三ヶ月の恋人番外Ⅲのおまけ　江澄と別れたとたん、口うるささが妙に恋しくなった。
　一人でいることに慣れてきたはずが、昨日今日ですっかり振り出しに戻されてしまったようだ。
　誕生日はどうしても両親のことを思い出して、ちょっとばかりセンチメンタルになる。幼い頃の記憶は曖昧だ。でも魏嬰は両親にとって一番に愛されていたのだと思っている。
　その証拠に、江おじさんがくれた写真に写る魏嬰は、いつも愛おしそうに見守られていた。しかし、魏嬰を無条件に愛してくれて、成長を見せたい人たちはもうこの世にいない。
　もちろん江家の人たちにも愛されていると思う。けれど、優しくされると、同時に過去に受けた呪いを思い出すのだ。

――君か。不倫相手の女性の忘形見というのは。
――夫人も心が広い。他人の子を引き取るなんて。
――魏無羨がいなければ、江家は幸せだったのに。

　遠い親戚だという人たちが囁いた言葉の意味を、幼かった魏嬰は理解できなかった。けれど、一度耳にしてしまった言葉を聞かなかったことにはできず、こうして、年を重ねた時に発動する呪いとなって魏嬰を苦しめた。
　全て面白半分の偽りだと分かっていた。しかし、最後の一言だけは、自分でもその通りだと思うから、ずしりと重たい。
　魏嬰がいなければ、江おじさんと夫人の間に余計な溝はなく、江澄は両親の愛情を一心に受けて育てられたのではないかと、どこかで考えてしまう。
　これ以上貰うことはできないと、精いっぱい距離をとっても、変わらずに優しさを差し出されて、返せない恩だけが膨れていく。沈み込んでしまいそうな気持ちを振り払おうとした時、スマホのメッセージ通知が目に入った。
　藍湛だ。
　遅い時間なのに珍しい。何の気なしにポップアップの言葉をながめる。
『一つ、伝え忘れていた』
『生まれてきてくれて、ありがとう』
『出会えたことに心から感謝している』
『あなたがあなたであることが、とても嬉しい』
　口数の少ない藍湛が、言葉を選びながら送ってくれているのだろう。
　ぽつりぽつりとよこすメッセージのひとつ一つが、心に乗せられた重石を風船に変えて、空に解き放っていく魔法のようだった。
「『大げさだぞ』と」
　返信しながら魏嬰は思いついて『いまから行っていい？』と続ける。ちょうど手には蓮根と骨付き肉のスープを持っている。このスープを食べたら、藍湛はどんな顔をするだろうか。そんな想像をしたら、どうしても会いたくてたまらなくなった。
『姉さんの作ったスープは絶品なんだ。持って帰ってきたから、お前にも食べさせたい』
　すぐに既読がつく。これから行くとなると二日連続だ。今日だって朝から藍湛と二度寝して、起きた後もベッドでゴロゴロし、昼食を振る舞われて、家に帰る時間もなく結局服まで借りてしまった。
　思い返すとあまりに図々しい申し出だったかもしれない。その時、またメッセージが届く。
『待っている。楽しみだ』
　短い。しかしこの短い文章の先に少し笑んだ顔が浮かんで、ほっと息を吐いた。
　藍湛の言葉には嘘がない。だから心が安らぐのだろうか。
　両親が亡くなってからずっと、何度も問い続けている。
　なぜ生まれてきたのか。何を為すための人生なのか。
　その答えはまだ見つからず、今は江家への恩返しのための人生と思っている。
　ただ魏嬰が魏嬰であるだけで十分だと甘やかす藍湛は、行き先を探して飛び続ける自分のための止まり木みたいだ。
　仮初の恋人は、呪いを上書きする祝福の言葉を紡ぎ、ひと時の休息をくれる。
　長居しては飛び立てなくなると分かっていながら、魏嬰は駆けだしたくなる気持ちのまま、精いっぱいの速足で藍湛の元へ帰っていく。