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    勇作殿webオンリー『花咲く少尉殿White&Black』開催おめでとう御座います!現パロ、かつアイドルをやっている勇尾です。
    十五周年コンサートに行くドルオタのモブ子ちゃん目線のお話です。お互いへのラヴがつよい勇尾。

    PDF版はBOOTHにて。
    https://alter-ego0345.booth.pm/items/3931199

    ユーアンドアイ その人は、まるで絵本から飛び出してきた王子様のようだった。
     きらきらとスパンコールが光る衣装よりも、眩しいばかりのスポットライトよりもひかり輝くその笑顔に、幼い私は確かに恋をしたのだ。

    ***

     私は所謂アイドルオタクというやつを、かれこれもう十三年やっている。今年二十五なので、人生の半分以上だ。しかも、同じ人を、自分でもびっくりするくらい一途に追いかけている。
     きっかけは忘れもしない、十二歳の金曜の夜。彼を、彼らをはじめて歌番組で見かけたその日に、私はアイドルという底なし沼というにはあまりにもきらきらして幸せな世界に頭から思いっきりダイブしたのだ。
     そんな私の人生の半分を占めるその人は、花沢勇作くんという男性である。年齢は今年で三十一歳。デビューは十六歳の時で、メンバーカラーは赤。尾形百之助くんとデュオユニットとして十五年間活動する現役アイドルだ。最近は本業のアイドルだけじゃなくてドラマや映画、それからアナウンサーとしても活躍していて、CMを含めると彼の姿を見ない日はないくらい。
     そんな彼は一八五センチメートルの長身でしかも七頭身で、股下は二メートルくらいあるんじゃないかってほど、兎に角足が長い。ファンからは大体勇作さんとか勇作くんとか勇ちゃんって呼ばれてる。その上、ファンからもファン以外からも『王子様』とか『貴公子』とか『高潔』とか呼ばれてて(実際に彼は本当に政治家の息子なのだけど。因みに高潔と言い出したのは、彼の相方の尾形くんだ。言葉のチョイスが渋い)、小さくて端正な顔立ちに甘いマスク、それから誰もが好きになってしまうような優しくてきらきらした笑顔をみせてくれるのだ。
     勇作くんは勿論外見だけじゃなくて、性格も頗る良い。彼を悪く言う人なんてみたことないんじゃないかって思うくらい。誰にでも優しくて、先輩後輩関係者から一般人までそのエピソードには事欠かなくて(これを話し出すと本当に徹夜レベルでは済まない)、でもストイックで自分に厳しい。掲げた目標には、全力で取り組む。彼が十七歳の時に出演した某正月番組で出された無理難題を必死でクリアする姿は思い出しただけで泣ける。
     いつもにこにこと、見ているこっちが優しい気持ちになるような笑顔を絶やさないけど、嫌な事、駄目なことはきちんとノーというし、八方美人のお人好しという訳ではないのだ。
     あとなによりもファン思いだ。SNSのマメな更新は勿論、雑誌のインタビューでもコンサートのMCでも、私たちファンへの感謝の言葉を必ず述べてくれる。感謝したいのはこっちの方なのに、でもあの王子様みたいな笑顔で『有り難う御座います』と言われると私たちファンは、きゃあとかぎゃあとかいう奇声をあげるか、尊い……と呟きながら啜り泣くしかできないのだ。
     兎に角、勇作くんの良いところなんて控えめに言っても枚挙の暇がないのである。こんなのは彼の一部、というか上辺だけだ。とりあえず人類は彼に出会って彼を知ったら、たちまちに恋に落ちてしまうに違いない。そう私みたいに。
     ただ私はガチ恋という訳ではない。いや一時は確かにそうだったのだ。本気で勇作くんと結婚したいと思っていた。でもそれは、二年ほどで諦めることになるんだけど。
     原因は彼の熱愛報道なんかじゃなくて(彼は十五年間一度も週刊誌にすっぱ抜かれたことがないのだ。アイドルの鑑だと私は思っている)、彼の相方と相方への愛情の深さによるものなんだけど。
     一つ断っておくと、私はそれが原因で尾形くんが嫌いとかそういうのは決してない。というか寧ろ大好きだ。勇作くんは尾形くんじゃなかったらユニットを組まなかったというし、デビューする前、元々芸能界を辞めるつもりだった尾形くんを引き止めたのは勇作くんだという逸話があるくらいなのだから、ふたりであることになによりも意義があるのだ。ニコイチ、と世間はそれを呼ぶのかもしれないけど、なんだかそんな在り来りの言葉でこぢんまりと纏めるにはすこしむずかしい気がする。
     ただそんな風に思えるようになるまでは、二年も掛かった。正直めちゃくちゃ尾形くんが羨ましかったし、何回隣を変わって欲しいと思ったことか! でも、勇作くんが隣にいて欲しいのは結局尾形くんだけなのだ。いまはそれくらい十分過ぎるほどに知っているし、弁えているつもりだ。
     そんな私の話は置いておいて、今日そんな彼らの十五周年のコンサートの最終日、つまるところオーラスなのである。
    実ところ、この日を申し込む気も最初は無かったのだ。だが発表された日程と睨めっこしているうちに、友人が『オーラス、一度でいいから行ってみたいね』とぽつりと零したのだ。なんで無謀なことを言いだしたかと言うと、私も友人も酔っ払っていたからである。正直、素面だったら絶対に申し込むことは無かっただろう。
     私たちは割とチケット運が良くて、五周年も十周年も現場でお祝いが出来たんだけど、なんやかんやオーラスは今まで一回も当たったことがない。オーラスと言えば円盤で観るもの、というそんな幻の公演なのである。
     ただでさえ今や彼らのコンサートのチケットはプレミアものとなっている。転売サイトではゼロが一つ多くつくくらいだ。転売屋は一分一秒でも早く滅びろ。その上、オーラスなんてプレミア中のプレミアで、昨年のツアーの時、好奇心で倍率を調べた時は思わず画面をそっと閉じたくらいなのだ。一生分の運を使い果たしても当たる気がしない、と。
     だが折角応募したのであれば、と私と友人とひたすらに、徳を積むという非常にありきたりだが唯一できることを必死でやった。電車で座席を譲ったり、人の仕事を手伝ったり、道に迷っている人の道案内をしたりとかいうレベルだけど。あとは当落当日に自宅のトイレ掃除もして(彼らのコンサートのチケットはトイレ掃除をすると当たるという謎のジンクスがある)、私たちは運命の瞬間をただじっと物言わぬ海の底の貝のようにして待っていたのである。
     それが功を奏したのか、もしくは本当に一生分の運を使い切ったのかはわからないが、当落日の届いたメールの当選二文字を目にした時、動揺しながら『私、明日しぬかもしれない……』って友人に電話したし、電話の向こう側の友人も『な、なるべく見てから死のう……』ってめちゃくちゃ動揺してた。嬉しくて吐きそうになったのは、人生ではじめてだった。
     そんな当落発表日から当日まで、生き延びることを目標に細心の注意を払って生きてきた私たちは、無事怪我や大病をすることもなく。そして今日、元気いっぱいに水道橋駅に到着したのである。
     水道橋駅から東京ドームに続く道は一目で彼らのファンと分かる人で溢れている。オタクは往々にしてメンバーカラーを身につけたがるので、赤を身に纏っているとこの人は勇作くんを推してるんだとひと目でわかるし、黄色の人であれば尾形くん推しだとわかる。
     私自身、十三年も勇作くんを推していると、気が付けば鞄も靴もスマートフォンも赤だ。因みに財布も赤である。自然と手が伸びてしまうのだ。昔は真っ赤なワンピースなんかも着ていたけど、最近は小物が中心になっている。因みに友人のスカートはレモンイエローだ。
     東京ドームシティを抜けて階段を登る。入口は二十ゲート。席は一階の真ん中あたり。長蛇の列を作るトイレに並んで、設定が完了した今回のグッズであるフリフラのペンライトと、今日のために作った団扇をスタンバイして、客電が落ちるのを待つ。今日のセットリストはなんだろう、と二人とも今日のためにレポを読むのを我慢していたので、そんなことを小声で話し合いながら。
     BGMが途切れて、客電が落ちる。真っ暗な東京ドームの中、次いでペンライトで白に染まる。あちらこちらできゃあと大きな歓声というか悲鳴が上がる。とんでもない大きさのスクリーンがぱっと明るくなって、映像が流れはじめた。白に浮かび上がる彼らのユニット名、15th ANNIVERSARYの文字。
     そしてはじまったイントロ。最初の曲は、十作目のシングル曲だ。彼らがはじめてダブル主演を務めたドラマの主題歌。白に金の刺繍を施された煌びやかな衣装に身を包んだ二人が登場して、会場の熱が一気に上がった。
     アップテンポのシングル曲が四曲続いて衣装が変わる。今度は初期のアルバムの曲だけど、コンサートでは定番となっている曲。この曲はとにかくダンスが格好いいのだ。ふたりともタイプは違うがダンスが上手いから、みんな各々の推しを見るのに必死である。
     てろんとして光沢のあるシルクっぽい生地のシャツに、黒のスキニーは勇作くんのスタイルの良さを引き立てている。その姿が格好よすぎてオペラグラスを覗き込んで、網膜に何とか焼き付けようとする。勇作くんは明るいキャメル、尾形くんはロイヤルパープルの衣装で、真っ白な首と衣装とのギャップがとてもえっち、いや、セクシーだ。華美な衣装ではないのに、動く度にシャツの裾が揺れるのがたまらない。まだ始まったばかりだけど、今回の衣装は百点満点すぎる。有り難う衣装さんと心の中で御礼を叫んでいると、曲が終わり客電が僅かに明るくなる。
     「はい、皆さんこんばんは」
    最早親の声よりも聞いたと言っても過言ではない勇作くんの声が聞こえて、ドーム中がきゃあという歓声に包まれる。
     それに勇作くんが『有り難うございます』とにこりと笑って手を振れば、十五年かわらない天使みたいな笑顔に、また歓声が上がった。勇作くんはセンステでぐるりと三六〇度回りながら、アリーナやスタンド、そして天井席に向けて大きく手を振る。『今日は有り難うございます』とか『ちゃんと見えてますよ』とか一言一言添えながら。そんな勇作くんを、尾形はドリンクを飲みながら眺めているだけだ。
     「ほら兄様、ちゃんとご挨拶してください」
    尾形くんが急に話を振られてびくっと肩を跳ねさせる。あ、多分ってか絶対にぼーっとしてたな、と私はちいさく笑う。
     尾形くんはコンサート中はしなやかに踊るし煽るしで本当にかっこいいのに、歌ってないときは割とぼんやりしてるというか自由で、そのギャップに落ちちゃう人がめちゃくちゃ多いのだ。あと、気まぐれに、しかも遠くの席のファンに狙い撃ちでファンサをしたりするので、実はファンの間では『スナイパー』と呼ばれている。
    「はい、尾形百之助です。今日はチケット代の分も楽しんで帰ってください」
     そんな尾形くんだがマイクを持つとそういっていつも通り、アイドルらしからぬシニカルな笑みを浮かべてみせる。チケット代は彼らの姿を拝めるだけでおつりがくるレベルなのだが、尾形くんはいつもこう言うのだ。
    「そうですね。折角なので楽しんで帰って欲しいですね」
    「はい。で、どうします。先に告知しますか? 勇作さんなにか喋りたいことはありますか」
    「あの、兄様も喋るんですよ?」
     勇作くんが眉を下げて困ったように笑えば、尾形くんは無言のままにっこりと笑う。アイドルとは思えない胡散臭い笑顔だ。いや、それも可愛いんだけど。さっきの挨拶といい、『アイドルっぽくないところが好き』と尾形くんのファンの人たちはよくそう言う。
     いかにも王道のアイドルっぽい勇作くんと、全くアイドルっぽくない尾形くんのデュオは、最初色々と、本当に色々と物議を醸し出し、悲しいけど、ファンの間でも内紛があったくらいだった。だが、デビューから五年経ち十年経つと誰もなにも言わなくなった。彼らがデビュー当初と全くスタンスを変えないということもあるだろうし、お互い全く違う性格であるからそれが相乗効果を生むことが分かってきたからだろう。なによりも十五年間ずっと第一線で活躍して、世間に彼らがふたりでひとつであることが認知されていることが大きいのだろうけど。
     MCは基本的に勇作くんが喋って、尾形くんはたまに相槌を打ったり、話を振られた時に喋るくらいだ。昔は勝手に袖に隠れてたりしたけど、ドーム公演がメインとなってからそれはなくなった。
     昔からずっと変わらないゆるっとしたMCが終わり、再び曲がはじまる。三味線の音色が入ったイントロですぐにピンとくる。去年尾形くんが主演した映画の主題歌だ。そして、私たちが出会うきっかけになった、ふたりのはじめての冠番組の曲が続く。
     毎年初詣で二人揃って『今年もふたりに会えますように』と絵馬を書いたこと、一緒にはじめて遠征した北海道でみた大雪が珍しくて、夜ふたりで大はしゃぎして風邪をひいたこと、学生の頃必死でバイトして溜めたお金でアジアツアーに行ったこと、就活の時の最終面接に向かう時彼らの歌を聞きながら電車に乗ったこと。そして十二歳の時、はじめてテレビで勇作くんを見て、恋をしたこと――。
     十五年には届かないけど、私の十三年分の大切な思い出が曲と彼らの歌声とともにひとつひとつ頭に浮かんで、じわりと涙が滲む。本当に色んなことがあったのだと改めてしみじみと感じてしまって、気を抜くと涙が零れてしまいそうになる。でもこの三時間ほどのステージの一瞬一瞬、彼らの笑顔も声も動きも輝きも全て目と耳と頭に焼き付けておきたくて、涙で視界が滲むのは困ると必死で堪える。私も、最後まで笑顔で十五周年をお祝いしたいから。
     だが楽しい時間というのは、本当にあっという間に過ぎてしまうのだ。
    「……はい。皆さん楽しんで頂けたでしょうか」
     ステージ上でスポットライトを浴びながら、尾形くんが口を開く。低くて心地良い声は、何回聞いても本当にいい声だ。はーいという返事と送られる拍手に、尾形くんはどこか満足そうに頷いた。
    「今年で十五年らしいですけど……十五年って本当に長いな。今年は忙しかったので来年は少しゆっくりしたいなと……あ? だめって? ははッだめらしいです」
     ファンたちのえー! という声と、隣の勇作くんが両手でばつを作ってるのが見えて、尾形くんが笑った。無表情とよく言われるけれど、彼は結構表情豊かな方だと思う。
     昔はそれを知っているのはファンの特権みたいな、そんな優越感みたいなものがあったけど、特にここ数年はバラエティ番組なんかを通じて彼のそういうギャップもお茶の間に知られてきている。嬉しいような、少し寂しいような、ほんのすこしだけ複雑なファン心理だ。
    「正直、こんな長くこの仕事をするとは思わなかったんですけど……それも皆さんのお陰です。有り難う御座います」
     尾形くんがぺこんと頭を下げた。会場のあちらこちらから啜り泣く声が聞こえる。ちらりと横を見れば、友人も大きな目からぽろぽろと涙を零していて、声を出さないように口元を抑えている。
     尾形くんが芸能の仕事に興味がなかったというのは周知の事実というか、本人が公言していることなのでファンはよく知っていることだ。友人なんかは酔うと『尾形くんがアイドルを続けてくれるだけで感謝しかないっていうかそれ自体が最早奇跡なのよ』と毎回据わった目で管を巻くのだ。そして『勇作くんがいなかったら、尾形くんはとっくに辞めてたから、勇作くんが尾形くんの相方で本当に良かった』と。それは誇張でもなんでもなく事実で。事実だからこそ、私たちファンは彼らの出会いに心から感謝しているのだ。
     尾形くんが勇作くんの方を向く。珍しい、と思いながら見つめていると、尾形くんが目を細める。
    「そして、勇作さん。十五年もこんな俺と一緒にいてくれて有り難うございます」
     その言葉に会場がざわついた。自他ともに認める皮肉屋の尾形くんの素直な言葉、つまるところ貴重なデレが見れたことは勿論なんだけど、その言葉を向けられた勇作くんが泣いていたのだ。いや泣いているなんてもんじゃない。もう大号泣。大きな目からは大粒の涙がぼろぼろと零れて、必死で目元を擦ってる。確かに勇作くんは涙脆いタイプだけど、でも、こんなに彼が泣く姿なんて今まで一度も見たことなかったのだ。
     それに私の表面張力ギリギリでなんとか踏んばっていた涙腺も、遂に崩壊した。もうあとは野となれ山となれだ。あーもうだめです、だめ。視界がみるみるうちに滲んでいく。
     そんな私たちの客席のただならぬ様子に、なにかあったのかと会場をぐるりと見渡した尾形くんがぎょっと大きな目を大きく見開いた。どうやら勇作くんの様子に気付いたらしく、早歩きで勇作くんの方へと向かっていく。二人が並ぶときゃあっとまた声が上がった。
     スポットライトが当たっていないステージ上は薄暗くて、手に持ったままのマイクからは尾形くんの声がぼそぼそと聞こえる。『泣かないでくださいよ』と暗いステージの中で困ったように眉を下げる尾形くんに、勇作くんは目元を擦りながら何度も頷いてみせる。
     あんまり年上っぽくない、と言われる尾形くんだけど、背伸びして勇作くんの頭を撫でてやるその姿は本当にお兄ちゃんそのもので。
     多分、いやきっと、私たちのしらない裏側ではこうしてふたりで支え合ってきたのだろう。十三年前、はじめて彼らをテレビ越しに見た日を思い出す。あの頃はふたりともいまよりもずっと華奢な子どもで。そんなふたりが芸能界という荒波を乗り越えるために、今日までずっとふたりでいたのだろう。
     そんなことを思うとまたどばどばと涙が溢れてきて、もう止まらなかった。止めるのは無理だ。とりあえず嗚咽を漏らさないようにと口元を抑える。気を抜くとオットセイみたいな声が出てしまいそうだった。
    「また勇作くんが尾形に泣かされた!って書かれるだろ」
     尾形くんが揶揄うようにちいさく言えば、やっと勇作くんが笑った。皆さん、絶対に書かないでくださいね、と言いながら。それに『じゃあ後は頼みますよ』そう言い残して尾形くんが離れた。スポットライトが勇作くんに移る。私は思わず、ぎゅっと黄色から赤に変わったペンライトの柄を握りしめる。
    「はい、すみません遅くなりました。花沢勇作です。なんか……俺、今日すごく格好悪いですね。泣かないつもりだったんですけど、兄様があんなこと言うから」
     潤んだ目のまま苦笑する勇作くんがスクリーンにアップで映される。長いまつ毛に乗った涙の雫さえ、彼を彩る宝石のように美しい。私の両目からも同じようなものが流れている筈なのにどうしてこんなにも違うのだろうか。
    「みなさん、楽しかったですか?  ああ、有り難う御座います。俺も、とっても楽しかったです。上の方もしっかり見えてますからね。さっき兄様も言ってましたけど、十五年ってすごく長くて、でもあっという間で……ずっと、まだ留まるときではないぞと思いながら、十五年間全速力で走ってきました」
     勇作くんがそこで区切って息を吐く。
    「こんなに長い間走り続けてこられたのも、ここにいる、そして今日この会場にこれなくても変わらず応援して下さっている皆さんのお陰です。本当に、本当に有り難う御座います」
     十五年という長い期間、楽しいことばかりじゃなかっただろうし、悔しい思いも悲しい思いもきっとしてきただろう。それでも彼らがいつでも全力だったから、私たちファンも全力で応援して全力で追いかけた。感謝するのは私たちの方だと、向けられる惜しみのない拍手に勇作くんは再び有り難うございます、と口にする。
     拍手が止むと一瞬沈黙が落ちて、そしてずっとステージから私たちを見つめていた勇作くんが尾形くんの方を向いた。さっきの件もあるし、今度は何があるんだろうと、固唾を呑んで私たちは勇作くんの言葉を待つ。
     勇作くんが息を吸う微かな音が聞こえた。口を開く。
    「なによりも、兄様、いえ尾形百之助さん。貴方と一緒だからここまで走ってこれました。有り難う御座います。これから五年、十年……百年先も一緒にいさせてください」
     勇作くんから真っ直ぐに向けられる視線、それから言葉。その衝撃に、ぼろぼろ滝のように両目から流れてた涙が一瞬ひっこんだ。なんだかとんでもないような事を勇作くんが言ったような気がする。いや気じゃなくて、多分そうだ。まるで愛の告白のような言葉。
     もしかして私たちはとんでもない場面に立ち会っているのではないだろうか。いや十五周年のコンサートのオーラスというだけでもすごいし、勇作くんの言葉もすごい。その言葉を向けられた尾形くんは、コンサート中のステージのうえだと言うのにすごい宇宙猫みたいな顔をしている。それもそうだろう。なんて言ったってとんでもなくすごい告白を目の当たりにしたのだ。なんかすごいが大渋滞していてよく分からなくなってきた。
     私だけがこんなに混乱しているのかと、助けを求めるように隣の友人を見ると、目を真ん丸にした彼女とばっちりと目があう。ああ自分だけじゃないのかという妙な安心感。冷静になってみれば、会場の九割くらいがこんな感じですごい空気になっている。あ、またすごいって言っちゃった。でも、これ尾形くんがいつもの調子で『嫌です』っていったらやばくないか。明日の朝のニュース番組に流せないどころか、絶対に円盤に残せない伝説のコンサートになってしまう。それだけはやめてほしい。はじめてのオーラスなので絶対に円盤になって欲しい。神様仏様兄様。どうか今日だけはツンを出さないで、さっきみたいな貴重なデレをもう一度だけで良いので発揮してください。そんな、半ば祈るような気持ちで尾形くんからの返事を待つ。
     が、私たちの心配は、杞憂に終わった。
    「……流石に百年は長過ぎやしませんか」
     尾形くんがちいさく笑って、全く乱れていない前髪をかきあげる。否と言わないのが、彼からの返事であることくらい私たちファンは分かるのだ。そして、それは誰よりも勇作くん自身が知っていることで。私たち、いや会場中が良かったと胸を撫で下ろすとともに、勇作くんは『有り難うございます!』と、きらきらと輝く飛び切りの笑顔を見せる。それに今度は、胸がいっぱいになった。
     そういえばあの時も、こんな笑顔だった。十三年前の金曜日の夜。『はい、兄様』と尾形くんを見つめて笑う彼に恋をした。それはもう恋じゃなくなってしまったけれど、でもずっとずっと彼のことが好きだ。
     優しくて格好良くて、誰よりもファン思いで、王子様みたいで、そして兄様が大好きな勇作くんが大好きだ。このまま歳をとっておばあちゃんになったとしても、この先誰かと出会い恋をしたとしても、きっと私の一生の推しは勇作くんで。
     そしておじいちゃんになった勇作くんは、同じくおじいちゃんになった尾形くんのことが大好きに違いない。やっぱり尾形くんには一生敵わないなと、こっそりと笑った。尾形くんと一緒の勇作くんがこんなにも大好きなのだから、今更なんだけど。
     感情が大忙しで、また涙が溢れてくる。好きと幸せでこんなにも涙が出るなんて、きっと彼らに出会わなければ知ることが出来なかっただろう。有り難う、と今日何度この言葉を心の中で叫んだか分からないが、もう一度有り難うと心の中で叫んだ。
    「またこうして皆さんにお会いできる日を、心から楽しみにしています。今日は本当に有難う御座いました!」
     深々と頭を下げる勇作くんに、会場は割れんばかりの拍手に包まれる。私たちも鼻を啜りながら、少しでも感謝が伝わるようにと精いっぱいの、手のひらが痛くなってしまうくらい全力の拍手を彼らに送った。
     スポットライトが消え、会場の照明が灯る。
    「それでは最後の曲です。聞いてください」
     ライトが一斉に白に染まる。真っ白な世界のなか、ピアノの音色が響く。それにドラム、ギター、ベースが入って、ふたりがゆっくりとマイクを口元に持って行く。
     重なる彼らのやわらかい声に、どうかこの時間が、いや私の大好きな彼らが、五年先も十年先も、そして百年先も続くよう心から祈った。

    ***

     私も友人も、もう化粧なんてあったもんじゃないってくらいぼろぼろだ。お互いマツエクと眉毛だけが辛うじて残っている。朝丁寧に塗ったアイシャドウなんて、瞼じゃないところにラメが無残に散らばっているだけだ。
    「あー……ほんと楽しかったね」
    「うん……めちゃくちゃ幸せだった」
     呆然と、まるで抜け殻になってしまったようなカッスカスの声で呟く。多分私たちは意識というか魂をドームに置いてきたに違いない。
     人で溢れるドームを抜け、ようやくスタバの前までたどり着いた。交差点の信号を変わるのを待つ私たちを含めた軍団は、まだ泣いていたり楽しかったりといった感想を口にしているが、その大半は私たちみたいに抜け殻のままである。
    「なんかさぁ……すごかったよね……」
    「それな……お姫様抱っこは反則……」
    「わかる……勇作くんの筋肉やべぇ……」
     掠れた声でお互いぼそぼそと呟いて、同時にはぁ……と感嘆とも溜息ともいえるような息をついた。
     アンコールでは勇作くんが尾形くんをお姫様抱っこしたまま登場したり(尾形くんは今まで見た中で一番のどや顔をしていた)ずっとふたりで肩を組んだままトロッコで外周を回ったり、はける時だってずーっと手を繋いでいたのだ。もう訳が分からない。訳が分からないがファンとしては、二人が楽しそうだからまぁいっかという感じだったし、途中から悲鳴が上がることも減り、段々まぁこのふたりだもんね、みたいな空気が流れ出したのはちょっと面白かったし、おかしかった。冷静になって考えると、お姫様抱っこも手を恋人繋ぎしているのも大分やばい。大分やばいが、ふたりがずっと楽しそうだったから、もうなんでもいい。
    「……とりあえずあれだね」
    「うん」
    「肉焼きますか」
     友人がぼろぼろの顔のままへらりと笑う。その顔は、十三年間全然変わっていない。
     お互い出会った時から年を重ねて、マックからファミレスになって、ファミレスから焼肉になったけれど、それ以外はおんなじだ。
     そう思うと急にお腹が空いてきた。今日はいっぱい騒いでいっぱい泣いたから、ぺこぺこなのも当たり前だろう。
     いつも通り美味しい焼肉とビールで乾杯しながら今日の感想を存分に語り尽くそうと、ようやく東京ドームの上を浮遊していた魂を手繰り寄せた私たち足取り軽く総武線の改札をくぐったのだった。

    ***

     翌朝、なんとかベッドから這い出してなんとか支度をして会社に向かう。目はまだ若干腫れてるし、昨日叫びすぎたのとビールを飲み過ぎたので喉はガラガラだ。結局終電まで飲んでべろべろに酔っ払って帰って、最低限のシャワーとスキンケアだけして半ば気絶するようにして眠った。
     昨日が永遠に続けばいいのに。満員電車に揺られながら漏れるのは溜め息と、そんな贅沢な悩みばっかりだ。でも私は、いや私たちはあれが夢の時間であるからこそ特別で、だから彼らも全力で楽しませてくれるし、私たちも全力でそれを受け取ることが出来ることを知っている。
     会社の最寄り駅に着いて階段を早足で駆け下りる。時計を確認して、走れば十分間に合うと最寄りのコンビニに駆け込む。入ってすぐの、コンサートとか何かふたりのイベントがある時にしか買わないスポーツ紙に手を伸ばす。そうそう、朝電車に飛び乗ったからすっかり買い忘れてしまっていた。
    「なにこれ」
     一面を見て思わず笑ってしまった。見出しには『十五年目のプロポーズ』と書かれていたのだ。まるでスポーツ選手が結婚したみたいで、アイドルの、しかも男性ユニットのコンサートの記事でこんな単語が並ぶなんて多分前代未聞だろう。
     ただ目を引く見出しをつけたかっただけの揶揄い半分なのか、あのコンサートをみて心からそう感じて書いてくれたのか。どちらか判断はつきかねるが、見出しの先の写真をひと目見て、私は素早くそのスポーツ紙とアリナミンを手にしてレジに並ぶ。
     彼らの十五年は彼らにしかわからないことだらけだろうけど、写真の中のふたりは肩を組んで今までに見たことのないような笑顔を浮かべていたから、どうか後者であって欲しいと祈らずにいられない。
     やっぱり写真を見ると昨日を思い出してしまって。私は会社まであと三分の距離でまたぽろりと泣いてしまったのだった。

    《 おわり 》
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    十五周年コンサートに行くドルオタのモブ子ちゃん目線のお話です。お互いへのラヴがつよい勇尾。

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    ユーアンドアイ その人は、まるで絵本から飛び出してきた王子様のようだった。
     きらきらとスパンコールが光る衣装よりも、眩しいばかりのスポットライトよりもひかり輝くその笑顔に、幼い私は確かに恋をしたのだ。

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     私は所謂アイドルオタクというやつを、かれこれもう十三年やっている。今年二十五なので、人生の半分以上だ。しかも、同じ人を、自分でもびっくりするくらい一途に追いかけている。
     きっかけは忘れもしない、十二歳の金曜の夜。彼を、彼らをはじめて歌番組で見かけたその日に、私はアイドルという底なし沼というにはあまりにもきらきらして幸せな世界に頭から思いっきりダイブしたのだ。
     そんな私の人生の半分を占めるその人は、花沢勇作くんという男性である。年齢は今年で三十一歳。デビューは十六歳の時で、メンバーカラーは赤。尾形百之助くんとデュオユニットとして十五年間活動する現役アイドルだ。最近は本業のアイドルだけじゃなくてドラマや映画、それからアナウンサーとしても活躍していて、CMを含めると彼の姿を見ない日はないくらい。
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