〈下〉君のいない帰り道は夏の匂いがして 夜の間には気づかなかった隙間から、薄くやわらかなまだ夜明けの光が入り込んでいる。百之助はアラームも鳴る前であるのに、ゆっくりとまぶたを開いた。華美な花の文様があしらわれた天井に眉をひそめると、傍らで動く気配があり地続きのベッドが揺れる。青っぽい光の中で、その弱い光の陰影でも勇作の相貌ははっきりとしていた。
「兄様、おはようございます」
全ての輪郭がまだ曖昧な百之助の視界の中で、はっきりとした眉や長いまつ毛に縁どられた瞳だけが、像を結んでいる。ぼんやりと霞む頭のまま、いつもなら刺さるような勇作の視線から逃げ出すところであるのに、寝る前したことを忘れるようにその顔のパーツ一つ一つを視線でなぞった。
「ずっと起きていたのですか?」
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