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    HPU_maru

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    HPU_maru

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    昔書いた稀半の小説のワンシーンですが、未完で特に続きを書く予定はないので供養します。横浜の帰り道でガソリンスタンドに寄っているだけの二人です。

    横浜からの帰り道、俺に凭れた稀咲の規則正しい呼吸音が後ろから聞こえてくる。背中の辺りに、柔らかく暖かい吐息がかかった。そのこそばゆい息を感じるたびに、どうにも身体がぼおっとするような酩酊が湧き上がってくる気がした。稀咲は俺にしっかりとしがみつき、その華奢な手が俺の腰に回されていた。冬の風は冷たかったが、熱に浮かされたように身体が火照る気がした。
    「稀咲」
    そう呼びかけると、稀咲がもぞもぞと動くのを感じた。そうして次に、欠伸を噛み殺したような呼吸音がして、何だよ、とぼんやりとした声がする。
    「眠いんなら、どっか寄るか?近くにコンビニとかあんなら、コーヒー買ってきてやるよ」
    そう提案しても、稀咲はまだ寝惚けているのか何も返事をしなかった。どんな表情をしているのかは見えない。ただ、子供らしい暖かい身体の温もりがぴったりと背中に寄り添うのを感じ、何だかこの世界には俺たちだけしかいないような、二人だけが隔絶された世界にいるような錯覚すら感じた。稀咲は無防備に瞼を閉じ、俺にしか聞こえないくらい幽かな声で、「別にいい」それだけ素っ気なく言った。
    落ちんなよとだけ稀咲に呟いたが、もう意識は殆ど無いようだった。短日の太陽はもう西に沈みかけていて、紫色のかった雲が泳ぐように揺れている。血のように赤い落日が、二人の影を色濃く映しあげていた。もう少しで終わりそうな冬の足掻きみたいに、冷たい風の中にどことなく柔らかく爽やかな風が入り混じっていた。稀咲の柔らかな拍動と吐息、体温が背中から伝わるたびに、理由は分からないが、どうしようもなく切なく胸が締め上げられるようだった。冬の夕方が齎す感傷的なものだけではないような気がしたが、それが何かは分からなかった。
    立ち寄ったガソリンスタンドで単車を停める。古城みたいに佇む夜中のガソリンスタンドは、死にかけの蛍光灯がぱちぱちと光っている。その白っぽい光に羽虫が群がり、死肉に集る蠅のようだった。俺たちの代わりには殆ど客はいなかった。そもそも横浜を通り過ぎ、神奈川の郊外なんて人通りがそこまで多くない。人通りが多くなさそうなところを選んだのも関係しているが、夜中だったら猶更だ。
    ガソリン入れてッから、ちょっと待ってな。稀咲の後姿に向かって言う。自販機に向かって、何を買うのか考えているようだった。稀咲は俺をちらりと見ると、何も言わない代わりに小さく頷いた。
    「寝ててもいいぜ」
    稀咲はベンチに座り、微糖の缶コーヒーを飲んでいた。白い湯気が稀咲の眼鏡を曇らせていて、鬱陶し気に眼鏡を外す。そうして几帳面に布で包み、ズボンのポケットに入れる。少し大きな特服に包まれた身体が、ブルっと一瞬震えるのが見えた。
    もう少しかかるのか。稀咲はそう言うように視線を俺に投げかけた。俺は稀咲に向かって頷くと、疲れたように息を吐くのが見えた。
    「もうすぐ入れ終わっから」
    そう稀咲に呼びかけた。欠伸を噛み殺しているのが見えた。もうすぐ、と言ってもガス欠の単車では時間がそこそこかかる。稀咲は俯いて、腕を組んでうとうととしていた。露出した耳が赤くかじかんでいた。別に起こす必要はない、どうせ誰も観ていないし、今稀咲が微睡んでいても何の問題もない。
    ガソリンを入れ終わって暫くしても、何だか起こすのは忍びない気がした。飽きもせずじっと稀咲の寝顔を見詰める。夏と違って冬の夜は音がしない。虫の声も木がさざめく音もしない。車の音が遠くから流れ、街の白い光が斑ら雪のように薄っすらと煌めいているのが見えるだけだ。
    稀咲が寝言のように何か呻いた。薄い唇が柔らかそうに濡れていた。乾燥している外気の中でも、稀咲の顔はすべすべとしていて傷や痣ひとつもなかった。俺は眠っている稀咲の顔が好きだった。いつも気難しそうに眉根を寄せていたりする仏頂面が、夢の無我に誘われている時、年相応に無邪気で、しかしどこか憂鬱を忍ばせた寝顔が好きだった。
    その死人みたいな顔を見ていると、何だかむらむらと暴力的で、支配的で、どうしようもない衝動が迫ってくるのを感じた。気のせいと蹴飛ばせるほど軽いものではなかった。この寒い中なのに顔が汗ばんでいるような気すらした。
    誘われたように、稀咲の薄い唇に顔を近づける。吐息は柔らかく、微かにミントの匂いがした。睫毛を震わせることすらもしなかった。
    唇が触れる柔らかい感触が微かにして、睫毛が触れ合うこそばゆい感覚が瞼に伝わる。皮膚の熱く甘い匂いがした。
    すると突然、稀咲の目がぱっちりと開いた。稀咲の瞳孔がきゅっと広がったかと思えば、稀咲は俺の手首を反射のように力強く掴んだ。あんな華奢な身体から、こんなにも力が出せるのかと驚くくらいだった。
    何してる。稀咲は鋭く言った。じっとりとした横眼が俺に注がれていた。間違いなく俺を警戒していた。先ほどまで俺の背中にしがみつき、穏やかな寝息を立てていたのが嘘のようだった。
    何でもねえよ。俺はへらりと笑ってそう言った。稀咲は掴んでいた俺の手首を緩めると、ぱっと手を放し、顔を顰める。
    「変な奴」
    稀咲はそう吐き捨てるように言った。俺はあの初めて見るような、嫌悪と言うか、困惑したような目つきが忘れられなかった。そんな目を俺に向けられたとしても別に傷つきはしなかったが、稀咲の一番弱くて、脆くて、隠したがっているところが垣間見えたような気がした。
    稀咲は特別に性愛の絡むものを蔑視している。シェルショックというか、神経症じみたものに罹っているのかもしれない。愛美愛主時代の稀咲を思い出した。稀咲は決まってトイレにゲロをぶちまけていたが、あれはアルコールのだけではなく、長内によって穢されたという憎悪のせいもあったのだろう。まだ十三歳の肉体だけではなく精神も蹂躙されたんなら、稀咲にとってそれは一生消えない汚辱に違いない。
    何だか彼が酷く哀れな生き物だと思った。不器用で、神経質で、それなのに強欲で、ある意味誰よりも真っ直ぐだ。誰かが側に居てやらなきゃいけないとしたら、それは俺がいい。
    何ぼおっとしてんだよ、と稀咲が言った。「早くバイク出せよ。寒いのは嫌いだ」
    居丈高に睨むように言う。先ほどのことを掻き消すように、わざとらしく声を荒げているようだった。
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    HPU_maru

    MOURNING昔書いた稀半の小説のワンシーンですが、未完で特に続きを書く予定はないので供養します。横浜の帰り道でガソリンスタンドに寄っているだけの二人です。
    横浜からの帰り道、俺に凭れた稀咲の規則正しい呼吸音が後ろから聞こえてくる。背中の辺りに、柔らかく暖かい吐息がかかった。そのこそばゆい息を感じるたびに、どうにも身体がぼおっとするような酩酊が湧き上がってくる気がした。稀咲は俺にしっかりとしがみつき、その華奢な手が俺の腰に回されていた。冬の風は冷たかったが、熱に浮かされたように身体が火照る気がした。
    「稀咲」
    そう呼びかけると、稀咲がもぞもぞと動くのを感じた。そうして次に、欠伸を噛み殺したような呼吸音がして、何だよ、とぼんやりとした声がする。
    「眠いんなら、どっか寄るか?近くにコンビニとかあんなら、コーヒー買ってきてやるよ」
    そう提案しても、稀咲はまだ寝惚けているのか何も返事をしなかった。どんな表情をしているのかは見えない。ただ、子供らしい暖かい身体の温もりがぴったりと背中に寄り添うのを感じ、何だかこの世界には俺たちだけしかいないような、二人だけが隔絶された世界にいるような錯覚すら感じた。稀咲は無防備に瞼を閉じ、俺にしか聞こえないくらい幽かな声で、「別にいい」それだけ素っ気なく言った。
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