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    em7978

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    間違い探し①「よお、ネズ」
     喉をひくつかせたような甘えた言い方。いやに馴れ馴れしい声が名前を呼ぶ。振り返るまでもなく視界の端に割り入ってきた大男は、今日も真新しいブランド物に身を包む。糊がきいているものをわざと着崩して、小慣れた印象をひけらかしているのも鼻につく。ハイハイ、今日もお似合いですねとでも言ってやればいいのだろうか。そんな嫌味でさえも彼はヘラヘラと笑いながら流してしまうのだろうと思うと、固まった唇を震わす気にもならなかった。
     ぞろぞろと後ろに連れてきていたはずの共はいつの間にやら消えていて、大男ばかりがこちらへ向かってズンズンとやって来る。ついには同意も得ずに隣の椅子を引き、相変わらずのニヤついた顔でどっかりと腰を下ろした。
    「偶然じゃん。こんなとこで一人酒? 寂しくない? 友達いないの? なあ、今日はオレさま一人なんだよ。どうせヒマだろ。付き合ってよ」
     長い足を無理やり押し込んでいるからか、大股を開いて座る彼の膝がやたらとこちらの太ももに当たる。脚を避け身体の向きを変えても、取った距離の分だけ向こうが詰めてくる。これだから対人距離の近い人種は嫌いだ。
    「喧しいので嫌です」
     百パーセントの本音でそう伝えても、男はめげないどころか文句を垂れておれの腕を突っついた。酔ってないうちからこれだ。そしてそれが一々痛い。なんて馬鹿力なのだろう。そして仕草がガキっぽい。子どもじみていたら何でも許されると思っているのだろうか。図体ばかりデカくなって一人前の男の顔になっても、少年だった頃と中身はさして変わらない。少なくともおれの前では。
     ああ、トップジムリーダーたる男がこんなお子ちゃまだなんて。ガラルの未来を憂いた盃で胃を焼いたおれは、乳臭いガキを置いてとっととその場から退散した。





     第三水曜の夜七時。彼が今日この場所にいることはリサーチ済みだ。それでも彼を視界に捉えて躊躇うオレに、共に来ていた友人達が後ろから背中を押した。
    「……よぉっ、ネズ」
     どれだけシミュレートしても毎度第一声は上擦ってしまう。後ろで小突いていた友人達が一斉に解散する。視界の端でエールのサインを送っている奴もいた。オレは覚悟を決めて彼の方へと足を踏み出す。髪は先程セットして貰った。服はまた新しいのを下ろしたばかり。でもあんまりキメた格好で引かれても恥ずかしいので少しばかり着崩す。そのバランスの調整にいつも一時間はかかってしまう。
    「ここ、いいかな」
     ネズに声をかけると薄いグリーンの瞳がようやくこちらを向く。うわ、今日もとびきり綺麗、なんて思ってるのを知られないよう顔に笑顔を貼り付ける。ネズがコクリと頷いたのを確かめてから音立てないようにそっと腰を下ろした。
    「偶然だな、こんなところで会うなんて」
     ネズがこの席で決まった日に飲んでいることは半年前から知っていた。でもお気に入りの店に押し掛けてネズの時間を邪魔してしまったら。そんな躊躇いをうっかり友人に溢して叱られた。オマエはそんなんだからいつまで経っても進展しないのだと。
    「今日は一人? 誰かと待ち合わせとか」
    「ないですよ。そんなもん」
     ネズはジンのグラスをネイルの乗った指で円を描くようにくるりと撫でた。その仕草が婀娜っぽく、つい誘われているのでは無いかと錯覚してしまう。思わず見惚れてしまう自分を叱咤する。彼の艶っぽい所作に特に意味は無いのだと何度言い聞かせればいい加減学習するのか。
    「今日はダチの付き添いだったんだけど、向こうはツレがいてさ。オレさま今一人なんだ。良かったら付き合ってよ」
     ネズを誘う時はいつだって本気だ。入念に下調べをして、練習して、シチュエーションを選んで、身なりを整える。でも肝心な所で今の自分は前のめり過ぎやしないか、下心が見え見えでは無いかと不安になってつい不用意に舌が回ってしまう。「オレさま」なんて言い方、この場には相応しくないのにまたやってしまった。
     はっきりと否定されるのが怖くて、退けぞった拍子に椅子がガタンと音を立てた。慌ててカウンターに突いた手に冷たいものが触れた。黒のネイルがオレの小指をカリ、と掻く。鳥肌が駆け上る合間に脛が何かに撫でられる。きっと彼のブーツの先だ。タマが熱くなるのを感じた。
    「喧しいのは嫌です」
     オレの方へグッと顔を寄せたネズが耳元でそう囁く。喧しいってここが? ここじゃなかったらいいの? 二人きりで静かな場所だったらいいって、そういう意味と捉えていいの?
    「ね、ネズっ」
     我に帰った時にはネズはもう店を出て行く所で、めくるめく妄想が止まらないオレは慌てて彼を追いかけた。
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