5月5日×時×分その時期にしては蒸し暑く、じんわりと額に汗が滲むほどだった。
病院の廊下に並んだ三人掛けの椅子。
その一つに腰掛けてぼんやりと正面の真っ白な壁を見ていた。
隣にはそわそわと落ち着きのない様子の父親が立ったり座ったりを繰り返している。
どれくらいの時間が経ったのか、ぽつぽつと大人の声が聞こえていただけの無機質な扉の向こうから、突然赤ちゃんの大きな泣き声が聞こえてきた。
それはか弱くも力強い……何とも形容し難いが、とにかく愛らしくて生命力に満ちた声だった。
その声が聞こえた瞬間、隣に居た父親は勢いよく扉の前に駆け寄り、けれども開けてもいいものか、と手摺りに手を掛けるのを躊躇っている。
大男があたふたとしている姿は何とも滑稽だ。
そんなことを思っていた矢先、扉が開き、鉢合わせになった看護師は少し吃驚した顔をしたが、すぐににっこりと笑いこう言った。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ。」
「きょうだいができるなんて嬉しいな」
—でも寂しさもあった—
「正直、気が楽になったよ」
—突き放された気がした、お前はもう本当に用無しだって—
どう向き合ったらいいか悩んでいた。
ちゃんと優しくできるだろうかと不安だった。
なのに……
今にも消えて無くなってしまいそうなほど見るからに軽そうな
母親に抱かれるその小さな存在に
小さな手に
胸がぎゅっと締め付けられた。
身体の奥底から湧き出てくる熱い感情。
なんて、愛おしい。
今まで何をうじうじと考えていたのか、もうそんなのどうでも良くなるくらい、
とにかく愛おしい。
今すぐこの子に言ってあげなきゃと思った。
「生まれてきてくれて、ありがとう。」
これが弟との出会いだった。