クリスマスマーケットなんて嫌いだ!ークリスマスマーケットー
ヴァイセン及び周辺国の冬のメーンイベント
クリスマス期間の約1ヶ月、11月下旬からクリスマスまで街並みに出店や屋台が建ち並び、多くの人々で賑わう
グリューワインを片手にバウムクーヘンを頬張りながら広場を闊歩し、厳しい寒さを吹き飛ばす、そんなクリスマス限定のお祭りである
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「よし、お前ら。クリスマスマーケットに行くぞ!」
生徒たちは顧問の急な提案にこの人はまた何を言い出すんだろう?と各々に首を傾げている。
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ことの発端は上司からクリスマスマーケットの治安維持を行えという命令からだった。クリスマスマーケットの間は多くの人が広場に集う。そしてそのような場にはテロや犯罪が付き物だ。
王侯貴族が臨席するわけではないが、ヴァイセンの首都デリッツで行われるクリスマスマーケットはヴァイセン国内で行われるクリスマスマーケットの中で最大規模であり、その時期には多くの観光客が訪れる。
そのため、ヴァイセン軍も治安維持で出動するようになっているのだ。
本来なら1ヶ月の間、交代で職務に就くが、バルツァーは他国バーゼルラントでの教育任務にあたっているため、クリスマス当日のみ護衛の命が下された。
「あの、士官学校の生徒たちも連れて行って良いでしょうか?優秀な生徒たちなので尽力することでしょう」
「それは構わんが…なぜ?」
「彼らもある程度同盟国の行事や習慣を知っておくべきかと」
「それはそうだな。では頼んだぞ、バルツァー少佐」
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「顧問ったら急に何言い出すんですか?」
「ええっ!?俺、家の手伝いがあるんすよね…」
「クリスマスって何ですか?」
「そこから!?」
バルツァーは額に手を当て空を仰ぎ、やれやれと大袈裟な手振りをした。
「お前たち、喜べ。これは任務兼旅行だ。俺の故郷ではこの時期にキリストの生誕を祝って一年に一度の大掛かりな祭典を開く。
諸君らにはその祭典の治安維持任務に参加してもらう」
「強制なんですね…」
「えっ、お祭りなの?やったー!!!」
「顧問の故郷に行けるのか…」
「わぁぁ。おいしいものが食べれるかな?」
「楽しそうだけど、俺たちが行っていいんですか?」
「お祭り…??」
生徒らは三者三様の反応を示している。これもバルツァーにとっては想定の範囲内だった。
「まったく…何も知らないお前たちに丁寧に教えてやろう」
ふふんと鼻を鳴らしなぜか得意げな顔をする顧問。このやりとりも日常的だ。
「キリストの説明はさすがにいらないよな?いいか。元々は冬至の祝祭だったんだが、いつからかキリストの降誕を祝うためにそのイベントを行うようになったのがクリスマスの起源だ。
そのクリスマスの時期に合わせてクリスマスマーケットが開催される。なぜマーケットになったのか、その由来は厳密にはわかっていないんだがな…」
「はい、質問です。クリスマスマーケットはどんなものが売っているんですか?」
「バウムクーヘンやグリューワインの出店が並ぶんだ。あとシュトーレンやシュニーバル(スノウボール)、レープクーヘンといったクリスマス限定の伝統菓子もたくさんあるぞ!簡単にいうと出店を回って飲み食いしてお祝いする感じだな。
聖歌隊のステージもあったりアドベントカレンダーやオーナメントも売られ、商業的にも欠かせない一大イベントなんだ」
「それが任務になるんですか?」
「治安維持のため巡回する。治安維持活動がメインだが、その名目で出店を回ることは可能だ」
「少しなら遊んでもいいってこと?」
「まったく…それを俺に言うな。遠回しに見逃してやってもいいって言ってんだからな。お前たちも別の国の行事や習慣を知っておいて損はないだろう」
「キリストの生誕祭だと…?バルツァー、俺も連れて行け」
「でっ…殿下?!お聞きになられていたんですか」
「不服か?」
「でもクリスマスマーケットは庶民の催しですよ!?殿下が行ったら大騒ぎになりますって!!」
「じゃあ変装すればいいだろう。庶民の生活を知るのもまた王族の務めだからな」
「顧問、いいじゃないですか!殿下も一緒に行きましょうよ」
「「「「「そうだ、そうだ」」」」」
「ぐぅぅ…わかったよ、わかりました。ただし絶対バレないようにしてくださいね」
(そんな〜また俺の心労が増える…)
ークリスマスマーケット当日ー
ここはフラウエンマルクトというバイセンの首都デリッツに位置する大きな広場である。
大規模な祝祭や式典はここで行われることが多い。
時は夕刻。ヴァイセンの冬は日が暮れるのが早いため辺りは既に真っ暗だが、きらめく街灯が彼らの顔を明々と照らしている。
その光は幻想的で、御伽噺の世界に迷い込んでしまったような感覚に陥る。
立ち並ぶ出店にはバウムクーヘンやシュニーバルなど、普段は外で買えないクリスマス限定の食べ物も多くあった。
そんな夢のような光景に生徒たちは目を輝かせた。
しかし、そんな浮かれ気分もすぐに現実に打ち消され、聞き慣れた精悍な声が彼ら生徒たちに指令を下す。
そう、長い夜はまだ始まったばかりー
「まずは編成だ。俺は殿下の護衛兼案内役。
お前たちはユルゲンとヘルムート、パウルとディーター、マルセルとトマスの2人1組でそれぞれ決められたエリアを巡回するように。各自で対処できない異変や事件があったら俺にすぐ知らせる。何か質問は?」
「かなり大規模な治安部隊が出動しているし、今のところテロの予告もないが、こういうイベントにはそれらの類が付き物だからな。くれぐれも周囲への警戒を怠らないように」
「ええ〜。せっかくの祭典なのに脅さないでくださいよ」
「用心するに越したことはない」
「それでは散開し、各自の配置につけ。20時に時計塔の下に集合し、一度現状報告。緊急時には即時報告だ。それでは諸君らの健闘を祈る」
バルツァーとアウグストが北と中央エリアを巡回するのに対し、生徒たちは東西南にわけられたエリアをそれぞれ担当している。
時計塔は広場の中央に点在しているシンボルである。
トマスとマルセルの担当エリアは南、ディーターとパウルが東、ヘルムートとユルゲンが西となっている。
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マルセル・トマス side
「ねえ、マルセル。あのおばあさんが何か探しているみたいなんだよね。声をかけてくるから他を見張っててよ」
「探し物なら俺とお前で一緒に探した方が早いだろ。行くぞ」
マルセルとトマスは西エリアを巡回している最中、困った様子のおばあさんに気づいた。
本来ならそれは治安維持の仕事ではないのだが、心優しいトマスは当たり前のようにおばあさんに声をかけた。
「あの、おばあさん…何か探し物ですか?」
「おや、こんな婆やに声をかけてくれてありがとう。もしかして守衛さんかの?
さっきまで一緒にいた孫とはぐれてしまってね…探しているんだけど、人が多いからなかなか見つからなくて…
おとなしい子だからあまり騒がないだろうし。一緒に探してもらえると助かりますのじゃ」
「わかったぜ。どんな感じの子なんだ?」
「この子じゃ。見てもらった方がわかりやすいじゃろう」
おばあさんは懐から一枚の写真を取り出した。そこにはブロンドヘアに碧い眼の幼い女の子が写っている。
「かわいい子だね。じゃあ手分けして探そう」
「どうする?他の奴らにも一応伝えるか?」
「ぼくたちだけで探して見つからなかったら知らせよう。まだ遠くには行ってなさそうだし」
「じゃあおばあさんはここで待っていてください。ぼくたちで探してきますから」
「そうかい。悪いねぇ。でもその方が早く見つかると思うからお願いしますじゃ」
「じゃあ俺が時計回りに探すからトマスは反時計回りで探してくれ。見つかっても見つからなくても一度時計塔下で落ち合うぞ」
「うん。じゃあまたあとでね」
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ディーター・パウル side
「うわぁっ、あそこに大きな大砲があるよ!あんなに大きいの見たことない!!」
「ええっ、物騒だな〜暴発しないといいけど」
ディーターは見慣れない武器や真新しい機械に目がなく、小さな子供がおもちゃを見つけた時のように目を爛々とさせている。一方のパウルは慣れない人混みと問題児ディーターのお世話に既に疲労感を募らせていた。
「何も起きなきゃいいけどな…」
パウルがそう呟いた矢先のことだった。
「物盗りよ!!!誰かそいつを捕まえて!!!」
がやがやとしていた広場に女性の怒号が響き渡る。
「あっちに行ったわ!!!誰か!!!」
ディーターとパウルが女性の指差す方向に目を向けると、その物盗りは既に広場から離れようとしているところだった。周囲の人々は唖然としていて状況が呑み込めておらずその場に固まってしまっている。
「待てぇ!!!」
ただ一人、考えるより先に体が動いたディーターは一目散に盗人を追いかけた。
「おいっ、ディーター!勝手に動くなよ」
そのあとを遅れてパウルが追った。
(本来なら待機している警官隊がいるはずなのにこの騒ぎがあっても誰一人取り押さえないなんて)
慌てつつも周囲の状況をよく観察しているパウルは異変を察知した。盗人を取り押さえるのに必死なディーターはそのことにまだ気づいていない様子。
「なにかに巻き込まれそうな予感がする」
パウルの頬を嫌な汗が伝った。
ーーー
ヘルムート・ユルゲン side
「ねぇ、見て。あの御方かっこよくない?」
「本当…素敵な方ね!!」
賑わう広場に女性たちの黄色くさざめく声。彼女らの視線の先には騎兵科のヘルムートとユルゲンがいた。
ユルゲンにとっては日常になりつつあるこの光景にそこまでの戸惑いは見られない。
一方、ヘルムートは渦中の存在でありながら彼女らの声は気に留めず、任務に集中していた。
ユルゲンにとってこのヘルムートの鈍さは救いでもあり同時に悩みの種でもあるのだが…
そして1人の女性が意を決したようにヘルムートへと近づいた。これもまた珍しいことではないため、ユルゲンは周囲の状況を気にしつつその成り行きを見守った。
「あの…良ければこの花束を受け取っていただけませんか?」
「あ、ああ。ありがとう」
アマリリスと矢車菊の綺麗な花束をヘルムートはぎこちなく受け取るのだった。
花束を受け取ったことも一度や二度ではないにも関わらず、慣れないらしい。そこもヘルムートの愛らしさであった。
しかし、渡されたその花束は花よりもずっと重みを感じる。ヘルムートはその違和感に気づき、ユルゲンに声を掛けた。
「なあ、これ…花束にしては重量がないか?」
「言われてみるとそうだな…中にプレゼントでも入ってるんじゃないか?」
ーーー
バルツァー・アウグスト side
「バルツァー、さっきから眉間に皺が寄っているが、何か懸念することでもあるのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが」
(あんたまで着いてきたからだよ!!!)
そう叫びたい心を必死に抑える代わりに大きな溜息をついた。
「そうなのか?あまり楽しそうに見えないからてっきりクリスマスマーケットに思うところでもあるのかと思ってな」
ぎくり。こういう時の殿下は目敏いな。バルツァーは素直にそう思った。
「殿下に話すほどの大それた話ではないのですが、昔を少し思い出しましてね…」
「ほう、貴様はさぞ生意気だったんだろうな。初めて会った時も威勢が良かったからな」
「あれはもう忘れていただきたいですね…とんだご無礼でした」
「まあいいだろう。最終的に成果を収めたのだから」
「それで、何が言いたいんだ?」
「俺の昔話なんて聞いてもおもしろくないでしょう」
「聞かなかったことにしてやるから話してみるといい」
「もうこれ強制イベントですよね…話すまで帰れない」
…………………
『幼い頃に一度だけ、おばあさまがクリスマスマーケットに連れて行ってくれたことがあるんです。
あいつらと一緒で軍学校に通っている俺にはそこは縁のないきらきらした場所でした。
でもすごい綺麗で楽しそうなところだと思ったんですよ。朧げな記憶ですが…
珍しく浮かれた俺はそこにある様々なものに興味を示し、逐一いらんことをするクソガキでしたから。
おばあさまが俺と離れて飲み物を買いに行ってる間に当時の俺と同い年くらいのガキに出会ったんです。
そいつはいかにも利口そうなユンカーの風貌で第一印象はいけ好かない奴でした。
「ねえ、君。おもしろそうな物を持っているね。それって君が作ったの?僕にもよく見せてよ」
俺が作ったものを理解したことがある奴が当時1人もいなかったもんで…その時は素直にうれしかったんですよ。そいつは見た目通りおつむが良くて俺が作ったおもちゃを更に改良してとっておきのおもしろいものができたんです。
もう、そいつの名前は忘れてしまいましたが…
その時、そいつの父親が呼びに来たんです。
「さあ、行くぞ。…………ルフ」
「ああ…残念だな。できるなら君ともっと話しかったよ。ねぇ、名前は??」
「ベルント」
「ベルントか。たぶん君とはまた会える気がする。その時まで待っているよ」
「どういう意味だ…!おいっ!!」
そいつは意味深な消え方をしやがりましてね…本当になんだったんだか』
「バルツァー、もしかして気づいていないのか…?」
「何がですか??」
「いや、いい…知らない方が幸せなこともあるだろう」
「?」
「まあそんな感じで嵐みたいな奴が過ぎ去ったあと、おばあさまに魔改造した道具を見てもらったんですよ…
そしたら…俺の作りが甘くかったみたいでおばあさまに怪我を負わせてしまったんです。おばあさまは笑って許してくれましたが、俺にとっては大事でしたよ」
「ほう…お前にもそんなかわいらしい時代があったのだな」
「かわいらしい?!からかうのはやめてくださいよ。苦い思い出なんですから…」
「まあ、子供のときの過ちなんて誰しもひとつや二つくらいあるだろう」
アウグストはバルツァーから目を逸らしながらばつが悪そうに呟いた。
(殿下が俺を慰めるなんて今日は槍でも降るのか?)
バルツァーが失礼な思案をしていると、警官隊たちが騒々しいことに気づく。
「やばいぞ。あのお方がまた独断で動くらしい」
「またかよ。嵐になるぞ…」
「なんだなんだ。何が起こってるんだ??あの方って…」
バルツァーは今までも何度か行動を共にしたことがある、眼鏡の政治警察ホフマンを捕まえ声をかけた。
「バルツァーか!こんなことしている場合ではないぞ!国王陛下がバカンスでこちらに向かっているとお達しがあったんだ!!」
「えええっ!?陛下が此方に…でもなんでバカンスなんだ?急すぎないか??」
「事情は知らん。あの御仁は一度言ったらやり通すからな。ここで会ったのも何かの縁だ。協力してもらうぞ」
「まあそれが任務だしできることはするけどな」
バルツァーの胸中には領事館でのテロ事件が思い起こされた。
「もしかしてここでまた何か起こるのか…?嫌な予感がするからあいつらを一旦召集するか」
ーーー
マルセル・トマス side
「見つかったか?トマス!」
「ううん・・・子供が行きそうなところは全部探してみたけどどこにもいなかったよ」
「俺も屋台のおっちゃんとか警官隊にも聞いてみたけど誰も見てないって」
「一体どこに行っちゃったのかな・・・きっと寂しがってるよね」
落ち込むトマスを宥めつつ、
「これ以上時間が掛かるのはその子にとっても危ないし顧問に相談するか・・・その前におばあさんに一度伝えに行かねーと」
と提案する。もともと行動力のあるマルセルだったが顧問から学びを得てさらに頼もしくなったようにトマスは感じた。しかし、それは良い影響ばかりではないのでそこは心配だ。
「うん。嘆いていても仕方ないしそうしよう」
しかしーーー
「えっ!?おばあさんがいないよ!!」
「もしかして場所を間違えてんのか?」
「でも、僕とマルセルでそれぞれ時計塔を軸に周ったけどおばあさんには出会わなかったよ」
「・・・言われてみるとそうだな」
「なあ、あのばあさんは本当に孫を探していたのか?もしかして・・・」
「嘘だったってこと!?」
「あの女の子を誰も見ていないのがそもそも引っかかる・・・あの子は目立つ外見だったから、だれ一人見てないのはおかしいと思わないか?」
「・・・そう言われるとそうかも」
「よし、顧問に報告だな。何か裏がありそうだぜ」
「あっ!!お前らここにいたんだな。丁度招集しようとしていたところだ」
「「顧問!!!」」
曇っていた二人の顔に安堵が浮かぶ。相談したかった相手が目の前に現れたから。
「お前らも俺に何か報告があるみたいだな。よし、先に聞こうか」
「実は・・・」
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ディーター・パウル side
「捕まえたぞ!!!」
ディーターは盗人に飛び掛かり、体を押さえつけてなんとか捕獲に成功した。
「まったくこんなに大勢の中で盗みなんてしなくて良くないか?!」
パウルは呆れ顔でディーターに近寄り、盗人を縄で縛り上げる。
「この状況だからこそ意味があるのさ」
盗人は捕まっているにも関わらず涼しい顔で呟く。
それを聞いたパウルは怪訝な表情でディーターに耳打ちする。
「おかしいと思わないか?ディーター。こいつのこの落ち着きぶり・・・」
「言われてみると・・・まるでわざと捕まったみたいだね」
「これだけの騒ぎだったのに警官隊が駆け付けないのもおかしいしな」
「追いかけるのに夢中だったからそこまで頭が回らなかった」
「ふんっ・・・君たちも直にわかるさ。何が起こるのか」
「えっ・・・」
「なんだよ!何を知っているんだ!!」
「知ってることを言うんだ!!」
ディーターとパウルは盗人を問い詰めるもそれ以上口を割ることはなかった。
「どうしよう・・・拷問する?」
「ええっ!?それはちょっと・・・」
「ふふっ、よく頭が回るね。君たち。拷問は願い下げだなぁ」
「ああああっっっ!!お前は・・・!?」
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ヘルムート・ユルゲン side
ユルゲンの言う通り、花束の中には掌に収まるサイズの小包が入っていた。
「本当に入っているなんて・・・でもどうして花束の中に?」
その小包は綺麗な包装をされており、ただの贈り物にしか見えない。
「う~ん・・・特に変哲はないな。開けるべきだろうか・・・間違ってほかの人への贈り物を入れてしまったとかないだろうか」
「さすがにそれはないんじゃないか。気になるなら開けてみた方がわかるかもしれないな」
「ただ・・・こんなに小さいのになんでこんなに重いんだろう。まるで鉛が入っているようだ」
ユルゲンはヘルムートが持っていた小包を手に取りまじまじと観察する。
「確かに思ったより重いな・・・そこまで気になるならさっきの女性に尋ねてみるか?まだ遠くへは行ってないだろう」
「そうだな・・・ここで考えているよりその方が話が早いかもしれない。すまないが一緒に探してくれるか?ユルゲン」
「ああ、もちろんだ。困ったときは支えあうべきだろう」
「ありがとう」
「たしか時計塔の方に向かっていったぞ。そろそろ集合時間になるし丁度良い頃合いだな」
「そうか。それなら顧問にも報告できそうだ」
「花束を貰った報告をするのか?」
「このプレゼント(仮)についてだ!不審物だったら大変だからな」
「大げさだな・・・でも念には念を入れたほうが良いか」
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「お前たち!!!」
「お~い!ヘルムート!ユルゲン!!」
ヘルムートとユルゲンの前に集合場所で落ち合うはずだったバルツァーが現れた。すでにマルセルとトマスも同行していて慌てた様子である。
「へっ!?顧問、どうしてここに」
「見つかってよかったぜ。危うく手遅れになるところだった」
「何かあったんですか?」
「ああ・・・詳しい事情は後で話す。その小包の中身は爆弾なんだ」
「ええっ!?」
「開けると自動的に爆弾の時限装置が作動するようになっていてな。それを知らせるために慌ててきたんだが・・・よく開けずに持っていてくれたな」
「そうだったんですか・・・」
「あっ、開けなくてよかった」
それを聞いてユルゲンは青ざめたが、ヘルムートは眉根を寄せ厳しい顔をした。
「何の目的でこんなことを・・・そもそも開けさせたいなら花束に入れずにそのまま渡せばいいのに」
「よく気付いたな。すぐにその場で開けてもらっては困るってことだろう」
「こんな手の込んだことをする奴は、まあ・・・限られてくるよなぁ」
バルツァーは思い当たる人物がここにいることを確信し、ディーターとパウルの元へと急ぐことにした。
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ディーター・パウル side
「覚えていたんだね。僕のこと」
「顧問の知り合いの眼帯の人!!!なんであんたが盗みなんかしたんだよ・・・」
「謎解きといこうか?どうして僕がここにいるのか。そしてなぜ盗みなんて働いたかを」
「もしかして・・・本当にただの悪い人だったなんて!!!」
「こらこら・・・ベルントの優秀な生徒たちなんだからさすがにもうわかっただろう?」
「?」
「君たちに僕を捕まえてもらうために敢えて警官隊には捌けてもらったんだ。僕がヴァイセンの警官隊に捕まったらまた面倒だからね・・・」
「よし、このまま警官隊の人たちを呼び戻そうか」
「それは勘弁してほしいな・・・君たちの邪魔がしたかったわけじゃない」
「ああっ!!!」
「どうしたんだよ、ディーター!?」
「わかった!どうしてこんなことしたのか・・・その理由!!
もし僕たちが気づかなかったらどうするつもりだったんですか!?」
「そこは最初から考えていなかったよ」
「・・・」
(なんだろう・・・この人も顧問と少し似ている気がする。類は友を呼ぶってことなのかな)
「???」
二人の会話についていけないパウルはただ混乱していた。
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「やっぱり来てたのかよ・・・あの眼帯野郎。まあ今回は一役買ったみたいだし不問にしとくか」
その後、バルツァー達はディーター、パウルと無事合流するもその場にいたのはその二人だけで、後に残ったのは彼を縛っていた縄だけであった。
「ああっ!いつの間に抜け出してる!忍者なのかあの人・・・」
「結局爆弾をしかけた犯人は誰だったんですか?」
最後に合流し、深い事情がわからなかったパウルがバルツァーに尋ねた。
「そいつはもう捕まったしただの愉快犯だったよ。売り物と爆弾をすり替えているところを現行犯で抑えられたんだ。だけど、紛れ込んだ2つの爆弾はすでに商品として買われてしまっていてな・・・あの眼帯野郎もそれに気づいて一つは盗んだんだろうな。俺たちはもう一つの爆弾を探してヘルムートにたどり着いたってわけだ。まあ、どちらも爆発する前に回収できてよかった。よくやったな、お前たち」
「そういうことだったんですね!!」
やっと理解が追いついたパウルは安堵のため息をついた。
「でも結局あのおばあさんは誰だったのかな?」
トマスはまだ解決していない写真の女の子のことが気になった。
「そいつは爆弾とは関係ない誘拐犯だ。老婆に変装しはぐれた振りをして例の女の子を探していたらしい。どうも有名な企業の社長令嬢らしくてな。そっちの方は政治警察が動いて先に女の子を保護したらしい。お前たちが警官隊に聞いて回っただろう?だから誘拐犯の存在に警官隊も早めに気づけたんだ。あの不審者も動いていたしな・・・」
「じゃあ僕たちの聞き込みも役に立ったってこと?」
「ああ。その通りだ!」
バルツァー達の働きによって、事件は未遂に終わった。特に大きな被害も出ておらずやっと街に本来の平和が戻る。
「よくやってくれた。バルツァー少佐よ。諸君らもせっかくなのでこのクリスマスマーケットを楽しんでいくといい。警護は他の隊の物に一任しておいた」
「はっ!ありがとうございます。身に余るお言葉です」
バルツァーは上官に敬礼し、その場をあとにした。
「それにしても陛下は本当にただのバカンスだったなんて・・・」
「陛下の身の安全が一番だ。何もないに越したことはない」
「そうだけどよ・・・あのタイミングで言われたから紛らわしいことこの上なかったぜ。ああ、焦って損した」
「そうか・・・まあ今回もバルツァーらのおかげで事なきを得たようだし、一杯ぐらいは奢ってやってもいいぞ」
「その言葉を絶対忘れんなよ!!」
ホフマンはバルツァーへの言葉を一瞬後悔したが、たまにはこんな機会もあって良いかと元の持ち場に戻っていった。
ーーー
「これは一体なんだ?」
「シュニーバルって言ってクリスマスに食べるボール型の丸いドーナツみたいなものですね、結構口がもそもそします」
「あれは?」
「アドベントカレンダーと言って暦を数えるのに入れ替えが可能なんですよ」
「ほぅ。あそこに聖歌隊もいるな!」
「讃美歌の演奏もしますよ、たぶん」
「おお、懐かしいな。よく斉唱したものだ」
「俺は苦手なんですよね…歌うの」
「音楽全般が苦手なのか?たしかに似合わないな」
「好き放題言ってくれますね。別に趣味じゃないだけなんで!」
なぜか意地を張るバルツァーに生徒たち以上に楽しんでいるように見えるアウグスト。
バルツァーの想像以上にアウグストの興味を引いたのは意外なことだった。
(まあ、こんな感じならクリスマスマーケットも悪くないかもな・・・なんて。あいつらも俺が思っている以上によくやってくれたしな)
行き交う人々もみな笑顔で楽しそうにしている。そんな幸せそうな雰囲気に充てられ、普段は眉間に皺が寄りがちなヘルムートも穏やかな表情をしていた。バルツァーがそんなヘルムートの頭をわしゃっと撫でる。
「たまには年相応にはしゃいでもいいんだぜ。ほかのやつらも思った以上に馴染んでるしな」
バルツァーは生徒たちのやりとりに目を向けた。
「わっ!何それおいしそう~どこにあったの、マルセル、ユルゲン?」
「あそこの店にあったぜ。カリーブルストだって、まあまあ辛い」
「なかなかうまいぞ。これもここの名物らしい。店の人が教えてくれたんだ」
「甘いものばかりで辛い物もほしかったんだよね~買ってこよう!」
おいしそうなものに目がないトマスはいろいろな店を回っては食べ物を口に頬張っている。
「なんだこれ!かわいい~妹にお土産に買って帰ったら喜ぶかな?」
「いいじゃん!それは絶対うれしいと思うよ~パウル」
「いったいなんでできているんだろう?すごい精巧に作られてる。これの原理がわかったら武器の組み立てにも応用できるかな?」
「いや、物騒だな!!こんなところでも機械バカ全開だな・・・ディーターは」
パウルとディーターはオーナメントを片手にはしゃいでいる。
「ははっ!あいつらはいつもとあまり変わらないな」
「そうですね。最初は正直なんで私たちがこんな任務を・・・って思ってたんですが
来てよかったです。あの娘がわたしに花束をくれたおかげで結果的に解決に繋がったから」
「そうだな。今回もお手柄だったぜ」
ヘルムートはうれしそうに目を細めた。それを見届けながらバルツァーは生徒全員に呼びかける。
「お前ら、これから時計塔の下で舞踏会をやるらしいぞ!参加したい奴はしていいからな」
「顧問もどうですか?」
「俺はもう結構だ。いろいろ腹いっぱいなんだよ」
「また女性の足を踏んだら大変ですからね」
「ぐっ・・・言いやがるな。嫌なことを思い出させやがって」
バルツァーは苦悶の表情を浮かべ、ヘルムートはただ楽しそうに笑った。
こうしてクリスマスの楽しい夜は更けていくのだった。
fin.