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    fuji

    成人済み腐女子。特に記載がなければバック・アロウのレッカ寄りの落書き置いてます。
    気力が尽きるまでしゅうびへの愛を書き殴ります

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    POIPOI 493

    fuji

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    切り立った崖だらけの険しい山の山頂に程近い、僅かな平地に一人胡座をかき、男は夕焼けを眺めていた。
    地球みたいに太陽が地平線に沈んでいく夕暮れもいいが、やはり空と壁が溶け合うような橙色に染まる、このリンガリンドの夕焼けが好きだ。

    男がこの地に生まれ落ちて、初めて見た景色がここにある。
    今では大部分が崩れてしまって名残を見つけることすら困難ではあるけれど、ここで暮らした村人のたくさんの目に囲まれて、男は誕生した。
    良く晴れた青い空。
    その遥か遠く、ここからでも目視できるほどに高く聳え立つ世界を囲む高い壁。

    懐かしいな、と男は思った。
    リンガリンドのあらゆる場所を旅し、そのどこからでも壁は見えた。
    けれど、この場所から見る壁が、一番美しく、そして胸を締め付けるのだと男は思う。

    世界の始まりからそこにあった壁は、幾つ国が興り滅びていっても、何一つ変わらずそこにある。
    それを眺める男もまた、誕生したその日のように、何も変わらないみずみずしい肌を夕陽に染めながら座っているのだ。

    あんなにその外側に行きたいと願っていた壁なのに、今ではこの場所からそれを見ているのが一番心が慰められる。
    疫病神だ、と罵りながらも、心を開いてくれ、男を受け入れてくれた仲間たちがいたのだ。かつて、ここに。

    けれど、男にバック・アロウという名前をくれた仲間たちは、もういない。

    「……」
    アロウは手の中の冷たくて硬い感触のそれに目を落とした。

    成人した男の両の手のひらで、ちょうど包み込めるような大きさの黒い物体だった。
    一面が正方形で、それが六面。
    裏に返しても側面を見ても、どれも同じで、アロウはこれをどの面を上にして持つのが正解なのかいまだにわからない。
    中身が入っている、とシュウが言ったので、一応扱いには気をつけたいとアロウは思ったのだ。
    そう言うとシュウは「そんなやわなものを僕が作ると思うかい?」と、ふた周りも痩せてそこばかり目立つようになった目を細めて笑った。




    思えば、まだ生まれたばかりのアロウには「死」というものは身近ではなかった。
    戦いで命を落とすことはあるし、悲しいことだと思う。
    戦いは良くないし、人は無意味に他人と命をやりとりしてはいけない。
    アロウは人としての経験が少なかったから知らなかった。
    人はわざわざ命を奪わなくても、そのうち老いなり病なりで自然と死んでいくことを。

    奇妙なにおいがする、と、アロウは思った。
    地球へ向けて旅立ってからしばらくのある日。いつものようにモニターに向かって作業しているシュウの後ろに立ったアロウの鼻を、嗅ぎ慣れない匂いがかすめた。
    匂いの元を探そうとスンスンと鼻を鳴らし、その元を探す。
    目をぎゅっと瞑ってそれが強くなる方向に顔を近づけると、鼻先が柔らかくもすべすべとした何かに突っ込んだ。
    「うわ。」
    と驚くシュウの声に目を開ける。
    アロウの鼻が埋もれていたのは、シュウの髪だった。
    「何。びっくりしたなあ。」
    作業の邪魔をしたアロウを咎めるでもなく、シュウは振り返って「どうしたの」と尋ねた。
    思い切り吸い込んだシュウの髪の香りは、いつものようにアロウの脳を甘くくすぐる。
    けれど、微かに、先ほどアロウの感じた奇妙な匂いを含んでいた。
    「洗髪剤とか、お香とか、変えたか?」
    「…?いや、別に。いつもの通り、君たちと同じものを使っているよ。」
    「…そうか。」
    何か違うかと訊かれて、アロウは答える。
    自分から妙な匂いがしたなんて、シュウは良い気はしないだろうが、アロウは自分の知ることも思うことも、シュウと共有すべきだと考えていた。
    そもそも、シュウが匂うのではなく、自分の鼻がおかしいのかもしれないし。
    「甘い、匂いがした。…ような気がする。」
    それはほんの微かだったけれど、甘い匂いだった。
    いつもシュウの纏うふわりとした優しい甘みではなく、何か、こう、たとえば、果物の傷んだ時のような。
    「そうかなぁ、自分ではわからないな。」
    胸元にかかる髪の束を手に取って、シュウはその匂いを嗅いで首を傾げた。
    「昨日調合した薬剤の匂いが残ってるのかもしれないね。」
    そう言うと、シュウはまたモニターに向き直って作業の続きに戻ってしまった。
    この話はここでおしまい、ということだ。
    アロウも落ち着かない気分のまま、シュウの後ろの椅子に腰掛けた。




    その後も、時々思い出したようにアロウはシュウのそばでその匂いを嗅いだ。

    最初は気のせいかとも思える微かなものだったのに、だんだん強く、はっきりしていく匂い。

    シュウが床につくようになってようやく気づいた。
    それは、死の香りだったのだと。




    地球に着いた時、たった五名しかいない乗組員たちは故郷との違いに目を回した。
    景色、文化、食べるものに生活のシステム。珍しいものばかりだ。
    知識のかたまりで、日々それを増やすことを至上の楽しみとしているシュウなど、喜び勇んで手当たり次第に地球のものを見たり聞いたり大はしゃぎするのだろう。
    と、思っていた仲間たちの思惑は外れた。
    シュウは神子を適切な地球の施設に預けるとき外に出て来はしたが、特に周りに興味をひかなかったかのようにすぐグランエッジャに戻ってしまった。
    留守番は必要だろう、というのがシュウの意見である。
    だが、仲間たちにはわかっている。
    シュウは、地球に到着するまでに拾った隕石のかけらに夢中なのだ。
    それを手に入れてからのシュウは、その石に妙な光を当ててみたり、削ってみたり、粉末状になったそれをよくわからない液体につけてみたりと忙しい。
    最低限の業務をこなしたあとは研究室にこもってそんなことばかりしていたから、食事も摂らないシュウにビットがキレ散らかしたのも一度や二度ではない。

    何がそんなに面白いのだろう。ただの黒い石ころなのに。
    地球式のもてなしを受けながら、仲間たちは思った。
    地球での何もかもが珍しくて興味深かったが、リンガリンドにはない珍味を提供されて舌鼓を打ったところで、この場に5人揃っていないことがどうにも落ち着かなくてつまらなかった。

    旅の間に情の移った神子と別れるのも寂しかったが、シュウをいつまでも一人で留守番させるわけにもいかない。ビットは自分の食事を頬張りながらも、シュウが食事を抜いて倒れているのではないかと恐々としていた。
    エルシャも故郷で別れたきりの祖父が気になるということで、当初の予定よりは早めに帰路に着くことになった。
    グランエッジャで出迎えてくれたシュウはやはり別れる前より目に見えて窶れていて、怒った仲間たちにもみくちゃにされた挙句、出航と同時に食堂に連行されていったのだった。

    それを見たアロウは口元を緩め、肩から力を抜いた。
    あとはもう帰るだけだし、シュウには3食しっかり食事を摂らせ、決まった時間には寝かせないと。
    特にトラブルが起こらなければ、大変に暇と言っていい航海だ。
    石の研究は健康に影響のない程度にのんびりやらせればいい、とアロウは思った。




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