海の上に立っている 喩えるならば、鳥が海へと落とした橘の実だ。
金茶の袖が潮風にはためくのを器用に捌きつつ、濃紺の袴を軽やかに膨らませ、床板を軋ませて船の欄干に降り立ったその動き。
甘やかな顔付きと平素の書生じみた様からは似合わない、隆景の躊躇いがなく勢いがある着地を陸より眺めながら、官兵衛は彼には珍しく心中でそのように詩的に形容した。
雲をすっかり取り払った空、その青を写し取り凝縮させた海。
それらを背にすると、ややくすんだ金の髪は鮮やかに彼の姿を切り取って強調する。
本の虫を公言して憚らず、政の場以外では穏やかな青年といった体の彼の姿が海の上ではこうも存在感が増すのは、おそらくは卓越した水軍の指揮官としてのあり方故だろう。
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