疲労がかさむと正気ってなくなるよね 日も沈み、街にもすっかり帳が降りる頃。こがねが丘の一角、ゴールデンダイナー。その奥にある、やや小ぶりなキッチンで……白髪の子供──もとい、菊葉黄連は忙しなく動いている。
まあるく小降りに焼き上げられたアツアツのハンバーグを、これまたアツアツの鉄板に並べていく。
それらをカウンターへ突き出しながら、パチパチと音を鳴らしているフライヤーへ、パン粉をつけたエビを次々放り投げる。じゅわりじゅわり。油の匂いと共に心地いい音をキッチンが響いた。
額に汗をかきながら、フライヤーの面倒を見る。その脇で、ちゃらんと音を立てて十合炊きの炊飯器がその役目を終えたことを知らせてきた。
カウンターに並ぶは、些か多すぎる量の食材たち。
葉っぱをちぎり粉チーズとクルトンを散らしたサラダ。くるりと丁寧に盛り付けられクレソンを載せられたトマトソースパスタ。どんと大皿に載せられ、ケチャップとパセリを散らされたオムライス。クロカンブッシュと見まごう積み方をされた唐揚げ、先程焼き上げたハンバーグ……等。
どれもこれも一人前にしては多すぎる量だ。ひと品目五、六人前はあるだろう。
……などと見ているうちに、キッチンペーパーの敷かれたお盆にきっちりと整列させられたエビフライが、湯気を立てながらドンと並べられる。
「はぁ……はぁ……あとはカレーと米、冷やしてるデザートたちだな……!」
誰に伝えるでもない大きな独り言を零し、目の下にクマを携えながら黄連は爛々と目を光らせた。……彼を見慣れてる人間でも滅多に見ないような、所謂『ハイになっている』状態。
何故こんなにギラギラとしているのかというと……『疲れている』のである。なんとも単純な理由なことか。
積まれる書類、出てくるジャーム。ついでにダイナーの経営(こちらは職員にほとんど任せているが)。
ここ数日類を見ない忙しさで仕事漬けであった黄連は──仕事の目処がつき、余裕ができた途端。秘書や職員の声を無視して、支部長室から駆け出して、ダイナー側まで転がるように飛び込んだ。
『臨時休業』の札を表に下げ、ご丁寧にキッチンの扉にも『入室禁止』の札をかけてから、冷蔵庫と冷凍庫を開く。
後はもう、冷蔵庫の期限の近いものを中心に、心の向くままに鍋やフライヤーにぶち込んでいく。
疲労で手足がなんだか痛い気がするが、見なかったことにした。どうせ元気の水飲めば収まるし……。と半笑いで考えながら、どんどんと作りたいように食事を作る。
……我ながら変なテンションであるのは黄連にも何となくわかってはいた。
その結果、気づけばカウンターにとんでもない量の食事ができあがっていったのだった。
閑話休題。
「これ、皆で食べきれるのだろうか……? いや、知らん。残れば昼にも出せば良い!」
正気に帰りそうになった自分を『もう遅い』といなし、カレーの鍋と炊飯器をなんとか一人で運んだ黄連は、最後に冷蔵庫から銀色のバットを出した。
中には透き通った紫色のぶどうゼリー。元々ダイナーで出す用に冷やしてあったものだ。これを角切りにした上でカクテルグラスに盛り付け、上に生クリームとマスカットを一つトッピング。
できあがったものをお盆に並べていき、またカウンターへ。
もはやビュッフェの様相を示したカウンターを満足そうに眺め、大きく頷き。黄連はキッチンを出て、大きな声で。クマを携えながらも心底満足げに叫んだ。
「貴様たち! 飯の時間だぞ!」
おわり