいかなかったからでい…」
「くっ…」
団子は顔を歪ませて、親指の爪を齧った
マイは立ち上がって脇田のそばに近寄った
「わ、脇田さん…」
「お嬢さん、あっしにあんたは勿体ない。あんたにはもっと、お似合いの人がいる。カタギの人がお似合いでい…」
「お、お寿司屋さんは立派な仕事です!!」
「…そういう事じゃないでい…」
脇田はスクーターに乗ると、マイの方を一度も見ずに走り去った
「ま、待って!ワッキー!!」
団子は慌ててスクーターを追いかけた
マイは残された手ぬぐいを抱きしめた
脇田さん…
なんて意地悪な…
いいえ、サディスティックなの…
私、諦めない…
あなたを振り向かせてみせる…
いっぱい勉強して、立派な枯女になってみせる…!!
【完】