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    a_la_do

    荒堂です。
    pkmn擬人化と創作の民。
    現在、まほやくフィーバー期。
    みんなだいすき。若干、西師弟贔屓。

    twitter:@a_la_do(ほや:@ALD0x0
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    a_la_do

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    2021 うちよそバレンタイン
    Variations−Chatons et papillons

    ラズルーカと白雪くんと、それを見守る一人の編集者の話

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    consacrer au sort d’une journée enneigée

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    ##うちよそ
    ##2021_Vt.day

    子猫と蝶のヴァリアシオン


    「と、言うわけで、こちらが完成したお品でございます」

    小さな白い紙袋を両手でうやうやしく差し出しながら、ラズの向かいに座った男は頭を垂れた。
    作家先生ご自宅のリビング、十四時半、打ち合わせ。
    作家先生、こと、ラズルーカはただでさえ寄り気味の眉根をぐっと近づけて不快感をあらわにした。

    「そういう茶番は要らない」

    本を渡すくらい普通にやれ、と、差し出された紙袋をぱっと奪い取る。男は、空中に浮いたまま所在なくなった手をにぎにぎと開け閉じしながら、さも悲しげな様子でため息をついた。

    「つれないなぁ、ラズ先生は」
    「シリュウは喧しい」

    シリュウ、と呼ばれた青年は、心外だと言わんばかりに片眉をひょいとあげ、先生ひどい、と文句を垂れる。が、ラズは知らん顔だ。聞こえていないのか聞こえていないことにしているのか、不機嫌そうな顔のまま紙袋の中身を検めはじめる。
    紙袋の中身は小さな絵本だ。ラズはその一ページずつを、端々までを丁寧に目を通していく。
    まったく相手にされないだけでなく、真面目に仕事を始めてしまった作家先生を前に、シリュウはやれやれとため息をついた。

    ラズとシリュウは学生時代からの友人だった。同時に、今は童話作家とその担当者という立場にある。もともと融通のきかないラズの性格を、シリュウはよく知っている。その上に先生の肩書きまでつけられては、とてもとても敵わない。

    「で、いかがですかね、先生。中々良い本に仕上がってると思うけど」
    「……悪くない」
    「だろ? 先方も、先生の細かいご注文によくも嫌な顔せず付き合ってくれたなって思うよ。俺の手腕を褒めてほしいね。」
    「図々しい。そもそも、これはごく個人的な作品だった。それをお前が……」

    ラズは本から顔を上げると、じろりとシリュウを睨みつける。

    「でも、使っていいって言ったのも先生自身です〜」
    「条件を飲んででも使いたいと意地を張ったのはお前だろう」
    「それはまあ、そうだけどさ」

    シリュウは返す言葉に詰まる。と、厳しい目で睨みつけてくるラズの背後に小さな白い影がぴょこんと姿を現した。

    「あの、おしごと中に失礼します」

    幼い声が、おずおずと遠慮がちに割って入る。そこには小柄で愛らしい少年が、ポットとティーカップ、それに茶菓子を載せたトレイを抱えてたたずんでいた。

    「お茶をお持ちしました」
    「ありがとう、みゆ」
    「おっ、白雪くん! 今日もかわいいねっ」

    白雪はちいさくはにかみ、おつかれさまです、と答える。

    「ええと、これがお茶菓子、これがカップ……あっ、紅茶お注ぎしますね」

    白い肌に映える片方だけの真っ赤な目が印象的な少年だ。小柄な体から延びる細い小枝のような腕が、ぎこちなくも丁寧にお茶の支度をはじめる。慣れないながらも必死な様子が、実に健気で庇護欲を掻き立てられる。

    「いい、俺がやる」

    真っ白な細い手首を強引に引いて、ラズは白雪を自分の座っていた椅子に押し込んだ。

    「えっ、でも」
    「いいから。座っておけ」

    白雪は困ったように、そして何か言いたそうに薄い唇を開いた。が、ラズは茶菓子の中からクッキーを一枚つまみだすと、無言で白雪の口に押し込んだ。そして言葉を失った白雪を横目に、何事もなかったかのように、二つのティーカップに紅茶を注いでゆく。

    「むぐ」
    「火傷でもしたらかなわいからな。じっとしてろ」
    「俺は白雪くんのお茶がいいな」
    「注文の多い客人だ。そのお喋りな口に、直接、注いで差し上げようか」
    「おお怖い」
    「そ、それはやめてあげてください」

    ポットを高く構え注ぎ口をシリュウに向けるラズに、シリュウは苦笑いをしながら両手を挙げて降参のポーズをとった。驚いた白雪も思わず立ち上がり身を乗り出す。

    「冗談だ」
    「冗談なんですか」
    「冗談なんか言わないよ、こいつは」
    「ほう。冗談にしないほうがよかったか」
    「ら、ラズさん~」

    剣呑な二人の間で、白雪は幼い顔を不安でくしゃくしゃにして双方を交互に見上げる。それに気づいたラズは、白雪の頭に手を置くと、くしゃりと優しくかき撫でた。

    「お前は? ミルクか、ココアか」
    「えっ? ぼくは、いいです」

    あわてて立ち上がろうとする白雪を、ラズは頭を撫でるポーズのまま席に押し戻す。

    「選べ。どっちだ」
    「……ココア、です」
    「ん」

    ラズは白雪の返事を聞いて満足げに微笑んだ。そして、ようやく頭に置いた手を放し、かわりに先ほどシリュウから受け取った小さな紙袋を、同じ色をした白い膝の上に無造作に置いた。

    「お前にやる」
    「え、」

    戸惑う白雪を振り返ることなく、ラズはキッチンへと消えていった。

    「行っちゃった」
    「照れ隠しかね、あれ」

    呆然とする白雪に、シリュウは優しく微笑みかける。

    「あけてごらん。それは君のためのものだよ」
    「ラズさんの新刊ですか? 」
    「うーん……そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるし」

    歯切れの悪い言葉で、シリュウは視線を泳がせる。小首をかしげたまま、白雪は紙袋から本をとりだす。ラズが手にした時は手のひらほどしかなかった本も、小さな白雪の手にはほどよく収まる大きさだ。
    水色の表紙には真っ白な子猫の絵。
    期待に目を輝かせながら、細い指がそっと本をひらいてゆく。

    「わ、あ」

    開いたページから、華やかな花のアーチが飛び出す。アーチの下には小さな白猫と黒い蝶。
    それは小さな仕掛け絵本だった。
    幾重にも重ねられた立体的な構造が、本の上に広がっている。ページをめくるまで平面に収まっていたとは思えない、まるでびっくり箱だ。今にも動き出しそうに戯れる猫と蝶々は、見慣れたラズの絵であった。立体になっているせいなのか、いつもより生き生きと感じられる。
    絵と空間だけで構成される、たった数ページの文字のない絵本。子猫はあるページでは飛び跳ね、あるページではねそべり、美しい景色の中を駆ける。蝶は子猫に寄り添うように、すぐそばで黒く美しい羽を広げる。その様子はさながらダンスのように軽快で、心を弾ませる風景だ。
    言葉もなくページをくくる白雪に、シリュウはそっと声をかける。

    「気に入った? 」
    「はい、あの……すごいです。ラズさんの絵本はいっぱい読んだけど、飛び出すのなんてはじめてで」
    「だろうね。君のための仕様だ」
    「え……? 」
    「ごめんね、白雪くん。俺は君に謝らなきゃいけない」

    不思議そうに白雪は首をかしげる。シリュウは紅茶を一口すすり、ため息をつく。あたたかな白い湯気がゆらり、揺れる。

    「その絵本は、もともと、君のためだけにラズが描いていたものだ。それをたまたま俺が見つけて……とても気に入ってね。綺麗だろ、すごく」
    「はい。いつものラズさんの絵本とはちょっと違う雰囲気を感じます」
    「だろ。すごく、温かい。で、あ、これは売れるなって思っちゃった。」
    「売れる……ですか」
    「そう。俺、仕事熱心だから」

    露骨に売り物扱いされたからなのか、白雪は神妙な表情で眉根を寄せる。それはどことなく悲しさや寂しさを感じさせるものだった。

    「ラズさんは、なんて?」
    「これ以上ないくらい眉をしかめて『は? 』って」

    真剣に話を聞いていた白雪が思わず噴き出す。シリュウは眉間を指でつまみ、目じりをとがらせながらラズの真似を続けた。

    「『これはみゆのための本だ。他の誰かに見せる謂れはない。ましてや売り物にするなど言語道断』って言われた。まあそうだよね。当たり前だ」

    物真似がおもしろかったのか、ラズの言葉に安心したのか、白雪はほんのすこし表情をゆるませる。

    「でも、俺も嫌と言われると我を通したくなる性分でね。食い下がった。ラズはラズで頑固だから頷かない。子供みたいに押し問答して……そしたら急にラズが何かを閃いたみたいな顔をして。『条件を飲めば考えてもいい』だと」
    「条件、ですか」
    「2つあった。1つ目は……扉をみて」

    白雪は言われた通りに表紙をひらき、扉のページを開く。
    緻密に描き込まれ構造だった本の中で、唯一、ここだけが白い。静謐さの漂う紙面の中央、細い文字で何かが綴られている。

    「……? 何が書いてあるのでしょう」
    「献辞といってね。この本が誰かに捧げたものであることが書かれてる。これは『雪の日の出会いに捧げる』。つまり、君との出会のための本だと。」

    たとえ何百、何千とこの本を刷ったとしても、これは白雪のために描かれた本であると。
    そしてそのことがどこの誰が見ても明確であるようにと。
    それがラズの出した最初の条件だった。

    「まったく、気障なことをするよな。あんな仏頂面のくせに、根はロマンチストなんだから。だから絵本作家なんかやってられるんだろうけど」

    そういうとこ嫌いじゃないけどさ、とシリュウが付け加えると白雪は笑って頷いた。新雪の眩しさと柔らかさのある、慎ましやかな笑顔だった。

    「これは……僕とラズさんのための本」

    真っ白な指が、嬉しそうに扉の文字をなぞる。
    噛みしめるように、何度も。

    「もう一つは、その本の仕様をしかけ絵本にしてくれって。これ、見たことある?」

    シリュウは手持ちの携帯型端末で検索画面を表示し、白雪に見せる。出版社の人気書籍のページに、ラズの絵本と並んでしかけ絵本が掲載されている。サンプル画像にある写真では、広げた絵本のページ上には、風に巻き上がったトランプが表現されている。どうやって本の中に納まっているのかが想像つかないくらい、大きく、高く。

    「知っています。この前、ラズさんの新刊に広告が挟まってました」
    「だろう。それで君、それを食い入るように見てなかった? 」
    「そう……かも」
    「それでラズがヤキモチを妬いたんだ。俺の本以外に白雪が興味を示してるって」
    「そんな……僕はラズさんの本が世界で一番大好きです」

    白雪は訴えかけるように大きく目を見開く。乗り出してきた細い肩をそっと押し戻し、シリュウはことばを続けた。

    「知ってるよ。だからあいつも思ったんだろう。逆に、自分の絵本を仕掛け絵本にしたら、白雪くんが夢中になってくれるかもしれないって」

    合点がいったのか、白雪は強張った視線をゆるめ、胸に抱いた本に落とした。この本が生まれた理由、この姿に生まれた理由。自分の言葉が目の前の小さな少年にどう届くのかさぐるように、シリュウは言葉を紡いでゆく。

    「ラズさ。変なとこ真面目っていうか、職人気質でさ。世に出すならそれに相応しいものをって、そこからはきっちり仕事として制作を始めてね。……本当なら、君だけのものになるはずだった本だ。なのに、俺の気まぐれで、あいつが君を想う気持ちを仕事に変えてしまった。世界でたった一冊だけの特別な本になるはずのものを、その他大勢に明け渡してしまった。……君は俺のことを酷い奴だと怒るかい?」

    白雪は頷かなかった。迷うように視線を泳がせ、胸の本をテーブルにおいた。両手で丁寧に表紙をひらき、何かを探すようにゆっくりとページをめくっていく。

    「むずかしいことはわからないです……でも、編集者さんも、ラズさんも、この仕掛けも、みんなが作ってくれた本なんでしょう……? だったら、みんなの特別……じゃ、だめですか? 」

    最後までめくり終え、再び扉に戻る。
    細く綴られた一文。銀色に箔押しされたそれを、一文字ずつを慈しむように、そっとなぞる。それはまるで、魔法の呪文を綴るような、厳かで特別な仕草にも見えた。

    「ラズさんはこの本が僕のための本、と言ってくれたなら、これは僕の特別な本です。他の誰かが同じものを持っていたとしても、ラズさんが面と向かってそう言ってくれるのは、きっと僕だけだから」

    それに完成した原稿をいつも一番に見せてもらえるのも、ラズさんの絵を描く背中を知ってるのも、世界で僕だけです、と白雪は薔薇のジャムのような瞳を甘やかに細めた。控えめなこの少年には珍しく、どこか誇らしげな微笑みだ。

    「あっ、でもこの本のことは知らなかった……」
    「そりゃ内緒にしてたからね。……君はそれで良いの? 」
    「だ、だめですか」
    「ううん…………ありがとう」
    「…………? 」

    一切の迷いがない無垢な白雪の様子に、シリュウは毒気を抜かれてしまう。多分、ラズにとって誰が大切なのかを、この子はよく自覚している。そして、そのことを疑うこともしない。ぞっとするほど真っ白で、その中にラズの存在だけが深く刻まれているのだろう。
    まったく羨ましいことだ、と、妬ましく思いつつも、口元に溢れたのは小さな笑みだけだった。

    「みゆ、できたぞ」

    シリュウの脇からにゅっと黒い腕がのびる。白いマグカップに注がれたたっぷりのココアが白雪の目の前でほわほわとあたたかな湯気を立てた。

    「何を楽しそうに話してたんだ」
    「えっと……このご本をつくるきっかけについて、教えてもらってました」

    ラズは白雪の隣に腰かけながら、恨めしそうにシリュウを一瞥した。

    「お前はまた、余計なことをペラペラと……」
    「やだな。俺、謝ろうとしただけだよ? 」

    シリュウの言い訳を聞きながら、先程淹れた紅茶を啜る。すっかり冷めてしまったそれに苦々しそうに眉をひそめたが、そのまま一気飲み干して、深い溜息をつく。

    「……別に、いい」
    「え? 」
    「謝らなくていい。俺にも、みゆにも。この本はみゆの本だ。それは描いた俺と貰ったみゆが知ってればいい。それに」

    窓の外。遠い景色を眺めるように、ラズは目を細める。

    「思い出したんだ、みゆを拾ったときにかかえてた絵本。あんなふうに、ありふれた一冊が、時には特別ななにかになることもあるだろう。何が誰にどう特別かなんて、そのモノを手にした人が勝手に決めればいい。俺が何かを主張したところで、得をするわけでも損をするわけでもないしな」

    至極つまらないことのように、ラズは言い捨てる。けれど、いつもは下を向いている口の端が、心なしか緊張のないやわらかなものになっていることにシリュウは気づいていた。

    「お前にしては融通のきいたこと言うな」
    「……みゆが、みんなの特別だと言ったから」
    「なんだ、聞いてたのね」

    人が悪いと文句をいうシリュウを無視し、ラズは白雪に対して静かに声をかける。

    「本、気に入ったか」
    「はい! 宝物にします!」
    「そうか。よかった」

    普段は冷たさを感じるラズの青い瞳がおだやかな色を乗せる。それはまるで、雪解けの日の凪いだ青空のような、白く澄んだ、透明なあたたかさだった。それに応えるように、白雪も幼い顔をふにゃりと溶かして微笑む。
    あまりにも幸せそうな二人の様子に胸をくすぐられ、シリュウは気恥ずかしさとほんの少しの居づらさに窓の外に目を向ける。

    (目の前のふたりがいつまでも共にあらんことを)

    窓の外は青く、どこまでも青い冬の空が広がっている。北からやってくる雪混じり冷たい風が、銀の粉を撒きながら窓を叩いては行き去っていく。まるで、中をのぞいては入り込めぬとあきらめるかのように。
    このあたたかな楽園が幸せなふたりを守り抜いてくれることを、シリュウは柄ではないと思いながらも真摯に願わずにはいられなかった。

    それは、やさしい未来を信じる、祈りにも似た──
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