ぬいちね ホラゲ風パロ 会計の仕事を手伝い、知念と二人で帰る道中。不知火は違和感に気づいて足を止めた。
「くぬ道、こんなに長かったか?」
「いや……とっくに抜けてないとおかしいねぇ」
不知火より先に気づいていたらしく、知念は冷静だった。だが、知念の事だから、不知火を脅かそうと嘘を言っているのではないかと訝しむ。その瞬間、知念はハッとすると弾かれたように不知火の腕を掴み、茂みに飛び込んだ。
「なっ、ちょっ、知念」
「……しーっ」
おしゃべりな子供を窘めるように、知念は人差し指を口の前に立てた。直後、大きな黒い影が――黒いクレヨンで塗り潰したような巨大なおぞましい生き物が、のそのそと道を歩いていく。
「は………? ぬーよ、あれ……」
「マジムンかねぇ」
自分たちはきっと、とんでもない場所に迷い込んでしまったと思い知る。無事に帰れるかも分からない。さっきの怪物に捕まったら、きっと――。
「――大丈夫」
知念の手が、恐怖に震える不知火の手を掴む。
「不知火は、俺が絶対に帰してあげるからねぇ」
普段は怖い彼の存在が、今はとても頼もしく思える。彼に手を握られていると、いつの間にか体の震えも収まって、思考が落ち着いてきた。それと同時に、彼が不知火の事しか気にかけていない事に引っ掛かりを覚える。
「ぬーあびちょーみ。お前も一緒に帰るんばーよ」
不知火からそう言われるのが予想外だったのか、知念は目を丸くする。そして、うん、と頷いた。
今思えばあの時にはもう、知念は自分が帰れない事を悟っていたのかもしれない。この現象が何故起きたのかと言うと好奇心に駆られて実行したおまじないのせいで、その代償は自分自身であると知っていたのだろう。それでも尚、怪しい儀式に手を出すほどの願いが彼にはあった。それが何かは最後まで教えてくれなかったが。
けれど彼は――出口に拒まれ、化け物に体を蝕まれながら不知火の背を押した彼は。幸せそうな笑顔を浮かべていた。
気づくと不知火は夜の草むらに倒れていた。誰かが自分を覗き込んでいる。視界がはっきりしてくると、それが誰なのか判別がついた。
「永四郎……?」
「こんなところで何をしているんですか。甲斐くんじゃあるまいし」
差し出された手に助けられ、身を起こす。自分でも何故こんなところで寝ていたのか思い出せなかった。
「俺は、会計の手伝いをしてて、それから……」
「手伝い? 何を言っているんですか。比嘉中テニス部の会計は君でしょう」
当然の事のように木手が言う。だが、不知火の記憶の中で、自分は会計係ではなかった。誰かの手伝いをしていたに過ぎなかったはずなのに。けれど、その誰かの顔は思い出せない。
「俺は、何を――誰を、忘れて……?」
思い出そうとすればするほど、記憶が黒く塗り潰されていくようだった。
「良かった。俺のせいで不知火が死んだら、悔やんでも悔やみきれないさぁ」
不知火を元の世界に送り届けた後、知念はそっと胸を撫で下ろした。呪いに縛られた自分がここから出る方法はついに見つからなかったが。
この世界で、自分は怪異の仲間入りをするのだろう。その時自分の意識はどこまで残るのだろう。不知火の事は覚えていられるだろうか。
「……忘れたく、ねーんやー」
もし怪物になってしまうのなら。恋に焦がれ、狂ってしまいたい。彼のことを覚えていられるのならそれでいい。だんだんと怪異に変わっていく指先を見て、知念は強く願った。
最近、噂になっている怪談がある。二メートルに近い長身の怪物が、夜な夜な校舎を徘徊しているというのだ。彼は、二度と会えない想い人を探して、闇の世界を彷徨っているのだという。
怪談を聞くのは随分と久し振りだな、と不知火は何故か懐かしさを覚えながら、その話を教えてくれた幼馴染に答えた。
「なんか、切ない話だな」