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    えむえむ

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    えむえむ

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    曲のフル聞いたときにずっと浮かんでた沖永

    Way Back Home「俺、このベッドの方が落ち着きます」
    体を横にしたまま、くりくりした目でそう笑いかける永井の茶色い髪を撫でた。汗だくだった額はもう乾いている。
    エアコンのおかげだろうか。たしかに涼しいが冷えるかも、掛け布団を引き上げ剥き出しだった二人分の肩を隠す。
    「営内よりは快適だろうな。あのベッドよりは広いし二段でもないし」
    永井の居室のベッドは狭くて古い二段ベッドだ。過ごしやすいように、という理由とこれから先のことも少し考えシングルからダブルに買い直したのは、多分正解だった。
    「や、もちろんそれもありますけど。沖田さん家の空気感とか香りとかそういうのも込みで安心するんすよね」
    「それは光栄だな」
    「実家とは違うけどなんか俺の家にいるみたいっていうか……あ、でも沖田さん家なのに偉そうっすよね、すみません」
    「いや、すごく嬉しいよ」
    そんな風に思ってくれているなんて。口元が綻ぶ。初めて自宅に呼んだ日の、終始背筋を伸ばし緊張していた姿からは想像できなかった台詞だ。
    嬉しくて布団の中で永井を抱き締めると、温かい体同士が密着する感触に溜息が漏れる。なにも纏わない皮膚と皮膚が隙間なく触れるとき、全てが満たされる気がする。
    ……今ならいいかもしれない。
    「ちょっと待ってて」
    腕を解き、部屋の隅にあるデスクに向かう。引き出しを開け、タイミングに迷いずっと渡せなかったそれを握ると再び布団に潜った。裸だと少々格好がつかないが仕方がない。
    掌を開き永井に差し出した。
    「合鍵。永井が持っててくれないか」
    「えっ?っと、えっ?」
    「自由に出入りしてくれて構わない。俺がいないときも届け出して泊まりに来ても大丈夫だ。部屋、散らかってるかも知れないけど」
    「えっ、悪いっすよ!こんな大事なもの!」
    永井は顔を赤くし、手の上の鍵とこちらの顔を交互に見ている。
    戸惑ってはいるが嫌がられているわけではなさそうだと判断し言葉を返す。
    「ずっと渡そうと思ってたんだ。迷惑じゃなければ持っててくれないかな」
    「迷惑とか、全然。でも本当にいいのかなって」
    「よくなきゃ渡さないぞ。俺、週末午前中急に呼び出されるときあるだろ?永井に予定変更させるのも待たせるのも悪くてな。できたら家で待っててくれたら嬉しいんだ」
    ようやく遠慮がちに頷いた永井の表情が緩んだ。
    予想はしていたが気を遣う永井にはこのくらい押さないとダメだったらしい。なんにせよ良かったとほっとして本音を紡ぐ。
    「まあでも本当は、帰宅したら永井がいる幸せを味わってみたいって気持ちがほとんどなんだけどな。独身生活長いからさ、おかえりって言われてみたいな、なんてな」
    永井は目を瞬かせ静かに言った。
    「実は俺も沖田さん家で待つの、憧れでした」
    ああもう、可愛いことを言ってくれるんだから。胸がきゅうと音を立てた。
    照れて鼻を擦る永井に鍵を渡して数秒後、眼前の顔が鍵を持ったまま難しい表情に変わる。
    「あ……えっと、でも」
    「どうした?」
    「めちゃくちゃ大事なものっすよね。営内で絶対なくさないようにしないと……んー……」
    言ったきり眉間に皺を寄せ黙ってしまった。難しく考えているのだろうか、大丈夫だと声を掛けようか迷っていた矢先、永井は頭を下げ鍵をこちらに差し出した。
    「受け取るの、キーケースとかそういうの準備してからにしたいです。火曜から輸送訓練じゃないっすか。営内にいないし紛失が不安で」
    「じゃあ、来週キーケースを買いに行こうか。そのときにあらためて渡すよ」
    「いいんすか?!ありがとうございます!」
    晴れやかな顔になった永井を見るに今度こそ懸念事項はなくなったようだった。
    ベッド上部へ手を伸ばし、永井から返された合鍵を無造作にヘッドボードに載せた。
    そうして永井の頬を両手で挟み、額にキスを落とす。
    「来週が楽しみだ」
    「俺も、です」
    お返しとばかりに軽く唇が押し当てられた。すぐに離れようとするそれに舌を差し入れこじ開ける。逃げ腰の舌を捕え絡めると、永井は観念したのかされるがまま受け入れながら、背に手を回した。
    満足いくまで口内を味わい少しだけ顎を引く。形のいい口の端から垂れた唾液を指で拭ってやっていれば、永井が首元に顔を擦り付けた。
    無意識なのかもしれないが、帰営時間が迫ると永井はいつもより甘えてくる。寂しいとは決して言わないところがいじらしくて愛しい。
    「もし……もしあと九年経って、俺が三十なって、それでもこういう風に付き合えてたら」
    「うん」
    「沖田さんと一緒に暮らしたいです」
    「永井さえよければ、最初からそのつもりだ」
    回された腕に力が篭もる。
    「いつまでもずっと大好きだからな」
    熱い体をきつく抱き締め返した。




    焦げ臭い匂いがする中で、永井の泣きじゃくる声が絶え間なく聞こえていた。
    永井の元に走り、直後、地面に叩きつけられたところまでは覚えている。
    後はなにがどうなったのか分からない。永井の様子から自分が大怪我をしているらしいことだけは理解した。視界は真っ暗でなにも見えない。
    どうにか体を動かそうとするものの、まるで木になってしまったように全身が重く言うことをきかなかった。不思議と痛みはなかったが腹も背もひどく熱い。
    時折勝手に口から出てくる液体は鉄の味だ。なんだかひどく息苦しい。
    不意に死を意識した。
    ……俺、死ぬのかもしれない。
    自衛官という職業柄、死はいつも頭の片隅にあった。ただそれは基本的に危険な訓練や有事の際だと思っていた。ただの輸送訓練で、まさか自分がそうなるかもしれないなんて、ほんの数時間前まで思いもしていなかった。
    「沖田さん……っ」
    震える声と一緒に生温い液体がぽつりぽつり降ってくる。永井はずっと泣いている。
    行き場のない怒りと悲しみ、後悔とがないまぜになって胸を締め付ける。
    ……死にたくない。
    唇を必死に動かすけれど自分のものとは思えない呻きが漏れるだけだ。
    死にたくない。生きていたい。まだまだやりたいことが山のようにある。
    それに二日前約束したばかりだ。合鍵だって渡せてない。永井と一緒に暮らす夢だって話したじゃないか。
    じわじわ襲ってくる眠気に抗うように心で呟く。
    ……死にたくない。
    泣く永井を残して死ぬわけにはいかない。生きなければ。なにがなんでも。
    自分自身を叱咤するがそれでも眠気は容赦なく押し寄せてくる。走馬灯だろうか、幼い頃から先程までの出来事が黒かったはずの視界に鮮やかに流れてくる。
    揺れて落下するヘリの中で、永井に覆いかぶさった瞬間が急に蘇った。震える体をなにがなんでも守りたかった。永井の命を救えたことだけは後悔していないと言いきれる。
    永井はきっと優秀な自衛官になる。曹になり幹部になり、レンジャーだって目指せるだろう。そんな永井がバディであり恋人であることは誇りだった。
    だからこれからも傍にいて成長を見たかった。恋人として笑って話して抱き合って、いつか同じ場所に帰りたかった。
    そう願いながら、それが叶わないことにも気付いていた。眠気は強烈だった。ほとんどなにも考えられなくなるくらいに、抗えそうになかった。
    ……死にたく、なかったな。
    永井の泣き声が遠ざかる。
    永井、永井。なあ、ごめん。こんな最期になったけど、幸せだったから。
    眠気に呑み込まれていく中で、永井、と呟いた。





    「……えっ?」
    幹部室のデスクに残っていた沖田は、何気なく開けた引き出しの隅を見て小さく声を上げた。
    急いで小さなそれを掴み、見覚えのあるそれを掌の上でいろんな角度から形状を確かめる。
    間違いない。それはどこからどう見ても、数ヶ月前まで住んでいた官舎の合鍵だった。
    退去時に合鍵含めて全て返却済みで、ここにあるはずのないものだ。
    どうしてここに?眉を顰める。
    ……それにどうしてこんなに錆びてるんだ?
    元々銀色だった鍵は赤茶に錆び、ひどく古ぼけたように見える。まるで何十年も、否、それ以上も前のもののようだった。
    ……まあ、官舎の鍵なんてどれもほとんど同じに見えるしな。
    きっと昔官舎に住んでいた隊員が置き忘れたもので、自分のものだった可能性は低いだろう。今まで気付かなかっただけで、ずっと引き出しに入っていたに違いなかった。
    そう納得すれば疑問はすぐに消え失せる。
    なんにせよ、近いうちに官舎の管理人に持っていった方がよさそうだ。
    そのとき、胸の携帯が震えて止まった。
    多分永井だなと鍵をズボンのポケットに押し込み携帯を開く。案の定、永井から、絵文字混じりで帰宅したという旨の連絡が来ていた。
    ……今日は永井が早かったか。
    途端に早く帰りたくなり苦笑する。仕方ない。愛する恋人からの連絡には弱い。
    業務は明日に回せるものだからいいかな、理由をつけ、散らかっていたデスクの上の書類を片付けにかかった。

    街灯が照らす道を足早に歩き自宅のマンションが見えてきた頃、ポケットに入れっぱなしの鍵がふと気に掛かった。
    歩きながら取り出してみる。
    ……いつのものなんだろうか。
    もう使われていない部屋のものかもしれなかった。駐屯地に隣接された官舎は古く、ガタがきている部屋も多い。こう古い鍵だと部屋自体がダメになっている可能性もある。
    指で摘んだ鍵をぼんやり眺めていると、無性に、今すぐ永井に会いたくなった。
    毎日顔を合わせている上、もうすぐ会えるというのに。一刻も早く帰りたくて笑顔を見たくてたまらなくなった。
    鍵を再びポケットにしまうと、道路をできる限りのスピードで駆けた。

    息をきらし自宅のドアを開ける。
    「ただいま」
    入ってすぐあがりかまちに立っていた永井に抱きつけば、少々驚いた様子で
    「おかえりなさい」
    と返してくれた。
    抱き締め返される幸福感になぜだか涙が出そうになって、沖田はごまかすみたいに鼻を啜り、笑った。

    終わり
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