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    久辺(くべ)

    @pochichi_kube
    腐も夢も愛すカプ固定なしの雑食野郎

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    久辺(くべ)

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    初対面みとかじが同棲生活で距離を縮める話

    #みとかじ
    #巳梶

    ■五月二十日

     夏がくる。
     窓の外では降りしきる雨と鳴り響く雷が喚き散らすように騒いでいる。部屋全体に息苦しさを覚えさせる湿り気は、エアコンで調整した程度ではなくならない。昼間だというのに黒い雲に覆われているせいで、蛍光灯の明かりだけでは梅雨の陰気さを打ち消けせず、雨音とともに室内に入り込んだ鬱屈した雰囲気が支配している。
     巳虎はダイニングチェアーに腰掛け、溜息をついていた。
     今日、何回目だろうか。
     少しばかり痛む頭を少しでも癒そうと米噛みを揉みながら、巳虎は退屈という苦行に耐えている。ここ三日間、部屋に籠りきりになっているせいだ。
     祖父に「まかせろ」と言った手前、途中で投げ出すつもりは毛頭ないが、やはり一ヶ月もこんな生活が続くことを考えると、さすがに憂鬱な気持ちになっているようだ。
     美年の頼みはいつも唐突である。
     孫ならば、無理してでも頼みをきくだろう、という少々理不尽な考えが根にあるからだ。巳虎は巳虎で、それに反発を覚えることもなく、自分を投げ打ってでも祖父の期待に応えようとする。応えられねば、見限られるかもしれないという恐怖を常に背後に感じながら。
     今回もやはり唐突であった。
     賭郎会員であり、御屋形様の協力者である梶隆臣が、とある事情で賭郎の監視下で一ヶ月の軟禁生活を送ることになり、そのお目付け役に八號立会人である巳虎が充てがわれた。巳虎が美年から簡単に聞いた話では
    『一ヶ月間、梶と同じ部屋で過ごし、世話をしてやれ。外から梶の姿が一切を見られぬよう、梶の行動を見張ること』
     というものだった。正直、家の中に引き籠るくらいのこと、一人でも完璧にこなしてほしいものだと思ったが、平和ボケしていそうな緩んだ間抜け面を目の当たりにすると、うっかりひょこっと顔を出す梶の姿が頭に浮かんでしまい、巳虎は早々に諦めた。
     用意された部屋は巳虎からすれば、酷く粗末だった。防音対策がしっかりとされているというアパートの一室は、十畳のワンルームに二人用のダイニングテーブルセット、二人掛けソファーとローテーブル、ダブルベッドが置かれていた。
     最低限な癒やしが理由か、それとも軟禁生活の成功を願ってか、部屋の隅を彩るパキラの存在が巳虎には嫌味に感じられて、思わず眩暈を覚えるほどだった。
     こんな犬小屋みたいな所に成人男性二人を一ヶ月もの間、閉じ込めるなんて拷問ではないか、そう頭を抱えたい気持ちを表に出さないよう努める巳虎の脇で、梶が安穏とした様子で
    「結構いい部屋ですね。快適に過ごせそう」
     と言い放ったことに、この男とは相容れないと胸中で見えない壁を感じていた。
     梶とて口ではそうは言ったものの、実際のところ、内心は穏やかでなかった。ただ、隣で喜怒哀楽を見せずにむっつりと黙っている男が自分を守るためにこれから一ヶ月もの間、息苦しい生活を送るのだと考えると、文句など口が裂けても言えなかった。
    「梶様」
    「あ、梶でいいですよ」
    「私はソファーで寝ますので、梶様はベッドをお使いください」
     巳虎の声の冷たさは梶にとって別段珍しい扱いではなかった。立会人たちは皆、優秀な上にそれを自覚し誇っている。故にそう易々と人に媚びるような真似はしない。そのことを梶はよく知っていた。とはいえ、自分の言葉を丸々、無視されてしまうのはさすがに気まずさを覚えた。
    「能輪立会人がベッドで寝てください。僕の方が体も小さいし、僕はどこでも寝られますから」
    「背丈はたいして変わりませんがね」
    「そうですか? そりゃ、門倉さんや南方さんと比べれば、差は少ないかもしれませんけど……」
     見上げる、とまではいかなくとも、梶が巳虎の顔を見るには少々上目遣いになる。
    「背を丸めているせいです」
     溜息なのだろう。小さく息を吐いてから、巳虎は左手で梶の肩を軽く掴み、右手を肩甲骨の間に押し当て、丸まった背をやや強引に伸ばした。
    「大して変わらんでしょう。貴方に体調を崩されては色々と面倒です。遠慮なさらずベッドをお使いください。食事の用意もこちらで行います。アレルギーがある食材、苦手な料理は?」
    「……ないです」
     姿勢を直されたためか、俯きがちだった目線の角度が上がり、目が合いやすそうになったと梶は思ったが、慣れない緊張感で泳ぐ視線は、まるで梶に興味がないらしい巳虎の視線と交わることはなかった。


    ■五月二十二日

     湿っぽいワンルームの中で、梶の自堕落な様子に巳虎は辟易としていた。
     朝は何度も何度もアラームを鳴らし、初めのアラームから三十分後にやっと目を開けたかと思うと、さらに三十分は布団の中でチマチマと携帯電話を弄る。その後もすぐに着替えないどころか、目ヤニがついた顔のまま、ソファーでダラダラとテレビを見はじめる。歯を磨かない不衛生さにゾッとするものを覚えつつ、朝食ができたと声を掛けると、いそいそと食卓にあらわれ、もそもそと背を丸めたまま食べ始める姿の卑屈さに巳虎は呆れ果てることしかできない。
     相手は年下とはいえ、成人男性だ。生活習慣のことなど、注意してやるなんてお節介にも程がある。そんな風に捉えずにコミュニケーションの一環として伝えることができる人間もいるだろう。しかし、巳虎はそうではなかった。彼の中のプライドや常識が梶の奔放さについていけず、梅雨の鬱陶しい空気と織り交ざった不快感が巳虎の頭を重くしていた。
    「頭、大丈夫ですか?」
     上げ膳据え膳では申し訳ない、と皿洗いを買って出た梶が手をタオルで拭きながら巳虎に声を掛けた。言葉の選び方は適切ではなかったが、眉尻を下げた心配そうな表情をする梶に巳虎は揶揄する気にもなれず、
    「お構いなく」
     静かに返して、突き放した。
    「あ、はい」
     同じ部屋で寝食をともにして五日目にしても、埋まらない距離感に梶は慣れつつあった。巳虎はまるで珍獣を見るような目で見ることはあっても、無闇矢鱈に梶の尊厳を傷つける真似はしない。
     人は、安易に人を貶める。自分の精神の平穏を保つため、他者を犠牲にしてしまう。悪意など持ち合わせず、戯れのように。
     梶は二十余年の人生の中でそれを幾度となく、経験してきた。自分に近い人間ほど、錆びた包丁を振り回すように、所かまわず切りつけた上にじわじわと全身に毒を回し、梶の尊厳を踏みにじろうとした。世の中には自身を保つためにそうしないといられない人間が掃いて捨てる程いる。それと同時に、そんな下卑た行為をしない者たちも存在している。貘やマルコや立会人たちは、しない方の人間だった。
     居心地は良くなくとも、傷つけられることはないので、当初の不安とは裏腹に巳虎との生活は梶にとっては案外、気楽に思えていた。
    「明日の最高気温、二十九度らしいですよ。朝のニュースで言ってました」
    「雨が続いてますけど、明日は晴れるみたいです」
    「まだ体が暑さに慣れてないから熱中症に気をつけましょう、ですって」
     梶はソファーに座り、いまだダイニングテーブルで退屈そうに項垂れている巳虎に話し掛けた。
     軟禁状態の自分たちには関係ない、テレビニュースで仕入れた外の様子を独り言つように零していくと巳虎は、はぁだとか、へぇだとか、低い声を小さく漏らすように返事した。
     巳虎は素っ気ない。突き放すような言葉しか返さない。ただ、無視をすることはない。梶はそれが気に入っている。
    「頭痛、ひどいならベッドで休んだ方がいいんじゃないですか?」
    「それほどではありません」
    「お昼ご飯は僕が用意しましょうか?」
    「その必要はありません」
     返ってくる言葉の大半が否定や拒絶だというのに、無視をされない安心感からか、梶は気軽に話し掛ける。
     巳虎は何の気なしに返事をしているように見えて、その実、梶のこの言動に少々戸惑っていた。自分のつれない反応に怯えるでも、腹を立てるでもない。頭も体も軟弱そうに見えるのに、理解しがたい胆力がある。ギャンブラーだから、という雑なまとめ方で括るには無理がある梶独特の歪さが、巳虎には不可解であった。こういうところが、貘に気に入られたのかもしれないと思うと、自分にはないものを持つ年下の男が何とも不気味に見えた。
    「梶様はお喋りですな」
    「うるさかったです? すみません。二人っきりだし、やることもないので……つい」
    「私を暇つぶしに使わんでください」
    「せっかくだし、能輪立会人のことが知りたいなぁ~と思って……へへへ。あと二十日以上、一緒にいるんですもん」
     梶のどこか媚びるような、困ったような笑顔に巳虎は初日に感じた心の壁がまだ堅牢に存在していることを再確認した。それと同時に、この男は斑目貘やマルコ、自分以外の立会人たちにも、こんな風によく話し掛けるのだろうか、とぼんやりと思う。
     まるで幼い頃の自分のようだ。軟弱で矮小なくせに守られる立場にいるからと自分よりも遥かに上の存在に甘える愚かで純粋な子ども。そんな自分が大人たちに向けていた、どこまで許してくれるか探る目を、梶は今、自分に向けているのではないか。
     梶は子どもの頃、巳虎のように大人に甘える事は出来なかっただろう。本来であれば、幼少期に経験するはずの行為を梶は成人してからしているのかもしれないと思うと、巳虎は己がいかに恵まれた環境で育ったのかを実感した。
     巳虎が自分の幼少期を思い出そうとすると、真っ先に頭に浮かぶのは朝食の時間だ。
     朝食を極力、揃って食べる家だった。祖父も両親も、仕事と立会いで多忙だったが、朝はどうにか空けて食事をともにした。巳虎にとって、一日の中で家族と交流できる唯一の時間であった。学校でのこと、習い事のこと、できるようになったこと、なかなか上手くいかないこと、面白かったこと、つまらなかったこと……。思いつくままに話す巳虎の言葉を、祖父は静かに頷き、母は優しく微笑み、父は頓珍漢な相槌をしながら聞いていた。同じ家で生活していても家族とほとんど顔を合わせない生活に寂しさを感じることがあったが、朝食の時間が幼い巳虎の心を満たしていた。
    「私のことを知ってもしょうがないでしょう。ご自分の話をされては?」
    「え~、僕なんかのこと話してもつまらないですよ?」
    「構いません。どうせ、暇なので」
     今更、話を聞いたところで幼い梶を満たすことは出来ないが、あまりにも哀れな目の前の男を多少癒すことは出来るかもしれないと思うと、巳虎は暇つぶしも悪くないと思えた。


    ■五月三十日

     部屋に籠り切りの生活で、体が鈍らないようにしているのだろう。巳虎は毎日、一日のどこかでしっかりと時間をとってトレーニングを行う。黙々と汗を流す巳虎を眺めながら、梶は暇を持て余していた。
     ぼんやりと巳虎を観察している梶の頭に浮かんできたのは、車椅子に乗った老人。巳虎の祖父である、能輪美年だった。ハンカチ集めの一件から自らの足で立つ姿は何度か見ているが、それでも梶の中の美年は車椅子にちょこんと座った、どこか得体のしれない老人のままだ。
    「能輪立会人、おじいさん似ですよね~。よく言われません?」
     梶がいつもの調子で大した返事は期待せずに、へらへらと言うと巳虎の動きが止まった。すぐにやる気のない返事がくるものだと思っていた梶も思わず固まる。まさか、逆鱗に触れてしまったのだろうか。途端に、トレーニングウェアに包まれたパンプアップされた筋肉の隆起が凶器に見えてくる。
    「具体的にどこが似ていると思う?」
     タオルで汗を拭いながら、問う巳虎は敬語を忘れていた。敬う気持ちはないにしろ、梶との精神的な距離感からずっと崩れていなかった言葉があっさりとくだけ、彼が持つ傲慢さを際立たせた。
    「え、いや……眉毛とか」
    「おう。あとは?」
    「あ! 耳! 丸くて大きいの似てますね」
    「ほう、それで?」
    「えーと、あとは……目つき? とか?」
     徐々に近付いてくる巳虎に梶は身構えつつ答えた。逃げようにも、迫りくる男の身体能力を考えれば、密室状態の現状でなくとも無理なのは明白である。梶の護衛と監視のためにいる巳虎が、自分の感情だけで襲い掛かってくるとは思えないが、あからさまな力の差に恐怖心が生まれるのは当然のことだ。
     梶に手が届くところまで近付いた巳虎は、おもむろに頭に手を乗せた。
    「どこにでも転がってそうな無価値で哀れな凡夫かと思えば、意外と見どころがあるじゃねーか。噓喰いが構う気持ちも少し分かるな」
     巳虎の固く大きな手のひらが梶の黒髪を乱雑に掻き回す。梶は頭の中に、自分の首が巳虎の手によってもがれる残虐な映像が一瞬浮かんだ。が、初めて聞く機嫌の良さそうな声色と、貶しているのか褒めているのか、よく分からない言葉から、巳虎が自分の頭を撫でているのだと理解した。


    ■六月一日

     梶は困惑していた。いや、混乱の方が正しいかもしれない。
     昨晩いつも通り、梶はベッドで、巳虎はソファーでそれぞれ眠りについたはずだった。だというのに、梶は今ベッドの中で巳虎に抱えられている。
    「あのぉ……」
     梶が腕の中で小さく声を出すと、巳虎は瞼をほんの少しだけ開き、また閉じた。
    「もう少し寝てろ」
     とん、とん、と巳虎の手が梶の背を叩く。実体験こそないが、これはきっと親が幼子を寝かしつける動作だと同じだろう、と梶は巳虎の体温の中で思った。
     なぜ、ソファーにいるはずの巳虎がベッドにいるのか。なぜ、巳虎は自分を寝かしつけてるのか。
     放置されている疑問に答えを与えられぬまま、梶は混乱しつつも温もりの心地良さと眠気を受け入れて、また意識を沈めた。


    「うなされてから寝かしつけてやったんだよ。お前、よく寝ながらウーウー唸ってるぞ。少しも自覚ないのか?」
     目覚めた途端、尋ねてきた梶に巳虎はうんざりしながら答えた。
     梶は毎晩とまではいかないが、三日に一度は必ずと言っていい頻度で夜中にうなされている。今まで巳虎は煩いと思いつつ、放置していたが、昨晩は何となく思い立ち、梶の頭を撫でてみた。すると、面白いくらい簡単に、これでもかと力強く寄せられていた眉根の緊張が解れ、寝息も穏やかに変わった。
     触れられているというのに、目覚めるわけでもなく、撫でる手を味方だと信じ切っている無防備さは感心できるものではない。巳虎は呆れ果てながらも、苦笑している自分に少し驚いた。そして、そのまま自分の中に突如生まれた庇護欲求に従って、梶を撫で続けた。
     ベッドの脇から手を伸ばして撫で続けるのは、意外と疲れる。すっかり静かになった梶を見届け、ある程度の満足感を覚えた巳虎はソファーに戻り、横になった。その途端、ベッドから再び「うぅ…」という苦しげな声と寝返りを打つ布擦れの音が聞こえた。
     一度、湧き上がった欲求はなかなか、すぐに消えるものではない。巳虎はベッドの中にもぐり込み、梶を抱えてやった。
    「うわぁ……僕、寝てる時、うるさかったんですね。すみません」
    「気にすんな。抱えてやったら、ずっと静かだったし。今晩から俺もベッドで寝てやるよ」
     梶は困ったように、もごもごと何か言っていたが、巳虎は聞こえない振りをした。


    ■六月十一日

     軟禁生活の終わりまで一週間を切った。梶は元の自由な生活に戻れることへの喜びと同時に、不安を覚えていた。巳虎は六月に入ってから日が増すごとに、どんどんと梶を甘やかしていった。
     朝は梶のしっかりとした黒い髪を優しく指で梳くように撫でて起こすことから始まり、三食に加え、一日二回のおやつ、丁寧な筋力トレーニングの指導とマッサージ、英語の指導。そして、夜は一緒にベッドに入り、梶が寝付くまで優しく背中を叩いた。
     梶のためというよりは、梶に対して溢れ出るようになった庇護欲求を発散するために巳虎は動き続けた。梶の、慣れて懐いてくる姿やいちいち感謝を口にしてくる姿が巳虎を余計にのめり込ませた。祖父に尽くしている時には得られなかった充足感の甘やかな魅力に巳虎は溺れていった。
    「巳虎さん無しじゃ、生活できなくなっちゃうんで、これ以上甘やかさないでくださいよ~」
     これ以上の施しはいらない、とやんわり伝えたかった梶の真意を巳虎が汲み取ることはなかった。
    「ここを出たら、俺のとこにくれば? 一人暮らしで部屋余らせてるし」
    「いやいや、さすがにそれは……」
    「遠慮すんなって」
     梶は冗談には到底聞こえない巳虎の発言に、ここを出たら今度は巳虎の自己満足の為に軟禁されるのではないかとゾッとするものを覚えていた。この生活を始める前の巳虎を知らない梶としては、二人っきりでいるストレスから異様な執着のようなものを梶に向け始めたのか、それとも元々こういった気質の持ち主なのか、見当が付かない分、どう対処してよいものか考えあぐねている。
     巳虎はよく尽くしてくれるが、根本の利己的な性質が前面に出ている。何もかもが迷惑というわけではないとはいえ、人形ごっこの延長のような世話のされ方は自立した成人男性である梶にとって少々辛いものがあるが、そこへの考慮は一切ない。
    「貘さんとマルコがいるんで……」
    「マルコも一緒に面倒見てやってもいいけどな」
     さり気なく外されている貘の存在に、梶は一縷の望みをかけることしかできなかった。
     梶がそれとなく自分と距離を置こうとしていることに全く気が付かないほど、巳虎は鈍感ではなかった。ただ、逃げようとされればされるだけ、余計に追い回したくなる肉食獣さながらの本能が刺激されて、梶の好きにさせてやる気にはなれなかった。このまま梶の面倒を見続けたい気持ちはあるものの、それが現実的ではないことも重々承知している。
    「まぁ、疲れたら寝に来るだけでも構わんがな」 
     こういう手合いは押せば押すだけ逃げるのだから、と巳虎はわざとらしく寂しそうに笑って見せた。同情を引きつつ、ドアインザフェイスの要領で自分の要求を通そうとする小狡さに梶はまんまと引っ掛かったようで、眉尻を下げて、
    「うーん…じゃあ、たまに甘えさえてもらっていいですか?」
     と微笑んでいる。この生活が終わるまでに、こうやって少しずつ言質をとれば、ここを出ても梶は自分と距離を取るとはないだろう。そう内心ほくそ笑みながら、巳虎はこれから来る夏をどう楽しもうかと考えを巡らせた。
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