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    バーで出会い仲良く恋愛の話をする杉と尾のお話の続き13
    宇佐美と房太郎が出てくる、杉と尾がもだもだするお話。長いです。

    バーで出会い仲良く恋愛の話をする杉と尾のお話の続き13尾形さんと宇佐美さんはそれからすぐに帰ったらしいが、あんまりぼおっとしていて記憶が曖昧だ。

    「俺、尾形さん気に入ったな」
    「房太郎好きそうなタイプだねえ~」
    「ああいう静かで芯が強そうなタイプは、実は甘えたがりだと思うぜ」
    確かにそうだ。
    「それで不思議な色気が好きだな。色白で、目がでっかくて。髪おろしたら可愛いんじゃないか?」
    そうだな、ちょっと幼くなって可愛い。
    「ああいう無口なようでしっとりした印象のやつはネコでもタチでも大概セックスがエロいんだよなあ」
    「ちょっと~エッチなお話じゃん! でもまあ筋肉あるのにお尻は大きいねえ。俺はよくわからないけど」
    どこみてんだよクソ! お前ら尾形さんを変な目で見てんじゃあねえよ!
    「俺あの人とやりたいなあ。きっといいんだろうな。ああいう気が強そうな人、ぐずぐずになると思わねえか」
    うるせえな。最高にいいに決まってんだろ。めちゃくちゃにいやらしいんだからな。そんなの俺だけが知っていればいいんだ。
    「変な男なんか別れさせて、大事にしてやりたいぜ。俺なら絶対傷つけたりしねえのに」
    うっ
    「あの人が傷つけられるなんて許せねえよなあ。なっ、杉元。お前もそう思うだろ?」
    「うあ~~~~~ッ!」
    しゃがみ込んで頭を抱えた。多分、白石と房太郎が目を丸くしている。
    「うあ~ッ! 尾形さんかわいそうじゃん! あ~もう! どうしてこんなことにッくそッ!」
    「おい杉元、大丈夫か?」
    「友達が辛い恋してると何かしてあげたくなるよね…分かるよお」
    どうしよう。ひどいこと言っちゃった。絶対誤解された。でもどうやって謝ったらいいんだろう。
    「まあまあ、俺が慰めてやるから安心しな。尾形さんにもラインしとくからよ」
    「房太郎、ライン知ってんの?! いつ聞いたんだよ!」
    がばっと飛び起きて房太郎にしがみ付いた。絶対に聞きだしてやる!
    「いててて髪引っ張るなよ。さっき尾形さんが帰るあたりに交換したの見てただろ? 俺は宇佐美さんのは知ってるしな。てかお前だって知ってるんだろ」
    知らない…。お店でしか会わないし、二人で飲みに行くときは一緒に行動してたから必要じゃなかったし。俺はこんなに付き合い長いのに知らなくて、会って3時間の房太郎が先に連絡先交換してるなんて、世の中狂ってる! いやそれに気づかない俺が馬鹿だったんだけども…。
    人間としても恋愛対象としても房太郎が尾形さんを好きになるのは当然だ。他にもきっと沢山の人間が尾形さんを好きになるだろう。今まで尾形さんの恋愛話を聞いていても、何で恋人が出来ないのか分からなかった。こんなに格好良くて良い人なのになって。それなのにどうして変な男となんて付き合っているんだろう。前一度、こんな恋愛でも自分には大切だと言っていた。それぐらい、尾形さんはその人を好きだったのか。そんな恋愛をしてるってのに、俺なんかの為にぎりぎりまで身体を貸してくれて、しかもやりたくてやったわけじゃねえなんて言われるなんて。そりゃあ彼氏の良さに改めて気づくってもんだよな。
    「うあ~~~~~~ッ! もう!」
    「杉元ぉ、大丈夫?」
    白石がさすがに心配そうに顔を覗き込んでくる。全然大丈夫じゃあねえけどやるしかねえ! 誤解をといて、尾形さんを傷つけたことを謝って、あの発言は違うことを言ってたんだって伝えないと。その為にはなりふり構ってられねえ。
    「房太郎、尾形さんの連絡先教えてくれ!」
    俺には機転がきく方じゃないから彼氏と別れさせるとか出来ないけど。
    せめて、せめて尾形さんにつけた傷は治さないと。祈るような気持ちでコールした。




    「百之助~。昨日はお疲れ。お前昨日うちまで帰れた?」
    「昨日はあっちに泊まった。とは言っても寝に行っただけだがな」
    宇佐美がにやにやして寄ってくる時はろくなことがない。唇を吊り上げて実にむかつく声を出して話しかけてくるが目もくれず資料を読む。
    「昨日、彼氏の話が出た時からテンション低いじゃん。本当はうまくいってないんじゃないの~。僕の目はごまかせないよ」
    後ろで手を組んで俺の座った椅子の周りをうろうろと歩く。実に気が散るので、話しかけられたくない。
    「言いたくない事でもある訳?」
    「うるせえな、何もねえからあっち行けよ」
    ふうん、と顔色を窺いながら俺のデスクに腰かけてきやがった。払いのけるだけでいらいらする。
    「八つ当たりは良くないよ。せっかく話を聞いてやろうとしてるのに。他に話せる人いないだろ。それとも杉元君に恋愛相談乗ってもらっ「乗ってもらってない」
    つい食い気味に答えてしまった。恋愛相談なんて、想像するだけで馬鹿馬鹿しい。思い出すのもおぞましいことがあったばかりだ。まさかあんな形で鬱憤を晴らされるなんて、俺も抜けてるな。
    あの日、最初はセックス指南の真似事をしていたのは確かだったけど俺が身体を晒す必要なんて無かったんだ。抜いてやるって言ったのも俺からだし、いかせたのも俺だし、挿れさせたのも、声がうるさかったのも、ゴムで遊んだのも、キスすんなとかガキみてえなこと抜かしたのも全部俺だ。きっと杉元さんは嫌だと思っても口にしない人なんだ。それなのに俺は…。いい歳をして、恥ずかしくて恥ずかしくて、小さくなって消えてしまいたい。こうして仕事をしてなければ気を紛らわさなければ耐えられなかったかもしれない。
    「彼氏と喧嘩でもしたの?」
    昨日はあの場で悔し紛れに今の恋人は俺を傷つけないと言ったが、それは嘘ではない。お互い傷をつけようにも踏み込める距離にも近づいていないので、傷つけることも喧嘩をすることも無い。実に穏やかなものだ。ただし他の人間の空気を意識しなければ。俺の心が浮かぼうとするのを碇が沈んで留めてしまう。
    「喧嘩する間柄じゃあねえよ。そんな非合理くせえこと」
    「喧嘩も出来ない間柄なんだろ」
    こいつ…。もう話すのも面倒だ。お前の仕事をしろ。
    「情けないな、百之助。はっきりいってやるよ。お前とそいつはそこまでの関係なんだ。あの時のお前の顔ったらなかったよ。がっくりきちゃって、そのことには触れないでくださいって子供みたいだったぜ。杉元君お前の話聞いてなんか言わないの?」
    「杉元さんは関係無いだろ!」
    はっと我に返るとフロアの社員、部下も上司も驚いてこっちを見ていた。そっと休憩室から様子を伺うものまでいる。すみません、と詫びて椅子に腰を落とす。大声と共に何かが抜けていき、目頭を揉んでうな垂れてしまう。はあ、こんなことで…。
    「こんなことで怒るの初めてじゃない、尾形主任殿。お前杉元君と」
    「止めとけ、ブサ美主任補」
    ぐっと宇佐美の顔色が赤くなったのが横目に見える。
    「言わないでやろうと思ったのに。このぶす之助。やりやがったな」
    「ははあ、やったがどうした。本当のことだろうブサイク時重」
    片眉を上げて宇佐美を見る。少しはすっとした。こいつは顔をこきおろされるのが嫌いだ。いじめついでに気分が落ち着いてきた、いいぞ。
    「違うよ、馬鹿だねお前は。杉元君とやっただろって言ってんの」
    は? は? 資料がばさばさと散らばっていくのが聞こえる。何言ってんだこいつ、何見てんだこの野郎。
    「ハア? 何言ってんだてめえ。冗談も休み休み言え。いつのこと言ってんだ」
    「えッそんなにいっぱいやってんの? もしかして彼氏んちに連れ込んだの?」
    「違う! そんなことしてねえ!」
    ガタッと椅子を蹴って立ち上がったせいでまた注目の的だ。俺はもはや騒音でしかないようだ。こっちこい、と宇佐美のネクタイをぐっと引く。あ~パワハラだあ~と言いながら、嬉しそうなステップで引きずられて来る。畜生。
    「お前、いつから気づいてた?」
    休憩ブースのベンチに誰もいないのを確認し、自販機のコーヒーを買う。唾を飲み込み、がこんと間の落ちる音を合図に宇佐美に話しかける。せめてお手柔らかにと願って宇佐美にもコーヒーを投げてやる。その宇佐美は何故か目を丸くしてこっちを見ている。
    「たった今だよ…お前こんな子供だましのカマかけに…! 信じらんない、お前どうしちゃったのお、鬼の尾形主任が!」
    嘘だろ。今度こそ何かが抜けていった。立っていられん。赤いペンキで塗られた安っぽいベンチに座り込む。
    「……宇佐美、コーヒー返せ…それと今すぐ忘れるか記憶無くすまで殴られるか選べ」
    「お前が昨日様子おかしかったのって杉元君のせい? でもお店で会った時は普通だったじゃん。どこで何があったわけ。お前が悪いの? それとも」
    俺の隣に腰掛け宇佐美が問いかける言葉がやけに重く聞こえる。ばれてしまったという焦りと、袋小路の日々を誰かに聞いてほしかったという安堵と。両天秤がぐらぐらと揺れている。
    「はあ、昨日杉元さんが何やら絶叫していたのを覚えているか」
    「あ~あの青年の雄たけびね。自己弁護みたいな、別にやりたかったわけじゃないとか何とかね」
    「あれは俺のことだ」
    「成る程」
    「あそこまで言われたら俺だってさすがにへらへらはしていられねえ」
    逆に笑うところかもしれないな。自嘲してコーヒーを飲み込んでも、喉がごくりと鳴るばかりで味なんてしない。
    「そりゃそうだ。でもさ、お前だけの責任じゃなくない? 状況は分からないけどセックスは無理矢理じゃあ無ければまあまあイーヴンだろ。大人なんだし、酔いの間違いだとしても本人の目の前であそこまで言わなくない? 他になんか原因ないの?」
    「彼にとってはそれほどの黒歴史になったんだろうよ」
    「何その三人称。あんなこと言われてお前腹立たないの? そんなに悪いことしたの?」
    「まあ俺が誘ったようなもんだったからな。他人がいることで冷静になって分かったんだろ、馬鹿なことしたって」
    馬鹿なこと。本当だ、馬鹿なことしたな。やっぱり俺はうまくいかないな。
    「彼氏は知ってんの、このこと」
    「知る訳無いだろ、知られたらさすがに終わりだろうよ」
    「百之助…元気出せよ。言っただろ、暗い夜道と甘いセックスには気をつけろって」
    「ははあ、お前に心配されるなんて俺も焼きが回ったな。もう行け、資料に赤入れといたから修正しとけ」
    休憩スペースを出ていく宇佐美の後ろ姿を見ながら、こんな泥沼にハマっていないあいつが羨ましく思えた。末期だな。
    胸ポケットからスマートフォンを取り出す。知らない電話番号から20件は着信がある。房太郎君からもラインが入っていて宇佐美さんも一緒に今度遊ぼうね、とハートマークが散っていた。ため息が出る。ややこしいことになるのが嫌でどちらも無視している。電話がもし繋がってしまったら、自分の愚かさと、否定されたことのいたたまれなさに呑まれるだろうことは明白だ。反対に普通の話をされたところで俺はいつもと同じ態度はとれないと思う。足取りは重いがやっと進む方向が見えてきた、後は知らない番号からの着信を拒否するだけだ。

    最後のタップを前に、ほんの少しだけ躊躇があったが、杉元さんの昨日の必死に弁解する顔が頭に浮かんで慌てて実行した。

    それじゃあ、俺はこれで失礼します。ご迷惑をおかけしました。
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