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    千ゲWebオンリー『Z=1441』お題企画参加です!
    お題「いいお尻の日」
    ゲンに膝の上に座られてからゲンの尻のことが頭から離れなくなる千空の話。
    #Z1441千ゲお題

    リフレイン ゲンはめったに酒を飲まない。
     ヤツは人心をまとめるメンタリストのため飲みの席の雑談も仕事中のようなものなので、そこで脳を鈍らせるのが嫌なのだろう。
     だがその日は作業が大きな一段落を迎え、心地よい解放感があった。千空が「たまにはテメーもどうだ」と勧めたせいもあっただろう。
     ゲンはめずらしく酒を飲み、それを喜んだ周りの連中が次々にゲンに酒を注ぎ、気がつけば立派な酔っ払いが出来上がっていた。
    「ウェイウェーイ! ゲン、思ったよりイケるクチじゃーん!」
     盃を持ってあっちこっちのグループをふらふら渡り歩いていたゲンに、陽が徳利を持って近づき、酒を注ぐ。
     そのすぐ近くの地べたに座って飲んでいた千空は、そろそろ止めてやるべきだろうかと考えながらゲンの後ろ姿を見上げた。
    「バイヤー! 俺ホントはコーラ専門なのになぁ」
     ゲンはまんざらでもない声で言い、後ろも見ずにその場で腰を下ろそうとした。
     だが、そこにはすでに千空が座っている。酔っ払いのゲンは、あぐらをかいた千空の膝の上に腰を落とした。
    「あれぇ、千空ちゃんじゃん?」
    「あれぇじゃねぇよ、この酔っ払い」
     首をひねって赤い顔で振り返ったゲンに、千空は渋く眉を寄せた。
    「ギャハハ! ゲン、千空の上に座ってやんの! ウケるわ!」
     こちらも酔っ払いの陽がゲラゲラ笑っている。つられるようにゲンも笑いながら、また盃に口をつけた。……こいつ、なんで人の上に座ったまま普通に酒飲んでんだ。
    「どんだけ飲んだんだよ」
    「えー、どーだろ? みんなが注いでくれるから、結構いっぱい」
    「認識ふわふわじゃねぇか。そろそろ水にしとけ」
     千空は、酒の合間に飲んでいた自分の水のコップをゲンに渡す。……いや俺も、なんでゲンを膝に乗せたまま普通に会話してんだ。
     早くどけと言って押しのければいいのだが、なぜかそうしなかった。ヒョロガリ仲間とはいえ、ゲンも普通に男なので普通に重いし、千空には男とこんな距離で接する趣味はない。
     ――そのはずなのに、なぜかゲンを膝から下ろすのがためらわれた。ふとももで感じるゲンの尻の感触を享受し続ける。
    (こいつ、尻の肉薄いな。ちーと骨が刺さりやがる。それに尻ちっせぇ。普通に座ってて接地面積これだけかよ。……けど、じんわりあったけーな)
    「千空ちゃんは、お酒強いよねぇ」
     ゲンが千空の膝の上に乗ったまま話しかけてくる。
    「まあ、ALDH2活性型ではあるな」
    「え、何?」
    「アセトアルデヒド分解酵素がガッツリ活性してるタイプってこった。テメーも不活性型じゃなさそうだが、そこまで強くもねーだろ。勧められるまま飲みすぎんなよ」
    「未成年が生意気~」
    「おっ、そーだ千空、未成年じゃん タイホすんぞー」
     便乗して絡んでくる陽を、千空は鼻で笑った。
    「こちとら3700歳超えてんだよ。元々、飲酒可能年齢なんて国によって違ったしな。法律も国籍も滅んだストーンワールドで未成年もクソもねーわ」
    「確かにな! んじゃ飲め飲め!」
     陽は簡単に手のひらを返して千空の盃に酒を注いでくる。
     千空の膝の上にゲンが乗っていることをこの場の酔っ払いたちは皆普通に受け入れ始めていたが、通りがかりの羽京が「えっ」と声をあげてこちらを見た。
    「ゲン、なんで千空の上に乗ってるの?」
    「あー羽京ちゃんだぁ。なんかね、俺が座った場所に千空ちゃんがいたの」
    「酔ってるなぁ。それなら早くどいてあげなよ」
     羽京が手を差し伸べ、ゲンを立ち上がらせる。ふとももにかかっていた重みと尻の感触が消え、なぜか――奇妙な喪失感が千空の中に広がった。
    「?」
     なぜそんな感覚に陥るのかわからず、千空は思わず自分の胸元を押さえて首を傾げる。
     心理分析の類は得手ではない。その道のプロであるはずの男は今は使い物にならない酔っ払いで、羽京に「水飲んでもう寝な」と言われて連行されていった。
     千空は、さっきまでゲンが座っていた膝が妙にスースーするのを感じながら、ゲンの重みと尻の感触を反芻し続けた。
     その夜は千空も少し、酒を過ごした。


     紫色の羽織は、たくさんのマジックの仕込みと一緒にゲンの体型をふんわり覆い隠している。
     その服の上からでは形がよくわからないゲンの尻を、千空は食い入るようにじっと見つめた。
     酔ったゲンに膝の上に座られて以来、千空の頭からなぜかゲンの尻の感触が消えてくれなかった。ふとしたときに、ゲンの尻の薄い肉の感触と骨の感触、重さと温かさを思い出してしまう。なんでだよ、と自分でも思うが、耳に残る歌のフレーズが頭の中でリフレインしてしまうように、ふとももに受けたゲンの尻の感触を何度も反芻し続けている。
    「千空ちゃん? 俺の後ろに何かついてる?」
     千空の視線に気づいたゲンが、首をひねって自分の腰の辺りを見た。
    「別になんもついてねーよ」
    「でも今、ゴイスー見てなかった?」
    「……別に」
    「っていうか千空ちゃん、ここ数日ちょーっと変じゃない? 休憩時間のたびに心ここにあらずな顔してるよ? 何考えてるの?」
     テメーの尻のことだ、とは言えず、千空はもう一度「別に」と低い声で言った。
     千空はラボで諸々の設計図を書き、ゲンはその隣で棚の整理をしてくれていた。ラボの棚には危険な薬品も多いので、よく知らない者が迂闊に触るのは禁じているが、ゲンは科学はよくわかっていないものの物覚えが異様にいいので、それぞれの適切な扱いを心得ていて安心して任せられる。ゲンと二人の空間は普段なら気楽で心地いいはずなのに、尻のリフレインのせいで今日は妙に気まずい。
    「……なあ、メンタリスト先生よ。一つの事象が妙に頭から離れなくなるのって、どういう心理状況だ?」
    「うん? 懸案事項とか不安事項とかじゃなくてってことだよね?」
    「」
    「うーん、質問が漠然としすぎててよくわかんないけど……その事象を思い浮かべると、心地いい気分になるの? それとも嫌な気分になるの?」
    「嫌な気分にはならねぇが……」
     肉が薄くて小さな尻。それに乗っかられてうぜぇとか気持ちわりぃとか思ってもいいはずなのに、まったくそうは思わなかった。むしろ、どかれてしまったときには喪失感めいたものを感じた。
    「……まあ、心地いい、寄りなのかもな……?」
    「じゃあ快楽の反芻のためじゃない?」
    「?」
    「思い浮かべると心地いい何かのことが頭から離れないんでしょ? その事象に接したときに感じる快楽……気持ちよさでも愛しさでも楽しさでもドキドキ感や満足感でもなんでもいいんだけど、とにかくそういうなんらかの快楽を脳が反芻したがって、何度も思い出しちゃうんじゃない?」
     俺が、ゲンの尻に、快楽を?
    「いや……快楽の反芻ならこんなもやもやしねぇだろ」
    「あ、もやもやもしてるんだ? じゃあ欲求不満もミックスかな。なんらかの快楽を引き起こす事象だけど、現状それは自分のものじゃなくて自由にはならないから、欲求不満もあって頭から離れない……とか?」
     ……俺が、ゲンの尻に乗っかられることに快楽を覚え、だがゲンの尻は自分のものではないから(当たり前だ)欲求不満を感じている?
    「まあ、なんらかの科学事象のことを言ってるんだったら俺にはよくわかんないけど、それだって千空ちゃんにとって唆る科学事象だけど解明しきってない部分があって頭から離れない~とかで当てはまるんじゃない?」
     科学事象ではなく、ゲンの尻である。
     額を押さえた千空を、ゲンは心配そうな顔になってのぞきこんだ。
    「ジーマーで大丈夫? そんなに悩んでるんだったら、もうちょっと具体的に相談してよ」
     千空は小さくうなり、ゲンに向かって顎をしゃくった。
    「ちーと、後ろ向け」
    「えっ?」
    「いいから」
     ゲンは不思議そうにしながらも、素直に千空に背を――尻を向けた。
     千空はもう、確かめないわけにはいかなかった。
     ゲンの腰に両腕を回し、力任せに自分の方へ引き寄せる。
    「う、わっ!」
     トスン、とゲンの尻が千空の膝の上に落ちた。
    「せ、千空ちゃん……?」
     ゲンが動揺した声で呼ぶ。
     千空は、ふとももの上にかかる重みと、ゲンの薄い尻の感触をじっと味わった。
    「っ――――…………」
     ゲンをもう一度膝に乗せて、自分の感情を見つめ、ようやく理解した。なるほど、快楽の反芻と、欲求不満。
     ゲンの分析は間違っていない。間違っていたのは、千空が認識していた対象物だ。
     別に、ゲンの尻の感触自体に快楽を見出しているわけではない。今、ゲンに乗っかられて千空は確かになんらかの快楽を――ゲンがさっき挙げた快楽の種類の中では多分、愛しさってのが一番近い――を感じていたが、それをもたらしているのは薄い尻の肉ではなく、ゲンの存在そのものだ。
     ゲンの存在が自分の上に乗っかってきて、なんだか、これが、自分のものだったらいいのになという気分になったのだ。
    「あー……そういうこと? ジーマーで?」
     ゲンが困惑しつつもすべてを理解したように言う。
    「……クソ」
     千空はやけくそに、ゲンの腹にきつく腕を巻きつけてその肩に顔を埋めた。
     ゲンの存在を、強く感じる。
    「千空ちゃん、どう?」
    「……重い。ケツ骨が刺さってきてイテェ」
    「なのに、頭から離れなかったんだ? あの日は酔っ払って乗っかっちゃってメンゴね」
     ゲンの手が、しがみついている千空の腕を撫でた。
    「どうしますお客さん。コレ、いつでも触ってオッケーな自分のものにしちゃえば、日常生活に支障をきたす脳内反芻は止むと思いますけど?」
     顔を上げると、ゲンが首をひねって千空を振り返り、はにかみながら悪戯っぽく笑った。
     おもしろがられて遊ばれているような気がして、千空は拗ねたように口を尖らせる。
    「……んだよ、売ってんのかよ」
    「千空ちゃんにだけね。千空ちゃんにだけ、今なら大特価で、チューひとつであさぎりゲンをプレゼント!」
    「お安いこって」
     千空はゲンの片側だけ長い横髪に指を絡めて軽く引き、下からすくい上げるようにその唇をさらう。
     ふとももの上で、ゲンの尻がもぞりと動く感触がした。


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