ミタロイ生存ifだよやったね宇宙歴四九九年、帝国暦五九〇年。ロイエンタールは、戦場において己の運命を決したはずであった。内乱の炎に身を投じ、帝国の秩序を揺るがす反逆者として、その最期を迎えることは避け難いと覚悟していた。だが、致命の刃を受けたその瞬間、彼の意識は深淵へと落ちていくはずでありながら、なおも細い糸のように命脈をつなぎ留められていた。
昏い天幕の下、彼が再び眼を開けたとき、そこは戦場の冷たい大地ではなく、軍病院の静寂であった。胸の奥には焼けつくような痛みが残り、右の脇腹から背にかけて重い包帯が巻かれている。そのことが何を意味するか、ロイエンタールは直ちに理解した。己は、死すべき場所で生かされたのだ、と。
彼の矜持は烈火の如く燃え、己を苛んだ。敗北の果てに生を受けることは、誇り高き軍人の在り方を辱めるものに他ならぬ。なぜ死を許されなかったのか。なぜ、この身はまだ温もりを帯びているのか。彼は唇を噛み、吐き出すように呻いた。
「……無様だな、これでは。」
声は掠れ、己の耳にも弱々しく響いた。そのとき、傍らから鋭くも温かい声が答えた。
「無様などではない。お前が生きている、それが何よりの事実だ。」
ロイエンタールはゆるやかに首を巡らせた。そこにいたのは、盟友にして宿命の双璧、ミッターマイヤーであった。彼の瞳は深く、燃え立つような激情を押し殺しながらも、なお揺らがぬ誠実を映していた。
「……なぜだ、ミッターマイヤー。なぜ、俺をこのようにしてまで生かした。」
「なぜ、だと?」ミッターマイヤーは苦笑を含んだ。「そんなもの、決まっているだろう。お前がここで死ぬことなど、我慢ならなかったからだ。」
ロイエンタールは嗤おうとした。だが声は震え、目尻には薄い湿りが滲んだ。彼は顔を背け、嗄れ声を洩らした。
「俺には……その資格がない。敗者として命を繋ぐなど、恥辱以外の何ものでもないのだ。」
「資格だと?」ミッターマイヤーは椅子を蹴り立ち、彼の寝台の脇へと歩み寄った。怒りにも似た熱情が声に滲む。「ロイエンタール、誰がそんなことを決めた? お前は敗者かもしれぬ。だが敗者であることと、生きることの価値は別だ!」
彼は拳を握り、しかしすぐに力を緩めた。友の胸に縋ることを拒むかのように、しかし強く告げる。
「俺は……お前が生きてくれるならば、それでいいのだ。」
ロイエンタールは目を閉じた。心臓が痛むのは傷のためか、それともこの友の真情に打たれたからか。彼は呼吸を乱しながら、震える声で吐露した。
「俺は……臆病者だ。死に逃れることこそ潔いと思っていた。だが、こうして生かされて、己の弱さを思い知らされた。」
胸の奥に渦巻く思いは、痛みよりもなお鋭かった。死を選べば、すべてが終わる。罪も過ちも、友の眼差しも、闇に沈んで忘れ去られる。だが生きてしまった今、彼はその視線を直視せねばならない。尊敬し、羨み、そして愛した男に、己の弱さも卑しさも曝け出すことになる。それが恐ろしくてならなかった。ミッターマイヤーが失望するのではないか、軽蔑して背を向けるのではないか――その思いが胸を締め付けた。
だが同時に、こうして再び彼に会えた歓びも確かにあった。死の闇に沈んで二度と会えぬと思っていた顔が、こうして目の前にある。その温かな声が耳に届く。そのことがどれほどの幸福か、理性では否定しても、心の奥底は泣きたくなるほど喜んでいた。
喜びと恐怖、資格なき者の罪悪感と、救いを乞う人間的な欲望。その相剋が彼を苛み、彼の胸を押し潰した。ロイエンタールは己の心がこれほど脆いものだと、初めて知った。
ミッターマイヤーはその手を取った。固く、しかし慎ましく。戦場で幾度も剣を交えてきたこの手が、今はかすかに冷たい。
「弱さを見せたところで、何の不名誉になるものか。俺はそれを恥じるどころか……お前が人間である証だと、喜びすら覚える。」
「……ミッターマイヤー……」
呼んだ声は、もはや抗いのない響きを帯びていた。ロイエンタールはようやく視線を戻し、その瞳をミッターマイヤーに重ねた。そこにあるのは裁きではなく、赦しでもなく、ただ深い友情と愛情であった。
長い沈黙が流れた。二人の間には、言葉を越えた理解があった。戦場では数え切れぬ死地を共に越えてきた。だが今、最も困難なのは生きることを選ぶ一瞬であった。
「……俺は、まだ……お前の隣に在ってもいいのだろうか。」
問いは弱々しく、しかし魂の奥から絞り出された。ミッターマイヤーは微笑し、迷うことなく答えた。
「もちろんだ。お前が隣にいる限り、俺はこの宇宙のすべてを敵に回しても構わぬ。」
ロイエンタールの唇がかすかに震えた。抗う理性も、残る矜持も、この瞬間にはただ友の温もりに融かされていった。彼は視線を逸らすことなく、わずかに首を上げる。
ミッターマイヤーは応じるように身を屈め、その唇を重ねた。戦火の匂いも、血の味も、すべて遠ざかり、ただ一つの確かな現実がそこにあった。
二人の世界は、その一瞬において閉じ、また開かれた。敗北も不名誉も、未来の不確かさすら、その口づけの前には瑣末であった。残されたのはただ――生きて、共に在ることの歓びである。
こうして、死の淵より甦ったロイエンタールは、友にして伴侶となる男の誓いと共に、新たな生を歩み始めたのであった。