メンタルハーブは要りません「そういえばネズ、オレさまと付き合う前はガード硬かったよな。もしかして、『しんかのきせき』持ってた?」
ベッドの上でふたり並んでごろごろしていたら、ふいにキバナが真顔で言った。あんまりにも馬鹿なことをあんまりにも真剣に言うので、呆れた。
「持ってたわけねえでしょ。というか、その言い方だと、キバナと付き合う前のおれは進化前だったことになりますが。何から何に進化したって言うんです?」
「オレさまの同僚のネズから、オレさまの彼氏のネズに進化しました!」
キバナは明るい声で即答した。楽しそうににぱにぱ笑う顔があんまりにも愛らしいので、おれまで頬が緩んでしまう。
キバナの笑顔を見ると、どうにも肩の力が抜ける。けれどその脱力感は好ましいものだった。キバナといると、よけいな力を入れなくて済む。初めてそのことに気付いたときには、おれは既にキバナに惚れていた。
やれやれ、と苦笑しながら、「はいはい、いまのおれはキバナの彼氏だよ」と言ってキバナの頭を撫ぜてやる。真顔で馬鹿なことを言うところもまあ愛嬌のうちだよな、という気持ちになっていた。我ながらちょろいと思う。
キバナは気持ち良さそうに目を細めている。ふにゃりとした笑顔が可愛い。可愛いので、少しサービスしてやろうかな、と思った。
「きっとおれ、なつき進化ですね。おまえのくれた笑顔も優しさも、おれにとっちゃ『やすらぎのすず』でしたよ」
「マジで? 何それ、すげえ嬉しいな!」
キバナはきらきらと目を輝かせた。ちょっとした言葉をおおげさに喜ばれると、おれまで浮かれてしまう。
「ちなみにいまも、『やすらぎのすず』、持ってたりする?」
「いやいやいや、おまえの方から寄越してくるんでしょうが。毎日毎日、飽きもせず。おれはとっくになつき度マックスだっていうのに。これ以上なつかせて、どうしようって言うんです?」
「オレさまにもーっとメロメロになってほしい!」
「このやろう、それならおれはおまえに『あかいいと』を持たせてやる。おまえもおれにメロメロになりやがれってんです」
「ふふ、いまさらそんなもの持たせなくたって、オレさま、ネズにメロメロだぜ!」
言って、キバナはがばりとおれに抱きつくと、すりすりとからだをこすりつけてきた。アイテムなどなくとも、キバナのメロメロボディはおれにたいへんよく効いた。性別が同じであるにもかかわらず、とろけそうなほどメロメロにされてしまう。しかも、キバナのほっぺすりすりは、おれの心を甘く痺れさせるのだ。非常に厄介なヤツなのだ、こいつは。
でも、そういう厄介さも、嫌いじゃない。
一方的に攻撃されるばかりでは悔しくて、おれからもあくまのキッスを送ってやった。しかめつらを作って、むりやりキバナの唇を奪う。言うまでもなく、唇同士を触れ合わせるだけ、なんて可愛らしいキスではない。口の中に舌を突っ込んで、べろべろ、ぐちゃぐちゃ、じゅるじゅると音を立てる猛烈な勢いのキスだ。
キスを終えて唇を解放してやると、キバナの目は爛々と輝いていた。おれは口角を吊り上げる。おれの使うあくまのキッスは、キバナを眠らせるのではなく、昂らせるのだ。
キバナは体勢を変えて、おれを組み敷く。
キバナの顔は既に可愛さを失って、その代わりに、濃厚な色気を放つ雄々しさを放っていた。
「ネズ、もっとオレさまになついて」
今度はキバナからキスされる。情熱的な口付け。おれにとっちゃてんしのキッスだ。おれにメロメロなキバナが可愛いという意味でも、混乱状態にさせられるという意味でも。
キバナにキスをされるうち、頭の中がふわふわとし始める。嬉しさと気持ち良さでのぼせて、まともな判断が出来なくなる。
混乱の兆しを見せる頭の片隅で、おれの心にはキバナに送られたなかよしリボンがつけられているのだろうな、と思った。きっとひとつだけじゃなく、数え切れないほどいくつも。リボンはこれからも増え続けてゆくのだろう。おれが寿命で天に召されるとき、はたしてリボンはいくつになっているのだろうか。想像すると、なんだか楽しかった。