黄昏時-orange town-学校からの帰途へつく。
町中を傾いた太陽が照らしている。
公園へ差し掛かると、黒い影が群がって橙色の景色に波紋を広げていた。
武上での一件以来、なんだかんだ忙しく、話す機会がなかったことを思い出すと、影の中心にいる人物へ近づいて行った。
「おっさん、またサボってる」
鳩の群れに餌を撒く彼は、まるで少年がこちらへ来るのを知っていたかのように一瞥も寄越さず、遅れて群れへ加わった一羽へ報酬を落とす。
「これが俺の仕事だからな。」
尺間表裏は、いつも通りの回答をした。
そんな彼に小言を漏らす先輩エージェントが脳裏に過ぎりつつ、彼のバディを務める破風屋 響は彼の隣のベンチへ腰を降ろす。
「こんなところで油売ってていいのか?」
「それ、おっさんが言う?」
「俺は仕事中だ。」
へぇへぇ、と餌を啄む鳩の群れへ視線を向ける。
武上支部での出来事。
あの一連で、今まで味わったことのない感情を味わった。口内に渦巻くそれを、未だ嚥下出来ずにいた。相談するにも、何をどのようにして聞けばいいのかもわからなかった。
すり、猫が足元に身を寄せてくる。尺間と任務を共にするようになってから、よく見る嫋かな胴を撫でた。
「…オレさ、」
今ひとつ、感情も言葉も整理はついていないが、兎にも角にも、今明確に口にできる言葉だけを破風屋は零す。
「オレずっと、何でオレの力を認めて欲しかったのか。
その先に何がほしかったのか、考えてなかったんだ。ずっと漠然としてた。」
尺間は一度、餌を撒く手を止める。少しは耳を傾ける気になったことに安堵したのか、その先の言葉はするすると唇から流れ出ていった。
「オレ、仲間が欲しかったんだと思う。
信頼して、オレを仲間として認めて欲しかった。」
猫の顎を指先で掻く。
大人しく快感を甘受している彼女を見ていると、自然と強ばっていた頬も緩んでいった。
「あの時、オレを信頼して、オレだけ先に飛ばしてくれたんだろ?」
「あの時……、あー……」
FHと相対し、空間が暗闇に包まれたあの時。
視界で捉えられるのは、自分の手が届く範囲のみ。
この術(すべ)を操る対象を倒さなければ、皆十分に戦うことが出来ない。
広がる暗闇を切り開く為に最良の一手、尺間はあの場でバディである破風屋を選んだ。
「なんだ?あの後褒めてやっただろう、まだ何か強請るつもりか?」
「強請る…そう、いや、違う。」
これは強請って、与えられて手に入れるものではない。
未熟ながら、少年はそう感じた。
「あんたはガキだって、言うかもしれねぇけど……」
顔を上げ、隣の男へ視線を移す。
それに気づいたのか、尺間は怪訝そうに横目で破風屋を見下ろした。
「オレ、あんたと対等なバディになりたい。」
夕陽を反射し、赤い瞳の奥に陽炎が揺らめいた。
尺間は思わず、その強い光に目を細める。
嫉妬という黒い渦を宿す男の眼をものともしない、暗闇を裂くような熱視。
逸らすことを許さないと言わんばかりに、否、逸らせと言われてもその姿を追わずにはいられない。
「オレの事、見ててくれ。ヒョーリ。」
そう告げると、猫の頭をひと撫でし立ち上がる。
真剣な眼差しを細め、にかりと笑う。
「またな!」
破風屋はその場を走り去る。
その脚は軽く、酷く気分が良かった。初めてできたライバルと、友人のようにライブへ行く約束を取り付けた日の帰りと同じくらい、
風を切るように蝙蝠は街を駆ける。
終