朝目覚めるとなんとなく体の調子が悪かった。ボクは定期的に人の生気を吸わないといけないのだが、そろそろそのタイミングだったようだ。
モリヒトさんに一本もらおうかな……と思いつつ、どうせ吸うならジキルから吸った方がお互いのためだよな、とふと思う。ボクが生気を欲しくなってきているんだから、ジキルだってそろそろ破壊衝動が溜まってきているだろう。
まあこのくらいなら今日一日くらいはなんとかなるはず。
ボクは学校でジキルから吸魂させてもらうことにした。
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いつものように登校し、自分の席に着く。ジキルにLINEを送ったが返信は来ない。ボクたちはクラスが違うから毎回LINEで会うためのやりとりをしている。
まあ昼休みにでも覗いてみようかなと思いながら授業を受けた。
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午前中の授業が終わり昼休みになった。相変わらずLINEの返信はない。というかそもそも既読が付かない。スマホ見てないのかな?
昼食を食べ終えてジキルのクラスを覗いてみるが見当たらない。
そばにいたジキルのクラスメイトに聞いてみると、ジキルは生徒会の仕事があってそっちに行ったらしい。
それじゃあ無理か。次にしよう。とりあえず学校には来ているみたいで安心した。
周りの女の子たちが「あの転校生の……」とか「生徒会長とどういう関係なのかな」「キャー」とかヒソヒソ話しているのを横目にクラスに戻った。
5時間目が終わってまたジキルのクラスに行ってみたがいなかった。
移動教室でさっさと行ってしまったらしい。タイミングが悪いなあ。
6時間目が終わり、帰りのホームルームを済ませて帰る支度をする。正直そろそろしんどくなってきた。
これで教室にジキルがいなかったらどうしよう。家までちゃんと帰れるかな……そう思いながら教室を出ると声をかけられた。
「おい、大丈夫か!?フラフラじゃないか」
顔を上げるとそこにいたのはジキルだった。心配そうな顔をしながら駆け寄ってくる。
ああ、やっと会えた……。
ジキルのもとへ歩こうとするが、フラッと体が傾く。倒れそうになったところをジキルに支えられる。
「おっおい、霧生、大丈夫か!?」
ジキルはびっくりした様子だったがすぐにボクを支えてくれた。
「……やっと会えた……」
「すまん。おまえが何度もうちのクラスに来てオレを探しているとクラスメイトに教えてもらってな。なかなか都合がつかなくて悪かった。とりあえず保健室へ行こうか」
別にジキルから生気が吸えれば保健室じゃなくても良いんだけど……と言おうとすると突然身体がふわりと浮いた。
「……えっ?」
そのままジキルに抱き抱えられる。いわゆるお姫様抱っこというやつだった。
ボクを軽々と持ち上げたまま歩き出すジキル。
ちょっと待って!さすがに公衆の面前でこれは恥ずかしい!ほら女子たちがなぜか嬉しそうにキャーキャー言ってる!
「おっ下ろして!ボク自分で歩けるから!」
「フラフラで倒れたやつが何を言ってるんだ。大人しく運ばれてろ」
そう言われてしまうと何も言い返せない。
ジキルはそのままスタスタと歩き出す。周りの女子達の声が遠ざかっていくのを見て、明日から変な噂が流れそうだな……と思うのだった。
ジキルはボクをお姫様抱っこしたまま一階の保健室を目指して階段を下りる。
ちょっと距離あるんだよな……。今すぐ吸いたいな……。こんなにジキルに密着しているのにまだ吸えないなんて。早く欲しい……。
ジキルの顔を凝視するそんなボクの視線に気付いたのか、ボクの方を見たジキルと目が合う。
「……ねえ、ジキル。ボクもう待てない。今すぐ欲しい……」
「はっ!?ちょっと、待てっ、おい!」
そう言いながらジキルの頬へ手を伸ばす。ぴとりと手のひらで触れるとそこから生気を吸い取る。
「バカ!手が塞がってるときに……っ!……ったく!」
ジキルはボクを抱えたまま階段下の物陰に入り、壁に寄りかかるようにしてしゃがみ込んだ。ボクはジキルに寄りかかったまま膝の上に座る形になる。
その間も生気を吸い取っていたのでだいぶ元気になってきた。
「ほら、こっち」
ジキルは腕をまくってボクの前に差し出した。ジキルの顔を見るとなんだか余裕がないように見える。
「それじゃあ改めて、いただきます」
ボクはその腕をつまんでジキルの生気を吸う。ズキュンズキュンと生気を吸う音が響く。
「ああ〜〜……生き返るぅ〜〜……」
生気を吸うとどんどん元気が出てくる。
「……連絡取れなくてすまなかったな。たまたま今日スマホを家に忘れてきてしまっていてな」
ジキルが申し訳なさそうにしている。
「無事に会えて吸えたからもういいよ。今後はちゃんと携帯しといてよね」
「ああ、気をつける。……そろそろいいか?」
「……もう少しだけ」
ボクはもっとジキルの生気を吸っていたくてぎゅうと手に力を入れ、上目遣いでジキルを見つめる。
ドクン、と生気からジキルの感情が伝わってきた。ボクのことを好きだと言ってくれている。……それと。
「……さっき、キスされるかと思った?」
ジキルの生気から伝わってきた感情を読んで、つい声に出てしまった。
「なっ、なんのことだ」
ジキルが動揺している。わかりやすいなあ。
「顔赤くなってるよ」
「うるさい」
「かわいいね」
「かわいくなんか……」
「ボクのこと好きなんだ」
「……」
「好きって言ってくれた方が嬉しいな」
ジキルの目を見ながら言うと、観念したように「ああ、そうだよ」と言った。そしてボクを抱き寄せて唇を重ねた。
「……え」
突然のことにボクは固まってしまう。
「これで満足か」
照れ隠しなのかぶっきらぼうな言い方をするジキル。でもその顔は真っ赤だ。
「うん」
ボクは嬉しくて恥ずかしくてジキルの肩に顔を埋める。
「……おまえ、今日吸魂するときの顔がやたらといやらしいんだが、わざとか?」
「えっ!?……あ、うん!わざとだよ!えへへ……」
どうやら無意識のうちに色っぽい表情になっていたようだ。ジキルに指摘されるまで気付かなかったが、生気が足りなくて飢えていたのだから仕方ないだろう。
「まったく……おまえという奴は……」
ジキルは呆れたような顔をしてボクの頭を撫でる。……そういえばボクもまだジキルに言ってないことがあったんだった。
「あのね、ジキル」
ボクはジキルの首筋にちゅっと口づけた。
「……ボクもジキルが好き」
そう言って今度は頬に軽くキスをした。
「……そうか」
ジキルは一瞬驚いたようだったが、すぐに優しい笑顔になった。
「……そろそろ帰るぞ。送っていくから」
「わかった。ねえ、ジキル」
「なんだ」
「ボクのこと、これからミハルって呼んでよ」
「……考えておく」
「じゃあ、今考えておいて!」
「……はいはい」
ジキルはボクの頭を一撫でして立ち上がった。
「……行くぞ、ミハル」
「えっ!?今名前呼んだ!?」
「……うるさい」
「ねえねえ、もう一回!」
「……早く来ないと置いてくぞ」
「あっ、待ってよ!ジキル!」
ボクは慌ててジキルを追い掛けた。
おわり