覚悟なんてとっくに「うさはら、お前これ気持ちいいの?」
思いきって尋ねれば、どう答えようか言葉に詰まるくせに。
「良くないならやめてもいいけど」
そんな風に続けると途端、弾かれたように首を横へ小さく振って見せる。
「もうちょい…」
「うん」
「もう、ちょっとでイケそ、なんで」
額に玉の汗を浮かべて息も絶え絶えへにゃりと笑う。でも、イケる筈がない。
シーツを握りしめる指も、俺の腰へ絡む脚も、力が入りすぎってほど入って固く強張っていた。ようやく根元近くまで収めた俺のモノはコイツの胎内の肉にぎちぎちに食い締められて、もはや押すことも引くこともできない。
お互いの腹の間に挟まれた兎原の性器は当然ながら萎えている。
こう言うとき男は嘘が吐けない生き物だから損だ。
「無理じゃん」
「ムリじゃない、す」
「…痛い?」
「痛い…のはそんなない、んで」
"だいじょうぶ"
うわ言みたいに呟く台詞は自分に言い聞かせる意味合いの方がはるかに強い気がした。今日はかなり時間をかけて解したから、前回と違って実際痛みは少ないのだろうが、それでも後ろの刺激で快感を得ている様子は一切ない。
(べつに)
別にやめたっていい。
兎原が男に抱かれることに多大な抵抗を感じてることは分かっていたし、そもそも俺とコイツは恋人でもなんでもないんだからセックスをする必要は微塵もない。
だと言うのに兎原はいったい何に拘って、あるいは意地を張ってるんだろう。
少しでも腰を後ろへ退こうものなら、長く伸びた脚は決して逃すまいと巻き付く力をいっそう強くする。勃起した性器へ一定の刺激を与えたまま身動ぎひとつ許されない状態、と言うのは実はそこそこキツい。
(もう、やめてもいい)
兎原が嫌なら、普段通りの生意気な態度でハッキリそう言えばいつでもやめてやったのに。いつの間にかこんな取り返しのつかないとこまで来てしまった。
(コイツが言わないから)
何回痛い目に遭っても懲りずに部屋へ上がり込んで、青い顔をしてる癖にヘラヘラ笑って逃げ出しもしないから、こんな事になるんだ。兎原がひと言口にしさえすれば、俺は、
「うらみちさんは…」
「なに?」
「も、ムリすか?気持ちくない…?」
「……」
セックスの最中とは思えない掠れた声で、顰めた目許で、それでも表情だけは笑顔を作ろうとしているのが分かる。短い息を吐いて吸って、酸欠の金魚みたいにくり返すカサついた唇。
指の腹でなぞってやるとささくれ立った皮が肌に何度か引っ掛かった。
気持ちいいかどうか聞かれると、正直締め付けられすぎて痛みと半々ってところだ。以前のように手でヌいた方がよっぽど手軽に気持ちよくなれていたと思う。
だけどこのバカが。
こんな半ペソ一歩手前の情けない顔をして、なのにまだやめたいって泣き付いて来ないから。
(お前が、言わないのがわるい)
「気持ちいい…」
「まじすか」
「うん、気持ちいいよ」
「そ、なんすね」
『よかった』
額に脂汗を掻いて、小刻みに震える手で俺の腕を掴んで、それでも安心した様子で細く長い息を吐く。なかなか思うようにいかない。
乾燥してささくれの目立つそこへ指の代わりに今度は自分の唇を押し付けると、兎原は驚きを隠さず目をまん丸に見開いたあと、
「これ…今したら、ダメなやつでしょ」
微かにボヤいて瞳も頬も唇もすべてふにゃふにゃ、溶けたみたいにその形を歪ませた。
【覚悟なんて、とっくの昔に】