一等星になりたかった人のはなし暗闇の中を全速力で走る
自分がどこに進んでいるのか
右なのか左なのか
むしろ前なのか後ろなのかすらも
分からない
ただひたすらに走っている
その先に光があると信じて
"もう走れないよぉ!"
どんなに叫んでも
"走れ!"
そう返ってくるだけ
そしてまた暗闇の中を走る
全速力で
「……はぁ、またこの夢か」
額に手を当てると汗で冷たくなっていた
体は変に強張って血の気が引いたようだった
疲れていると時々見るその夢は十数年経った今でも俺を無慈悲に苦しめる
「もうとうの昔に終わったことじゃないか……」
“かっこいい男になれ!”
呪いの言葉が如く脳にまとわりつく
それは俺を追い詰めるのには十分だった
物心つく頃には…いや、きっと物心つく前から親父のそれは始まっていた
「クリス、いいか?ヒーローたる者、ナメられちゃあいかん!スポーツでも勉強でも、一番を目指せ!なんてったってお前はこの俺の息子だからな!!」
ニカッと笑う口元には白い歯が光る
子どもの頃から、スポーツ全般、武術に語学、音楽……さまざまな習い事をさせられた
友達と遊びたい時もあったし、たまには嫌で駄々をこねる事もあったけど、自分なりに一生懸命取り組んでいた
全ては偉大な親父の後継者として、「ヒーロー」になるために
正直なところ、子どもの頃はなれると思っていた、親父はあんなにすごいんだから、俺だってすごいはずだって
だけど、違った
そんなのは子どもの幻想だった
成長していくにつれ、だんだんと自分の限界が見えてきた
これ以上頑張っても無理なんじゃないかって思い始めていた
辛かった
何度も挫折した
けれどその度に
「お前は強い!こんなところで諦めるようなかっこ悪(わり)ぃ男じゃねぇだろ?本気を出せ!!」
綺麗に並んだ白い歯が恐ろしく見えた
親父なりに俺を励ましてくれているのだと理解していたし、
誰よりも応援してくれていることは知っていた
けれど、だんだんとそれが鬱陶しくなっていった
俺(ひと)の気も知らないでーーー。
そんな鬱屈した心情に追い討ちをかけたのがあの出来事だった
「おいおい、そんなわけねぇだろ?俺の息子だぞ?」
親父は俺がアカデミーからもらってきた紙切れを握りしめながら、電話越しに怒鳴っている
(いや、ただ声がデカいだけかもしれないが)
その光景を前に俺はやけに冷静だった
そんな気はしていた
何もかもが平凡だった
俺にはずば抜けた才能が一つも無かった
何度も食い下がっていた大声が止み、力ない声で「わかった、それじゃあな」と終話ボタンを押したその背中は今まで見たことがないほど小さく感じた
「今日はもう寝ろ」
そう言って俺の頭をポンと叩いた
それだけだった
その一言で全てが終わったんだ