「わかった、もういりませんよ。今日一日くらいは何とでもなります。その代わり帰ったらカンシさんに意地悪されたってモリヒトさんに言いつけて怒ってもらうから!」
「いや!それだけは……ミハルきゅん!」
そう言って大きな音を立てて部屋を出て行ったミハル。
いや……、ホンマは吸魂くらいワシは別に構へんのや。ただ、その吸魂で少しばかり気持ちがミハルに伝わってしまうというのが問題なのだ。
実はワシは密かにミハルに思いを寄せていた。
初対面のときにワシはミハルに一目惚れしたんやが、すぐに男だと知ってこの恋はなかったことになった。はずだった。
シェアハウスで日々一緒に過ごすようになり、いつの間にかワシはコイツに心を惹かれていたのだ。
しかし男同士。こんな気持ちをミハルには知られたくない。吸魂なんてされたらバレてしまう。せやから吸魂だけは勘弁なんや……すまん、ミハル。
***
「聞いたぞ。ミハルが生気を必要としていたのに断ったと。ミハルの体調に関わることなんだ。なるべく協力してやれ」
案の定帰ってきたモリヒトに注意されてしまった。
「は……はい……」
「悪いなミハル。今からでも吸うか?」
そう言ってミハルに腕を向けるモリヒト。
「あ、いえもう大丈夫です。学校で友達から吸わせてもらったんで」
「友達から?」
意外な返事が返ってきた。ミハルに生気を吸われて平気な人間がおるんか?ショッボショボにならんか?
「ボクらと同じ祖先に事情がある人で、生気が有り余ってるんですよ。定期的に発散する必要があるらしくて、ボクにとっても彼にとってもwin-winの関係です」
ニコニコと嬉しそうに話すミハル。
「そうか。吸魂の心配がなくなったのなら安心だ。よかったな」
「はい!」
なんや話聞いてる感じその相手とかなり親密そうな気がするんやけど……。
ほ、ホンマに友達か?急に不安なってきた。まさかそいつとデキてるとか言わへんよな……?
***
バイトを終え、家に向かう。
夕方ということもあって街中の人通りは多い。そんな中でワシの前に見覚えのある姿が現れた。
(あれは……)
「おっ!ミハ……」
声をかけようとしたが誰かと一緒にいることに気付き慌てて口をつぐむ。
ミハルの隣にいるのは背の高い男やった。眼鏡をかけたイケメンだ。
2人は仲良さげに笑い合いながら歩いていた。まるでカップルのように。
そしてミハルが相手の袖口をクイっと引っ張ると何か耳打ちし、そのまま人気のない路地へ消えていった。あの2人が何をしていたのか想像するのは容易かった。
えっ……嘘やん……。ショックでしばらくそこから動けなかった。
***
家に帰るなりワシは布団の上に倒れ込む。
ミハルが男と付き合うとるかもしれへんという事実が未だに信じられない。しかもあんなイケメンと。
もしかして前にミハルが言っとった「友達」がアイツなのかもしれへん。でもあの路地裏へ消えていったのは友達のそれやないよなあ……。
ミハルは可愛い顔しとるからモテるのはわかる。しかし相手が男とは予想外だった。
アイツ男が好きなんか……。
そんなことを考えているうちにだんだん腹が立ってくる。
なんやねんあいつ。人の気も知らんと勝手に男作りよってからに。
ああアカン。嫉妬でどうにかなってまいそうや。
いっそこのままミハルを押し倒して襲ったろか。……いやいや待て待て。それはあかん。
ワシの中の理性が必死に止める。
もしここで手を出したら、今まで築き上げてきた関係が崩れてしまう。それだけは避けなければ。
しかしこのままではいずれ爆発してしまう。それこそミハルに手を出してしまいそうだ。
どないすればええんや……!
「カンシさん、どうかしましたか?」
突然ドアが開きミハルに声をかけられビクッとする。
「み、ミハル!?いつの間にそこにおったんや……」
「たった今ですよ。モリヒトさんからカンシさんがなんだか落ち込んでるように見えたって聞いたので……大丈夫ですか?」
「あ、いやその……」
思わず口ごもってしまう。
「ボクでよければ相談に乗りますよ。力になれるかわかんないですけど」
そのおまえのことで悩んでるんやけどな……なんて言えるはずもなく。
「いや、なんでもあらへん。気にせんでくれ」
「そう、ですか」
「…………」
き、きまずい。どうしよう。なんて切り出せばいいんだ。とりあえず話題を変えよう。
「ところでミハル、今日バイト帰りにミハルをチラッと見かけたんやけど、一緒におった男は友達か?」
「えっ?見てたんですか?恥ずかしいなぁ。そうですよ、同じ学校の友達です。あれですよ、こないだ言ってた吸魂させてくれる友達っていうの、彼がそうです」
「あ、そう、か……」
「彼すごく生気が多いんですよね。ボクにとってはありがたい存在です」
「そうか。そ、そいつのこと好きなんかいな?」
つい本音が漏れてしまった。しまったと思ってももう遅い。恐る恐るミハルの顔を見ると目を丸くしていた。そりゃそうだろう。いきなりこんなこと聞かれたら驚くに決まっている。
するとミハルは少し頬を赤らめて言った。
「好き?う~ん……まあ友達としては好きですけど」
照れくさそうに笑うミハルを見て胸がズキッとした。その笑顔が自分に向けられたものじゃないと思うと、苦しくて切なくて泣きそうになる。
ミハルはワシのことを友人としてしか見ていない。それが現実なのだと思い知らされた。
「えっちょっとカンシさん?どうして泣いているんですか?!」
気が付けば涙が出ていた。
ミハルは慌ててワシの背中をさすってくれる。その優しさが余計辛く感じ、ますます泣けてくる。そしてついに我慢の限界に達し、ワシは勢いに任せてミハルを抱きしめていた。
「えっ、ちょ、ちょっと、カンシさん?本当にどうしたんですか?」
「なあミハル、ホンマにそいつのことが好きやないんか……?」
「な、なにを言うかと思えば……。だから友達だって言ったじゃないですか……」
ミハルは困惑している様子だった。それでもワシはミハルを強く抱き締め続ける。ミハルは特に抵抗もしてこなかった。
「じゃあワシがおまえにキスしても怒らないよな?」
「は?どうしてそうなるんです……んぅ!」
強引に唇を重ねる。柔らかい感触が伝わってくる。
「か、カンシさん!?離し……」
抵抗しようとするミハルを押さえつけ、何度も口づけをする。
そして舌を差し込みミハルの小さな口にねじ込んだ。歯列をなぞり、上顎を刺激していく。すると次第に身体の力が抜けていき、やがてミハルの方からも絡めるようになってきた。
「んっ……ふぁ……はあっ……」
ミハルの吐息が甘くなっていくにつれ、ワシもどんどん興奮してくる。……もっとミハルを感じたい。
さらに激しく貪っていくと、ミハルの呼吸が荒くなってきた。
「……ぷはっ!……はあ、はあ……。カンシさん……苦しいですよ……」
「す……すまんかった。ちと夢中になってしもた……」
ミハルの顔を見ると頬が紅潮していた。目は潤んでおり、まるで情事の後のようだ。
「ミハル……。ワシはミハルが好きや。誰にも渡したくない。ずっとそばにいたいんや……」
ミハルは黙ったままうつむいている。
「あんな男にミハルを取られてたまるか」という思いが口から溢れ出す。
「……あの、カンシさん。さっきから言ってますけど、彼は本当に友達ですから、なにもないですよ……?」
……なんて?今なんと言うたんや。
「いやだって2人で路地裏へ入ってくの見たで」
そんなワシの心境など露知らず、ミハルは話し続ける。
「えっ?あー……。それは吸魂するためですかね。人通りの多いところでやるようなもんじゃないですし」
「いやでもめちゃめちゃ仲良さそうにしてたやん。……デキてるんちゃうん?」
「違いますよ!ただの親友です!そんな関係じゃないですから!!」
顔を真っ赤にしながら必死に訴えかけるミハルを見て、ようやく冷静になった。
「あ……すまん。なんか妙に距離近く見えたから……」
「ええー……、そんなふうに見えてたんですか?……うーん、あんまり意識したことなかったですけど」
長らく友人と距離を置く生活をしていたから、ちょっと友人との距離感間違えてたかもしれないです……とか呟いている。
「……ほんならワシの勘違いやったんか?」
「はい、そういうことになりますね」
「……よ、よかった~!マジで焦ったわあ」
思わず安堵のため息が出る。するとミハルがくすっと笑みを浮かべた。
頬を染めて、照れたような表情をしている。その顔がとても可愛くて愛おしくなる。
こんなにもミハルのことが好きになっていたのかと改めて実感すると同時に、今までの自分の行動に恥ずかしくなった。
「……さっきのキスで、カンシさんの気持ち……触れたところから伝わってきたんですけど」
「……おう」
ドキリとする。もしかしたら自分の想いがバレバレだったのかもしれない。
ミハルは恥ずかしそうに目を伏せながら話す。
「ボクも……その……カンシさんのこと、嫌いではないというか……むしろ……その……」
モジモジしながら言葉を詰まらせるミハル。可愛い。今すぐ押し倒したい。
でもまだだ。最後まで聞こうじゃないか。
ワシは静かにミハルの言葉を待つ。
ミハルは深呼吸をして心を落ち着かせると、意を決したように口を開いた。
「……ボクも、カンシさんのこと、好き……です」
心臓が高鳴った。嬉しさのあまり叫び出したくなる衝動を抑えつつ、ワシは冷静に言葉を探す。
ここでヘタれるわけにはいかない。
ミハルの瞳を見つめると、吸い込まれそうになるほど綺麗だった。
ミハルは恥ずかしそうにしながらもまっすぐこちらを見て口を開いた。
「……ボクと付き合ってください」
ワシはその瞬間、ミハルを強く抱きしめていた。もう我慢できなかった。
「うおおおぉぉ!!!ありがとうなあミハル!ホンマに嬉しい!」
「ちょっ、痛いですよ。離してくだ……」
「絶対幸せにしたるからな!約束する!」
ミハルはしばらく抵抗していたが、やがて諦めたのか大人しくなった。
そして小さな声で呟いた。
「はい。よろしくお願いします……」
こうしてワシとミハルは恋人になった。
これからどんな日々が待っているだろうか。楽しみで仕方がない。
おわり