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    えむえむ

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    えむえむ

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    雨の日、両片思いな沖永

    コンビニで買ったビニール傘を差し家路を急ぐ中で、花屋の軒下にいる永井に気付いたのは本当に偶然だった。
    プライベートでも会いたいがためについに幻覚を見るようになったかとも思ったが、知らず知らず足は花屋へと向かう。
    今から誰かと待ち合わせ、せっかくの休日の昼だしそんなところだろう。
    けれど花屋って場所と、いつも快活な表情が曇っていることが気にかかり声を掛けずにはいられなかった。
    「永井?」
    雨音に掻き消されないよう大きめに声を掛けると、弾かれたようにこちらを見た永井は口をぽかんと開けた。さりげなく頭からつま先までを眺める。
    永井の赤いシャツはまだらに濃さが変わり、髪も湿っていた。少しだけ濡れたようで幻覚じゃなさそうだ。
    「えっ、沖田さん?」
    「たまたま通りかかったら永井がいたからさ、びっくりしたよ」
    「俺もっすよ!出掛けるとこっすか?」
    「いや、昼飯買って帰るとこ」
    コンビニで買った袋を掲げて見せる。
    「永井は待ち合わせ?」
    「久々に地元の友達と会うことになってて駅行くとこなんすけど。いきなり雨降ってきちゃって。結構な時間止まないからコンビニまで走るか迷ってたんすよ」
    永井の口から出た友達と、というワードにほっとしつつも合点がいった。
    ちょうど沖田がコンビニに入った時間、それまで快晴だった空が一気に曇り急に土砂降りの雨になったのだ。場所が場所だけに傘を買えたので濡れずに済んだが、そうじゃなければ永井と同じように途方に暮れていただろう。
    この辺りには団地と花屋しかない。
    急遽雨宿りするために仕方なくこの花屋を選んだというわけか。
    最も、沖田なら自宅まで走れるが、今から友人に会うという永井がこれ以上濡れたくないのは当然だ。
    「急に降ってきたもんなあ。待ち合わせの時間は大丈夫なのか?」
    「友達には連絡ついたんでそこは大丈夫っす。でもあんま待たせても悪いなと思って。花屋の人にも悪いし」
    そこまで言うと永井は八の字眉になり頭を搔く。開いたままの傘を永井の方へと差し出した。
    「これ使いな、俺の家近いから」
    大粒の雨が顔と体にかかる。途端に体が冷える気がしたが永井のためならなんでもない。それに訓練中突然雨に降られることは慣れている。
    「そんな、ダメです!使えないっす」
    永井は受け取らず激しく首を横に振る。無理やり傘を押し戻された。
    「沖田さんが濡れちゃうし絶対ダメっすよ」
    「俺は帰るだけだからいいの。友達と会うのに濡れてたら困るだろ?」
    「でも」
    渋面を浮かべ頑なに傘を受け取ろうとしない永井に溜息を吐く。予想はついていたものの、このバディはこういうところは頑固だ。
    頭に浮かんでいる手段を実行するべきか迷う。
    嫌だと一蹴されれば帰宅後に密かに泣いてしまうかもしれないが、提案するくらいいいだろうと数秒で結論付けた。軽い口調で尋ねてみる。
    「じゃあコンビニまで一緒に行くか?」
    「へ?」
    「傘、一緒に入らないか?コンビニまで行って永井の傘を買えばいいだろ?」
    永井を残し沖田だけで傘を買ってきてやれば済む話だが、またとない機会を逃したくない気持ちが勝った。
    「……いいんすか?だって沖田さんは家に」
    「永井が嫌じゃなければ。暇なんだからそのくらい付き合うぞ」
    「えっと……じゃあ……お願いします」
    あっさり首を縦に振りあらたまってお辞儀をした永井に沖田は目を丸くした。
    男二人で、上官といわば相合傘状態になるというのに。急いでいるし背に腹はかえられないと思ったのかもしれない。
    ともかくスムーズにことが進んだ事実に感動した。嬉しくて弾む気持ちを抑えながらなるべく紳士的に促す。
    「じゃあどうぞ」
    軽く背を叩けば永井はおずおずと傘の中に入ってきた。
    「ちょっと狭いけどごめんな」
    そう言って左足から歩き出す。
    誤算だったのは予想以上に緊張したことだ。課業中にこの程度近付くこともあるというのに、私服姿の永井と歩いていればデートでもしている気になってくる。跳ねる心臓の鼓動がうるさい。
    それを誤魔化すように視線をさまよわせたとき、傘からはみ出ていた永井の肩に気付いた。
    容赦なく肩を濡らしていく雨。永井は何も言わないがきっと冷たいはずだ。
    ……気持ち悪いだろうか。いや、でも。
    一瞬躊躇ったが体が勝手に動いた。
    濡れている肩に手を伸ばし体を僅かに傘の中に引き寄せる。
    「肩、濡れてるぞ」
    必然的に先程よりも近付く距離。永井の顔も体もすぐ側にくる。
    雨の匂いと共に鼻腔をくすぐる永井の匂いに頭がくらくらする。
    永井は小さく礼を言っただけで拒否する様子はなかった。
    安堵で吐き出しそうな息をそのままなんの変哲もない会話に変える。
    静かな空間だと緊張していることがばれてしまいそうで怖かった。
    それでも足だけはいつもより歩幅を狭くしたのは、十分もあれば到着する距離をなるべくゆっくり歩きたいからだ。
    緊張でどうしようもないくせに、ずっとこのままでいられたらいいと思う相反する想いを抱えて、肩にそっと力を込めた。



    手を振って元来た道を歩き出した沖田の後ろ姿に何度も礼を言いながら、彼の肩と腕が濡れていることに気付く。
    永井は胸が熱くなり眉根を寄せた。
    心臓がもの凄い音を立てているから、慌てて声を掛けようにもなんて言えばいいのかも分からないのに何か伝えたくてたまらない。
    身を呈して濡らさないように守ってくれていた優しさに唇を噛む。
    今何か言えば好きですなんて口走ってしまいそうで何も言えず立ち尽くしていれば、あっという間に沖田は見えなくなってしまった。
    急に体の力が抜けた。両手で顔を覆いコンビニの軒下にしゃがみこむ。
    ……相合傘、したんだ。
    沖田さんと。好きな、ひとと。
    肩を抱かれたのが泣きそうなくらい嬉しかったなんて、この時間が続いてほしくてなるべくゆっくり歩いていたなんて、決して言えやしない。
    まともに動けるようになるまでの数分、先程までの出来事が頭を巡り、永井は忙しなく表情筋を動かした。

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