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    流浪 @阿七おいしい

    遙か7阿国さん激推しの阿七狂い。
    阿国さんが幸せなLOVE&ピースな世界が好きです。

    漫画と小説で一応世界線分けてますが、基本イチャイチャしてます。
    小説の方が真面目(?)な阿七です。

    *エアスケブ始めてみました。

    Pixiv -> (https://www.pixiv.net/users/6550170)
    *主にまとめ、長めの小説に使ってます。

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    『花よりも光よりも ー夜ー』

    #時世花巡り
    flowerTour

    花よりも光よりも ー夜ー 宿の中にも関わらず、ふわりと漂った花の香りに気付いて、阿国はそうか、と微笑して振り向く。暮れ始めた外、俄に薄暗い背後の土間の小上がり。そこに腰掛けながら七緒が足の汚れを払っている。彼女が身動ぐ度に微かに揺蕩うその香りは、きっと阿国自身にも纏わっているだろうそれと同じはずだった。それは昼間、溢れる光と花と共にこの腕に抱いた彼女の温もりの残滓。愛しく、自らをも包み込んだ彼女からの贈り物だ。
    「今日は疲れたろう?湯殿があるようだから先に行っておいで」
    「はい、ありがとうございます。阿国さんは?」
    「わたしは支度がかかるから後で続くよ」
    「はーい」
     二人で宿の部屋に向かいながら軽く予定を交わす。折角の甘い香りを落としてしまうのは名残惜しかったが、花を集めることに夢中になっていたという七緒には砂汚れが多い。
    「それじゃあ、一足お先に行ってきます」
    「ああ、ゆっくりしておいで」
     そのまま支度をさせた七緒を送り出し、阿国もとりあえず化粧を落として風呂支度をする。下ろした長い髪をゆるく結い直し、着物を改めようと直垂から袖を引き抜いたが、その時ふと、何かが弾みにぽとりと零れて落ちた。
    「あ…」
    見下ろした先、畳に落ちたそれは野薔薇の一花だった。その白い小さな花は間違いない、昼間七緒が凌霄花と共に阿国に降らした花の一つだ。
    「入り込んでいたのか…。ふふ、まだ昼間のあれが続いていたのかな」
     拾い上げ、掌に乗せて眺める。鮮やかな橙色をした凌霄花の美しさに混じって、光に溶けるように清廉だったその花はどこか七緒を彷彿とさせた。そしてその向こう側に輝いていた、本物の彼女の笑顔を彩って更に魅せたそれらの花。甦る光景についやんわりと口許が緩んでしまう。
    「綺麗だったな…」
     噛み締めて、しかし今は支度の最中である。あまり遅れると七緒を一人待たせてしまうことになる。阿国は取り敢えず野薔薇を丁寧に懐紙に包んで荷物にしまうと、部屋を後にした。
     部屋を出る際、ちらりと見遣った鏡に写る顔はもう見慣れた夜の顔だったが、少しだらしがなく緩んでいた。


    「ふぅ…さっぱりしましたね」
     開け放った部屋の腰窓の縁にしどけなく腕を乗せ、湯殿から戻った七緒は夜風を浴びている。暑くも寒くもない外気は心地よく、彼女はしっとりと湿った長い髪を広げ、風に撫でられるまま晒している。無防備なそれを横目に、阿国は小さい薬壺を取り出すと、七緒、と呼んで傍に寄った。
    「さぁ、手を出して」
    「はい?」
    「茨で傷付いているだろう。薬を塗るから、ほら」
    「あ…」
     蓋を開けて満たされた軟膏を指に掬い、返事も待たず七緒の手を取る。彼女は大丈夫と言っていたが、触れればもちろん目視でさえも指先の荒れに阿国は気が付いていた。野薔薇は可憐だが、とかく棘が多い植物なのだ。嬉しかった気持ちが一旦は落ち着けば、次は心配になった。
    「痛くないか?」
    「はい、ありがとうございます」
     細く繊細な指に丁寧に塗り込みながら聞くと、七緒はすまなそうに眉を下げる。
    「私のために痛い思いをしてまで摘んでくれたことはもちろん嬉しい。けれど、折角綺麗な手なんだ。大事にしてほしい」
    「綺麗って…そんなこと言うの阿国さんだけですよ?薙刀の肉刺だってあるし、旅暮らしだと手入れもあまりできないし…」
     手を繋ぐのがたまに恥ずかしくなる、と気まずそうに目を逸らす七緒だが、阿国はそうではない、と首を振る。
    「一生懸命物事に向き合っている健気な良い手だ。何度も私を救ってくれたこの手が、私は一等好きなんだ」
     塗り終えて、腕を広げると七緒は呆れたように一息漏らし、背中を向けるとこちらに凭れてくる。阿国は頷きながらそれを受け止め、大事に腕の中に収めた。抱きしめる時、もう花ではない清潔な香りが微かに匂い立ち、同時に待ちわびたその重みに密かな微笑が漏れる。
    「…阿国さんは心配性です」
     大人しく抱かれながら七緒は呟く。
    「それはきっと君に対してのみだ」
    「実はちょっと申し訳なく思ってるんですよ?」
    「性分だ。許してほしい。なにせ君を案じるのはもう私の癖みたいなものだから。昔から君はお転婆だったから、私はこれまで何度も肝を冷やされているんだ」
    「ええ?そうなんですか?」
     がばっと振り返って腑に落ちないように食いついてきた七緒の顔は近い。抱きしめているのだから当然なのだが、しかし彼女に特に照らいは見えない。
     これは時折気付くことだが、いつからかお互いこういう寄り添う行為に対する恥じらいが薄らいでいる。それほどもう長い時間を共にしているのだと思うと、阿国の胸にはいつも言いようのない感慨が溢れてくるのだ。特に昼間のように、彼女をなお姫と呼んでいた幼少からの思い出を振り返っていた今日は、それがひとしおだった。彼女と同じ時を共に過ごし、同じ景色を見る現在──阿国にとっては奇跡のような巡り合わせ。
    「…覚えているか?昔の君は今日のように、木や屋根の上といった高い所に登るのが好きな姫だった」
    「ええと…まぁ、なんとなく…」
     七緒は顔を逸らすと罰悪そうに空笑いする。
    「共に遊んでいる時も幾度かそんなことがあって、その度に私は君を止めていた気がするな」
    「う…すみません」
     小さく唸っていよいよ体勢を戻すと、こてん、と後頭を阿国の肩口に預けてくる。阿国は小さく笑って自身も同じように彼女に頭を寄せた。しっとり冷えた艶やかな髪が頬に気持ち良い。
    「いいや、楽しい思い出だ。…そう、一度だけ私の目を盗んで君が木の上に隠れたことがあったんだ」
    「はい…」
     もう勘弁してくれと言わんばかりに苦い顔をする彼女を、あの頃のようにただ可愛いと思う。
    「君を探していたら、高い木の根本に小さな草履が落ちていて、怪訝に思っていたら木の上から君が顔を出した。あれには驚いたっけ」
    「…それ、本当に昼間の私じゃないですか」
    「ああ、だから懐かしかった」
     くすくすと笑う。
    「そんな風に一緒にたくさん遊んで驚かされて、でも私はいつも楽しくて…」
    「阿国さん…」
     身体を抱えたまま慈しむように頭を撫でてやれば、七緒は微睡むように目を細める。阿国はちらと垣間見える幼い横顔にあの頃を想い、しかし互いに大人になった身体を見下ろせば、時の移ろいもまた実感する。満面の笑顔で飛び込んでくる彼女を身体一杯で抱き止めていたあの頃とは違い、その腕はもう彼女を抱え込むにも容易い。
    「幼い頃から間は空いたけれど、それでもやはり君は変わらなかったから、今も楽しくて──そして心配だ」
     彼女を想えば想うほど胸の奥からじわじわと溢れる暖かな気持ちがくすぐったくて、阿国は誤魔化すように撫でていた手で軽く七緒の頬をつねる。すると七緒はわっ、とむずがるように顔を振ってすぐ手を振りほどくと、少し身体を離してまた振り返ってきた。その見上げてくる瞳は少し挑発的で、しかしやはり可愛らしい。
    「じゃあ…それは阿国さんも昔から変わっていないってことですね?」
    「え?」
     和みつつも意外な返しに小首を傾げると、七緒はふふん、と笑う。
    「だって、昔から優しくていつも私が心配でって、今と同じです」
    「なるほど」
     つられて、つい納得してしまう。しかし阿国としては昔から変わっていない、なんてことは決してないと思っている。実際ありとあらゆるものが昔と今では違ってしまっているのだから。──だが、ものは言いようなのだろう。結局周りの環境や互いの境遇がどうなろうと、いつでもずっと彼女という存在が大切で愛しいことだけは確かに変わりない。離れていた間でさえ彼女の面影は常に心の奥底にあったのだから。──だからこそ、今改めて痛感する。
    「…君が好きだ」
    「え?」
     七緒の頬から髪へ、指でさらりとなぞって梳かす。
    「本当に、私は君を好いているようだ」
    「──…」
     七緒にとってみれば脈略はなかろう。きょとんとしたあと、今日やっととびきりの赤面を見せてくれる。愛おしさがまた溢れる。
    「──七緒…」
     引き寄せられるように彼女の花のような唇へ顔を寄せていく。
    「あ…──ま、まってくださいっ!阿国さん!」
     しかし、どうしたことか触れる直前でいきなりそれは阻止される。口許に押し当てられた七緒の手からは、先程手ずから塗った軟膏の苦い匂いがした。
    「…そんな気分ではなかった?」
     くぐもった声で少し拗ねてみせれば、七緒は染まった頬のまま大きく首を振る。
    「ち、違うんです…!そうじゃなくて、その…今日は阿国さんが誕生日なわけで…」
     しどろもどろに慌てて、目線を左右させながら七緒はそろそろと口許を開放してくれる。そして俯きがちに何故か完全に身体を離すと、こちらに向かって正座をした。いきなり遠のいた恋しい温もりに阿国は少し淋しさを覚える。
    「私の誕生日?まだ何かあったのか?」
    「ええと…何かといえば何かなんですけど、形があるかと言われればそうじゃないというか…」
    「よく分からない」
     七緒にしては珍しく歯切れの悪い言い方に阿国は怪訝とする。誕生日という行事が相手の生まれを祝福するものだというのなら、昼間にもう十分して貰ったが、まだ何をそんなに躊躇うことがあるのだろうか。俯きがちのまま赤面も変わらない七緒の答えを、阿国はただ待つ。しかし、やがて意を決したように七緒が顔を上げるまでは幾らもかからなかっただろうか、顔色は変わらないまま、こちらの目をじっと見てきた。
    「…あの、じゃあ…少し、目を閉じてくれませんか?」
    「目?…分かった」
     それはどうやら、やはりまだ何かあるのだろうと察して阿国は大人しく従う。阿国の気分としてはもう誕生日は胸一杯に満足だったが、こうなればとことん彼女のしたいように身を任せてしまおう、と観念した。何よりそうしなければ、愛しい彼女の温もりを再びこの腕に迎え入れることは叶わなそうだったから。
     虫の声が混じる静かな暗闇の中、鋭敏になった阿国の耳に、大きく深呼吸をする七緒の息遣いが聞こえる。こちらに向かってくる畳が僅かに軋む音、衣擦れの音、肩から垂れたのだろう、湿って少し重たい髪が足の甲に当たるひやりとした感触。すぐ間近に感じる体温と鼻に馴染んだ香りに和やかな幸せを感じていると、密やかな声と共に柔らかく甘いものが唇に触れた。
    「私も好きです──」
     その瞬間、今許された感覚の全てが一気に七緒に集中して、阿国は息を飲む。目を開けると視界一杯に広がったはにかんだ微笑みに最後の感覚まで奪われ、言葉を失ってしまう。
    「改めて…お誕生日おめでとうございます、阿国さん」
     幸せに幸せを重ねた贈り物だと思った。
    「ふふ、これくらいしか出来ないのは申し訳ないんですけど、今日くらいは私からしたくて」
     七緒はそう言うが、今日一日。この幸せは幾重にも重ねられて阿国に贈られた。いや、今日だけではなく、彼女と共に過ごす日々の全てが幸せに満ち、それは折り重なって阿国の宝物になっていく。過去も現在も、未来も全てが繋がり、幾久しくそうあれば、これ以上最上の人生などないだろうと確信が持てるほどの多幸感。
    ──花よりも、光よりも。
     眩しくて、綺麗で、大切で、何より愛しくて。阿国は七緒を抱き締める。
    「ありがとう──君は私を驚かせる天才だ」
    「喜んでもらえて何よりです」
     甘えるように首元に顔を擦り寄せながらも得意気な七緒に、阿国は感動の涙よりも先に笑ってしまう。それすらも幸せだと思える。
    「今宵はもう、何度言っても足りない。君が好きだと、愛していると何度でも伝えたい。──七緒、君を愛しているんだ」
    「阿国さん…」
     阿国の拘束を緩めるように七緒はもぞもぞと身じろいで、腕だけを自由にすると、それを目一杯広げてみせる。
    「どうぞ、存分に愛してください」
     そこに艶っぽさはない。むしろ子供っぽささえあったが、潔い言葉とは裏腹に真っ赤になっている頬が可愛らしくて面白かった。
     首に腕を回してぎゅっと抱きついてくる七緒を受け止めながら、こんな幸せが毎年訪れるのなら誕生日というものは確かに楽しみなものだろう、と阿国はやっと納得する。
     今日という日の最後に贈られた至上の贈り物──阿国はそれを大切に抱えた。

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