満ちる心は月のように「月が綺麗だね」
「…死んでもいいです」
月光に誘われるように、手を繋いで夜の散歩に出た道中、見上げた中秋の夜空に浮かんだ満月が本当に綺麗だったから、ふと呟いた阿国の言葉に、しかし隣から脈略もなくいきなりひどく不穏な言葉が返って来たから、阿国は心底驚いて夜空から視線を断ち切ると隣を振り向いた。
「えっ?どうしてそうなるの」
思わず上擦る声に、七緒はなぜか予想通り、という風にくすくすと笑った。
「死なないで欲しいですか?」
「あ、当たり前だろう…!なんだっていきなりそんなっ…縁起でもないこと…。君らしくもない」
「そうですよね。でも、告白にはこう返すのが嗜みなんだそうです」
「告白?さっきから一体なんのことを…」
益々もって不可解に、御国は怪訝として首を傾げる。七緒は考えるように頬に指を当てた。
「〝月が綺麗ですね〟──この文句、私たちの世界では〝あなたを愛しています〟って意味になるんです」
「え…」
「有名な先生の逸話なんですけど、それに対する肯定の返事が〝死んでもいいわ〟なんです。…だから」
そう言って、七緒はちらりと阿国を見返してくる。その頬は月光のお陰で、微かに染まっているのが宵闇でも窺える。阿国もじわりと頬に熱が集まるのを感じる。
「そ、そう…なんだ…」
気恥ずかしさに顔を逸らす。
阿国と七緒はいわゆる恋仲だ。だから先ほどのものが彼女の言う通りの意味をもって成された会話だったとしても、そこには何の問題も相違も生じない。だが、こちらが知っているのといないのとでは大きく意味合いが異なった。
「でも…死んでもいい、なんて物騒なこと、大切な相手に言われたら私なら辛くて堪らない」
「そうですね…。私たちには似合いませんよね」
七緒は一息吐いて、繋いだ手を大きく揺らす。
「じゃあ〝一緒に掴みにいきましょう〟──これで、どうですか?」
こちらを窺うように可愛らしく小首を傾げる姿に、阿国はつい微笑がこぼれる。
「君らしい」
望月かくや──阿国の胸は嬉しさに満たされていく。貪欲にどこまでも一緒に未来を目指してくれる、そんな彼女の存在が有り難く、そして愛おしくて仕方がなかった。
「でも、私は言葉だけは飾らないよ。いつでも私のありのままを、そのまま君に伝えたいから。──愛している、七緒」
見つめた瞳は丸く、光を弾いて淡く輝く。頭上の月を落とし込んだようなそれはやがて、近付く影に覆われるように形を細めていった。しかし二人が新月を迎えてなお不安がないのは、唇から感じる互いの温もりのお陰だ。
阿国は繋いだ手に力を込める。
これからも共に生きる──。月に託すのは、そんな明るい誓いで良い。