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    em7978

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    焼肉を食べに行くkbnz 『九龍城』なんて大層な名前を付けた割りに中華風の装飾をゴテゴテと盛ったに過ぎない悪趣味なその店が、ネズは存外嫌いではなかった。赤々としたネオンライトに照らされる廟のような門構えにはグリーンのネオンを纏う巨大なドラゴンが絡み付く。黄金の道が導くエレベーターが行き着く先、フロアへ出る頃には貴方は迷宮へ迷い込む……というようなコンセプトで、廃墟の要素など笑うほどにしか無いのだけれど、出来た当初は持て囃されネットへ上げる写真を撮りに訪れる者で溢れかえったそうだ。が、相場と比べて0の多い価格設定に日和見の者達は早々に去ってしまった。今でもここを訪れるのは撮影目的に来る観光客か、悪趣味な外観だと分かっていながらその味を求めてわざわざ足を踏み入れるほどほどに金を持った変わり者か。そう、この珍妙な焼き肉店で提供される肉は驚くほど美味いのである。
     昼に新調するギターの相談でエンジンシティまで出ていたネズは、その足で直接店へと向かった。裏道に煌々と輝くネオンが目に痛い。だがネズは躊躇うことも無く足を踏み入れ、予約していた部屋へ先に荷物を置いた。待ち合わせの時間までにはまだ余裕があったが、相手の最近のスケジュールが頭を巡り、ネズは早々に部屋を出た。受付に話を通せば直ぐにタクシーが到着する。
    「あれ、貴女さっきの」
     タクシーに乗り込んで驚きの声を上げたのはむしろ、シンガーとしてガラル中に知られるネズの方であった。頭に剃り込みの入ったその女性は、昼に入った楽器店でネズに要望以上のギターの加工を提示してくれた腕の良いスタッフだった。顔を覚えておこうと意識していたのだから、間違えるはずも無い。
    「時間あるからバイトしてんの。お客さん、どこまで?」
    「駅まで。一人拾ったら店までまたお願いします」
    「りょーかい」
     毒々しい赤いネオンが過ぎ去ると、視界でチラつくのは温かな街灯の淡い光のみとなる。普通はこうなんだろう、とネズは愛する地元のことを思った。生まれも育ちもネオン街だから、人口的な光の方がどうも落ち着く身体になってしまった。
    「迎えに行くのはまたVIP?」
    「いいえ、ただのキバナですよ」
    「十分VIPですよ。キバナさんと言えば、こないだのイベント……ネズさんにしては珍しかったですね」
     今会ったばかりのタクシー運転手に言われたのなら、ネズは眉を顰めて以降沈黙しただろう。だが彼女は極めて冷静な視線でネズの仕事ぶりを評価しただけに過ぎない。らしくないことをしたとネズも自覚していたから、決まりが悪そうに溜め息を吐いた。
    「ええ。だから今日はそのお詫びでおれの驕りですよ」
     それを聞いてタクシー運転手はくくっと笑った。


     疲れ切った様子で改札を出てきたキバナは、迎えのタクシーを見て驚いた様子だった。だがフル装備の変装をしても直ぐさま素性の知れる男だ。ひそひそと囁く声が大きくなる前に引きずり込み、直ぐさま車を出させた。
    「迎えとか聞いてなかったからビビったわ」
    「疲れた顔しやがって。最近仕事詰め込みすぎでしょ」
    「取りあえず今日までな。週末にめちゃめちゃ美味い肉食うんだって思って頑張った」
    「キバナも知ってたんですよね」
    「仕事で一回とプライベートで一回行ったかな? 美味いよなーあそこ。あんな見た目なのに」
    「あんな見た目なのにね」
     結果として今の九龍城はタレントや議員など、人目に付かずに食事をしたいVIP層の御用達となっている。悪趣味な外観や強気な価格設定を味が上回ったのだ。今日の誘いでこの店を指定したとき、キバナは少しばかり嫌がるのではないかとネズは予想していた。もし他の店を指定されたら蒸し返すのは止めにしよう、そう心に決めていたのに、キバナときたら肉の味を思い出して大喜びで応じたのだ。感性やものの価値観が合うということを改めて思い知らされてしまった。
     重くも無く軽くも無い微妙な沈黙が二人を包んでいた。原因は判明している。ネズは意を決して口を開いた。
    「この間はイベントを台無しにしてすみませんでした」
    「だから、ネズが謝ることじゃないって何度も言っただろ。それに台無しになんてなってない」
    「これでもおれはプロですから、本気で歌うべきだったのに……」
     ナックルジムで開催されたファン向けのお祭りのようなイベントだった。キバナと交流のあるタレントやトレーナーが次々登場し、得意分野でキバナと勝負をする。プロレスラーと腕相撲をしたり、漫画家とお絵かき対決をしたりというライトなイベントだ。そこにネズも出演した。対決種目はバトルと歌。前半のダイマックス無しの勝負ではネズが勝利をもぎ取った。歌唱では本業のネズにキバナが勝てるハズがないと目されていたが、結果は違った。
    「まさか歌詞がトんじまうなんて……本当にすみませんでした」
     ライブで歌詞が飛ぶことなどしょっちゅうだ。だからこそリカバリーにも慣れていた。その日の気分で歌詞を変えたり訳の分からない言葉で繋いでいっそ場を盛り上げたり、時には観客に歌わせたりもする。いつもの箱でないにしてもその時の失敗は最悪のパターンで、ネズはほとんど歌うことさえ出来なかった。直前に起こった出来事のせいだった。それまでに観客席が大いに湧いていた分、ネズの失態で会場は微妙な空気になった。イベントは続行したが、その空気に引き摺られたのだろう。キバナは最後のダンデとの試合で3タテされてしまった。
     キバナは黙って外を眺めている。不機嫌でこそないが、空気がピリついている。何か言いたいことが上手く纏まらないのかもしれない。それはネズも同じで、だがキバナから話して貰わないと次へ進むことも出来ない。
    「今日はその埋め合わせだって分かってます?」
     ネズの言葉にゆっくりと振り返ったキバナの表情ときたら、まるでプレゼントを取り上げられた子どものようで。彼は唇を噛んだきりそのまま俯いてしまった。ネズの疑いは確信へと変わる。
    「なんでおれの歌なんか歌ったりしたんですか」
     相手が何を歌うかは事前に知らされていなかった。流れ始めたイントロに驚愕し、会場が沸いた。司会が歌手本人の目の前で歌うキバナの度胸を称え、煽る。メロディにピタリと沿う歌声は、何でも器用にこなすキバナさまお得意の、付け焼き刃な歌唱などでは無かった。音が身体に染みていて、きっと何度も歌ったのだと分かる呼吸のリズムがあった。
    「好きだったから」
     とキバナは言った。
    「好きな人に好きな歌を聴かせるチャンスだと思ったら、我慢出来なくて」
    「さぞ気持ち良かったでしょうね」
    「うん。でもあんなことになると思わなくて……その、ごめん」
    「で、今はどうしてガッカリした顔をした?」
    「デートだと思ってたから。今週は大変だったけど、今日を楽しみにしてたから頑張れたんだぜ?」
     目に痛い赤色が飛び込んでくる。お客さん着きましたよ、と運転手がぶっきらぼうに告げる。支払いを終えて車を出るとやはりキバナは門のドラゴンを眺めていた。
    「やっぱり。好きそうだと思いました」
    「あ、今ちょっとバカにした感じだったろ」
    「さあ。それよりここ、上階がホテルになってるんですよ。知ってました?」
     キバナの光を湛えた青い瞳をも塗り替える赤いネオン。併設するホテルの悪趣味さはこの外観をも凌駕すると密かな評判だが、キバナの青は果たしてそれを上回ることが出来るだろうか。
    「取りあえず肉食いましょう、肉。おれ腹が減りました」
    「……そう、だな。よしっ、食うか!」
     隣に並ぶキバナの指先をネズは少しだけ握った。赤い門が開かれ、二人は黄金に煌めく回廊を渡った。


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